第15話 大陸最大都市に進出(2)
千年京のはずれにある平野に大きな飛行船が降り立つ。
近くで見ると壮観だ。
「では乗るとするか!」
「わたしも行っていい?」
「リシュルゥも一緒に行こう。三人で行ってきます。都のことはしばらく頼みます。着いたら転移魔法で戻ってきますけど」
「わかったよ。行っといで」
飛行船の扉が開き船内からインコのような頭の女性が出てきた。
「千年京のみなさんこんにちわ〜! 聖地巡礼船は年に一度だけ運行される聖地天球礼拝地への片道路線となっております。乗船は無料ですが、聖地からお帰りの際は自力でお願いしまぁ〜す! 離陸は十分後です〜!」
大陸最大都市である天球礼拝地へ向かうことができるが、帰ってくることはできない。普通の人なら軽い気持ちで乗ることはできないだろう。
「三人お願いできますか?」
「はいどうぞ〜」
俺には転移魔法があるから気負う必要はないのだが、緊張してしまう。意を決して飛行船に足を踏み入れる。中は意外と広い。座席がたくさんあって、ちらほらと座っている人がいる。
「当船はあと十三の都市を経由して聖地へ向かいます〜。聖地到着は十八時間後を予定しております〜。ごゆっくりどうぞ〜」
「十八時間とは早いなぁ。わっちが前に乗った時は三日ほどかかったんじゃが」
「前に乗ったのって百年以上前だろ? 魔王軍が大陸を侵略する前で都市がたくさんあったからじゃないか?」
「確かにそうじゃな。そうかあれは侵略前だったか」
飛行船が離陸の体勢に入る。手を振ってくれている千年京のみんなに別れを告げ、飛び立つ。飛行船は驚くほど安定していた。
「空を飛んどるな。人生で二度も乗ることになるとは思っとらんかったわい」
「なぁセンビ、前に乗った時はどうやって千年京まで帰ってきたんだ?」
「それはもう都市から都市へ馬車を乗り継いでじゃ。あれは大変じゃったのう」
「普通に帰るのは大変そうだな。普通の人は観光気分で乗らないだろうし」
飛行船の旅は続く。
都市に寄港して、そこで新たに乗ってくるのはほんの数人。大陸は広いがその半分以上を魔王軍に占領されている。寄港する都市も半分以下になっているだろうな。
何事もなく空の旅は続き、ついに終わりが見えてきた。
「え〜、まもなく聖地に到着しまぁ〜す! 長旅お疲れ様でした〜」
インコ頭のお姉さんのアナウンスも聞き納めか。
ここが現存する大陸最大の都市。
「えーと、まずどこに行く?」
「わっちがきた時とは街並みが変わっとるだろうからな。まずは繁華街にでも行って飯じゃな!」
「確かに、機内食が出たけど腹一杯になるメニューじゃなかったし。リシュルゥはなにか知ってることあるか?」
リシュルゥは眠たげな目をしている。
「きっと新しい魔導力機があるはず。買える値段の物があれば持って帰りたい」
「技術は進んでるだろうしな。生活が豊かになりそうな物があればいいな」
とりあえず賑わってるところを回ってみるとするか。
巡礼船を降りて大地に足をつける。
「確かこっちの方じゃ、いくぞ!」
センビに着いていくと街並みが現れる。千年京とはまるで雰囲気が違う。
「建物の背が高いな。地面も全部レンガだし」
「これはいいな。千年京は土を押し固めただけの道じゃから雨が降ったらぐちょぐちょじゃぞ」
「千年京もこういう道の作りにできたら便利だろうけど、相当大変だろ」
リシュルゥは先程まで眠たげな目をしていたが、今は興味深そうにあちこちを見てる。次第に商店が立ち並ぶエリアに入る。食べ物は……うーん。
センビも同じことを思ったのか、俺と顔を見合わせる。
「料理が味気なさそうじゃの」
「あぁ、屋台とかもあるけど、食欲をそそる匂いじゃないっていうか」
「見てみろナナセ、こんな小さい肉串で銀貨二枚じゃと。かー、千年京ならこの倍の大きさで三本は買えるぞ」
「物価の違いか。人口が多ければ食べ物も貴重になるよな」
「これは千年京の肉野菜を持ってくるだけでも稼げそうじゃな」
農作物を出荷するだけで十分な儲けは出そうだ。だけど、農作物は大量に出荷できるわけではない。センビの加護のおかげで大きくたくさん実るが、農地というのはそこまで大きない。拡大するにしても、簡単な話じゃないだろう。
