第14話 大陸最大都市に進出(1)
かつて偉人会の会場となっていたビッグマム商会の商談室。そこは現在執務室になっている。広々とした部屋の中心には立派な机が置かれており、一体誰の執務室かというと俺の執務室だ。目の前にはいくつかの書類。目を通して判を押す。
「俺が千年京の国王……」
オーク砦制圧から二週間が経過した。千年京は以前のような落ち着きを取り戻しゆったりとした時間が流れるのどかな都になった。しかし変わったことが一つ。センビの勢い任せの横暴で俺が千年京の初代国王に任命されてしまったことだ。
「なんじゃあ? まだ言っとるのか?」
その張本人は執務室のソファーに寝転んでいる。獣の耳と尻尾持つ仙狐族の女、センビは千年以上の時を生きている。この千年京を古くから見守ってきた存在だ。
「だって、俺はよそ者だぞ? おまけに異世界人で一応勇者だし、俺がいきなり国王になるってどう考えたっておかしいだろ」
「おかしくなどないじゃろ。ナナセはこの千年京で最も強い。そしてみなを導きオークの軍勢を倒すという大きな偉業を成したのじゃからな」
「オークを倒せたのはリシュルゥの発明のおかげだし、都のみんなで戦ったから倒せたわけだし……」
「ぐちぐちうるさいのぅ! 誰も異議を唱えるどころかナナセのことを称賛しているではないか。これは千年京に住むみなの総意で決定したことじゃぞ」
人を悪く言いたくはないが、都に住むみんなもどうかしてるんだ。すれ違うたび陛下! 陛下! って。
「国王ってこういう感じでいいのか? 執務も小一時間で終わる程度しかないし」
「ナナセは気にしすぎなんじゃ。いつも通り過ごせばいい」
「国王になったからにはちゃんと仕事をしなきゃって思ってるんだが、その仕事がないんだよな。インフラとか教育とか、普通に成り立ってるし、わざわざ手を入れる必要が今のところないみたいだし。これじゃあ俺、お飾りもいいとこだぞ」
「のんびりすればいいんじゃのんびりなー」
「のんびりって……」
俺がやっていることといえば、爆裂矢の製造くらいだ。有志の弓矢隊には週に一回程度訓練を継続してもらっている。またなにかあった時のために備えておく必要がある。俺が指示したのは本当にそれくらいで、俺の仕事という仕事はほぼない。
「失礼します! ナナセ兄さん国王陛下!」
ドタドタとした足音。菱形体系のリトルフランク君だ。
「あぁ入って。それで用件は?」
「用件っていうのは、ボクの父ちゃんが帰ってきたんだ!」
「ブラウンがやっと帰ってきたか。無事にお米は手に入ったのか?」
「はい! ここに父ちゃんを連れてきていいですか?」
「それはもちろん」
リトルフランク君は嬉しそうにドタドタと走って行った。
フランク君のお父さん、つまりビッグマムの旦那さん。俺は少し不安になる。
「確か勇者軍にお米を根こそぎ持って行かれたから、他の都市にお米の買い付けに行ってたんだよな? その、大丈夫か?」
「なにがじゃ?」
「だってよ、出かけて帰ってきたら知らないよそ者が国王になってるんだぞ? 悪い冗談にしか聞こえないだろ」
「ブラウンなら心配ない。いやぁ早くお米が食べたいのぅ」
俺の不安をよそにお米のことを考えている。はぁ……気が重いなぁ。
再びドタドタした足音がやってくる。ブラウンさん、一体どんな人なんだろうか。
「失礼します! 父ちゃんを連れてきました!」
リトルフランク君の隣にいたのは普通の男性だった。人並み以上に鍛えているように見えるが、筋骨隆々というほどではなかった。なんというか、普通のお父さんって感じだ。
「初めまして、俺ナナセです。その、ブラウンさんが不在の間色々ありましてなんかこういう感じになってしまいまして……」
ブラウンさんは無言で俺の目前に迫ってくる。一歩一歩とゆっくり迫ってきている。な、なんだ? やっぱり、俺に文句があるのかな? いきなりこんなやつが国王って言われたら怒るよな……。
「この度は!! まことに申し訳ございません!!」
ブラウンさんはいきなり平伏し謝罪している。
予想もしていなかった行動に呆気にとられ俺は言葉を失う。
「千年京の危機に!! 不在というていたらく!! 不肖ブラウン!! いかなる処罰も甘んじて受ける所存です!!!!」
「いや、いやいや! 顔を上げてくださいブラウンさん! 誰も悪くないんですから! 俺に謝る必要はないですよ!」
「千年京唯一の戦士である私が!! 千年京を守ることができなかった!! 罰してください!! どうか私に罰を!!!!」
「俺に人を罰する権利とかないですから! おいセンビ! なんか言ってやってくれよ! お前のせいなんだからな!」
センビは腕を組み偉そうに言う。
「ブラウンは役立たずじゃな。フランクの方が立派に都を守っておったぞ」
「センビ!!」
どうにかブラウンさんを宥めてお帰りになってもらった。
お米の方は無事に確保できたようで、商店にはお米が行き渡り始めているらしい。
一波乱が起きた執務室。仕事という仕事はしていない俺だが疲れてしまった。応接用のソファーに深く背中を預ける。
「はいせんせぇ、お茶」
「あぁありがとう」
リシュルゥが淹れてくれた緑茶を飲み一息つく。
「せんせぇ、センビ様は?」
「センビはおにぎりがどうのって出て行ったぞ。リシュルゥはいいのか? 魔導力機の研究に専念してていいんだぞ?」
「せんせぇのお手伝いがしたくて」
どこかの誰かさんと違ってリシュルゥはいい子だな。
千年京がこうして健在なのもリシュルゥのおかげだ。十代半ばという年齢にも関わらず千年京唯一の属性魔法を使える魔法使い。リシュルゥが開発した爆裂矢がなければオークの軍勢と戦うことはできなかっただろう。
「手伝いって言ってもな。執務はもう終わったから魔法の練習しに行くか?」
「うん。もうちょっとで転移魔法のコツが掴めそう」
ただやって見せてるだけだが、リシュルゥは転移魔法を分析して自分のモノにしようとしている。魔法について何もわからないこんな俺を先生と慕ってくれるとは。
執務室から出て階段を降りる。ビッグマム商会にはなぜだか人がいなかった。
「ビッグマムがいないな。みんなでブラウンさんの帰還祝いでもしてるのか?」
「せんせぇ、外にいるみたい」
「外に? そりゃまたなんで……」
またなんか問題があったのだろうか。ビッグマム商会の外に出ると人だかりができていた。みんな一様に空を見上げている。リシュルゥは納得した顔で言う。
「せんせぇ、船がくるよ」
「船がくる? 千年京には小川しかないけど……」
船ってまさか……。
俺も空を見上げる。民衆が歓声を上げ、指を差す。
空の彼方からなにかが飛んでくる。豆粒のように小さく見えたが、次第にどんどん大きくなっていく。
「飛行船……」
「あれは天球礼拝地の飛行船。大陸に一隻しかない大型飛行船だよ」
「すごいな。魔導力で動いてるのか?」
「うん。数百年前に作られた魔導力機関で動いてる」
見上げているとビッグマムが近づいてきた。飛行船よりビッグマムの方がデカイ気がする。見上げているというのに空を覆うようにビッグマムの顔が見える。
「年に一度各都市に降りてくるんだよ。希望者は無料で巡礼できるのさ」
「じゃあここにも降りてくるんですか?」
「あぁそうだよ。といっても乗るやつなんていないけどね。そうだ、ナナセが乗ったらどうだい。聖地には行ったことないんだろう?」
「俺がですか? 興味はありますけど、聖地ってどんなところなんですか?」
「天球礼拝地は大陸の中央部、ここからだと北西のずっとずぅっと行ったところにある大都市さ。魔王軍と頻繁にやりあってるって話だけどね」
魔王軍は大陸の北から侵略してきている。人類にとって重要な都市ってことか。
年に一度だけ、その天球礼拝地に行くことができる巡礼船がやってくる。それがちょうど今日この日だったわけだ。
「なんじゃ、もう一年経ったのか」
「センビ、おにぎりはいいのか?」
「お米は水に浸けるのが大事なんじゃ。時をせいてはおいしいお米は炊けん」
「なぁ、センビはあれに乗ったことあるのか?」
「そうじゃな。あれは二百年前じゃったかのぅ、陸を行けば一月近くかかる旅路を三日で聖地に着くんじゃ。聖地にはでっかい礼拝堂があってなぁ、街の活気はここの千倍はあったな」
大都市か。なんだかんだで俺はこの千年京しか知らない。他の都市に興味がある。どんな暮らしをしているんだろうか。大都市なら千年京とはまったく違う文化もあるだろう。
「行ってみないか? 俺の転移魔法があればすぐ帰れるし、輸入や輸出もできるようになるしさ。向こうに商会の支店を作るってのもいいと思うんだ」
「そりゃいい考えだね。ビッグマム商会は賛成だよ。ナナセの転移魔法があれば新しい商品を輸入できるし、千年京の特産物を素早く売ることだってできる」
「確かにいい考えじゃな。千年京の暮らしがよくなるじゃろう。……そろそろ降りてくるはずじゃ。向こうの平野にいつも着陸するからな」
空中で飛行船が停止して、ゆっくりと高度を下げ始めた。
俺の転移魔法を駆使して他の都市と交易する。思い付きのアイデアだが、上手く行きそうな気がする。ビッグマム商会の賛同も得られたし、賭けてみる価値は十分ありそうだ。
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