理想は一次産業ではなく二次産業三次産業だ。この天球礼拝地で仕入れ、千年京に持ち帰り千年京で加工して天球礼拝地で売る。その方が効率がいい。
「あの食堂っぽいとこで食べてみるか」
「そうじゃな。繁盛しておるみたいだしの」
人の出入りが多くテーブルが多い食堂に入ってみた。
エプロンをしたクマさん、おそらく女性に案内され席に座る。クマの店員さんはメニュー表を手渡し、ぐいっと値踏みするように俺を凝視する。
「うちは店構えより値が張る食堂だで。人間種のお兄ちゃん払えるかい?」
「えぇと、三人で銀貨三十枚くらいだとどうですか?」
露天に売っていた小さい肉串が銀貨二枚だったから、一人銀貨十枚で定食が食べられるという物価だと試算してみた。クマの店員さんは機嫌よくうなずいた。
「人間種にしてはお金持ってるようだで。一人銀貨九枚で定食食えるよ」
「じゃあ俺は……このシチューの定食で」
「わたしも同じの」
少し待つと料理が到着。食べてみたが普通というか、なんというか。美味しいのだが食べ慣れないスパイス? 的なモノが入っているのだろうか、はっきり言えば好みではない味だった。腹を満たすには十分な味付だが……。
食べ終えて店を出る。大通りに戻ると様々な種族の人が忙しなく行き交っていた。
センビは満腹になったお腹をなでさすりながら微妙な表情で言う。
「それなりにいい店のようじゃが、舌に合わんかったな。なにより値段が高い」
「都市の人口が多くて戦地に近いから当然じゃないか? 難民とかもいるだろうし。独特な風味は慣れないけどさ」
「そうじゃなー。パンもなにか合わさった粉を使っとったな」
パンにはこだわりがあるリシュルゥはうんうんとうなずく。
「焼き立てだったけど香ばしさしなかった。あれはバターをケチってる味だった。いつものパンが一番」
確かにリシュルゥの水車小屋の近くのパン屋さんの焼き立てパンは絶品だ。パンはあそこのパンだけでいいと思えるくらいの代物だ。
「まだ一軒しか食べてないが、総評して天球礼拝地の料理は微妙ってことでいいか」
両名とも深くうなずいた。物価も千年京の数倍だし、いまのところ住みづらそうな都市に見える。食べ物がダメとなると、魔導力機か。
「次は魔導力機を探しに行こうか」
「うん!」
表情はあまり変わらずジトっとした目付きだが興奮しているのだろう。
頭のてっぺんにちょこんと生えたアホ毛がくるくる回っている。さながら魔導力機を探すレーダーだ。
小柄なリシュルゥが先頭に立ち、混雑する異形の種族たちの間を抜けて行く。レーダーがなにかを捉えたらしくリシュルゥは吸い込まれるように店に入った。
「ここは生活用の魔導力機の店か」
「見たことないのがたくさん置いてあるのう」
まるで家電屋だ。洗濯機や冷蔵庫みたいなのは千年京にもあったが、最大都市ともなると品数が豊富だな。
リシュルゥは興味深そうに商品を観察している。
「どうだリシュルゥ?」
「うーん、どれも昔からある技術の魔導力機ばっかり」
「最大都市と言っても技術が進んでるわけじゃないんだな」
「魔導力機工学は数百年前からほとんど進んでない。研究が進んでも機体が小さくなるとか魔力消費が少なくなるとかばっかり」
「なるほどなぁ。俺でも複製するのは割とできるが、一から新しく作るとなるとさっぱりだからな」
店内をたっぷり二周ほど回ったリシュルゥは落胆している様子。
これほど人が住んでいても魔法使いの数は多くないのだろう。そのほとんどは戦争に駆り出されて研究などできないのかもしれない。
「食事はダメ、魔導力機もダメとなると厳しいな。もっと千年京にはない物で溢れてると思ってたんだが」
「都市というのはそれぞれ特色があるが、暮らしはどこも変わらんのかもな」
「魔王軍との戦争中だもんな。文化は育たないってことか」
ほぼ一日かけて天球礼拝地へやってきたが、がっかり感が否めない。
「まぁでも、輸出先と考えれば悪くないんじゃないか? 具体案はビッグマムとギエンじいと相談するとして」
「そうじゃな。日が暮れるまでまだ時間がありそうじゃし、もう少し観光かの」
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