第12話 千年京の危機(8)

 家に戻り大急ぎで爆裂矢を作成した。気づけば陽が落ちていた。


「はぁやっと終わった。必要な量は確保できたな。お疲れリシュルゥ」

「せいせぇもお疲れ様。思ったより早く終わったね」

「徹夜も覚悟してたが一眠りはできそうだな」


 爆裂矢がなければなにも始まらない。どうにか量を揃えられて一安心だ。


「準備はこれで全部済んだ。あとはやるだけだ」

「わたしの爆裂矢はオークにも致命的なダメージを与えられる。これだけの数があれば勝機は十分あるはずだから」

「あぁ、リシュルゥの爆裂矢なら勝てると信じてるよ」

「メシの時間じゃぞ! 早く食べてしっかり休まんとな!」

「ああ今行く!」


 腹を満たして寝床に入る。もっと緊張して眠れないと思ったが、不思議と落ち着いている。勇者軍にいた時は毎日不安だった。頼れる相手もいなかった。でも、今は違う。たくさんの仲間が、頑張っている。不安はまったくなく、俺の意識は闇の中に溶けていった。


 ついに時間がくる。仮眠をとり深夜過ぎに西の森前に集まった。

 もうすぐ朝だ。陽が昇り始めたら行動開始。

 爆裂矢を装備した弓矢隊と共に転移するんだ。


「そろそろ、時間です。動きは確認した通り、転移したあと物音を立てずに限界まで近づき、一斉に砦に向かって爆裂矢を撃ち続けて下さい。オークが襲ってきても陣形を乱さず距離を保ちつつ攻撃してください」


 モーゼフ親方は俺を見て親指を立てる。弓矢隊のみんなはやる気に満ちているようだ。少しづつ空が青くなり始めた。


「では、行きます。必ずできるはず。人間種は最弱じゃない!」


 転移魔法を大きく展開する。魔力を行き渡らせ、オークの砦前を思い描く。

 一瞬にしてオークの砦前に転移した。こちらの方が少し暗いが、十分見える。

 弓矢隊のみんなは息を飲みオークの砦を睨む。


「見張りはおらんようじゃの。限界まで近づくぞ……」


 足並みを揃えて少しづつ射程圏内まで距離を詰めた。

 呼吸を整え、顔を見合わせ、うなずく。


「リシュルゥ、合図を」

「うん、行くね」


 リシュルゥが魔法を空に打ち上げる。

 上空で魔法が弾けて辺りが明るくなった。


「撃て!!」


 一斉に爆裂矢が放たれる。

 魔力が灯った矢が放物線を描き砦に撃ち込まれた。

 爆発音が連続して煙が上がる。早くも砦の一部が崩壊していく。

 第二射、第三射と続けて撃ち込む。


「これで終わればいいんじゃがのぅ」


 並のオークはこれで倒せるだろう。けど、ここにはオークキングがいるんだ。

 砦の門から武装したオークがこちらへ向かってくる。それを冷静に弓矢隊が撃破していく。ここまでは順調だ。


 ついに、薄黒い肌のオークが出てきた。オークキングは鉱石のような素材でできた棍棒を担いでいる。こちらを視界に捉え、迫ってくる。


「オークキングじゃ! あやつを集中して攻撃するんじゃ!」


 すぐさま爆裂矢がオークキング目掛け飛んでいく。数十発の爆裂矢がオークキングを襲おう。煙が巻き上がるなか、オークキングは平然と立っている。


「ナナセ! あやつには魔法の耐性があるようじゃ! 弓矢隊ではどうもできん! わっちらでなんとかするぞ!」

「わかった! フランク! 砦への攻撃を続けてくれ! 俺はオークキングを引きつけてどうにかする!」

「はい! こっちは任せてよ!」


 オークキングを弓矢隊に近づけてはいけない。

 俺とセンビは飛び出しオークキングの元へ。モーゼフ親方からもらった剣を引き抜き構える。


「グオオオオ!」


 地響きのような咆哮。オークキングが棍棒を振りかざす。

 センビと連携してオークキングを相手しながら隙を窺う。よし、動きには対応できてる。攻撃さえ当たれば!


 絶えず爆発音が響く戦場でオークキングと対峙する。しかし未だダメージは与えられていない。隙を見て剣を切り込んでも刃が通らない。


「なんだこいつ……全然剣が通らないぞ!」

「皮膚が分厚いんじゃな」

「雷閃! くそ、これもダメだ」


 魔法に耐性がある。そして剣も通さない。どうやって倒せばいいんだ!

 呼吸が乱れる。


「センビ! なにか必殺技は持ってないのか!」

「そんなもん持っとらんわい! 魔力を込めてバーンてやるだけで千年生きてきたんじゃぞ!」

「じゃあどうするんだよ!」


 なにかないか! こいつを倒せる魔法は!

 属性魔法はダメだし、魔力を込めて全力で切りつけても肉まで届いてないんだ。転移魔法でデッカい岩を落として潰すとかくらいしかないんじゃないか? 周囲を見回しても大岩なんてない。


 思考を巡らせていたその瞬間、地面に足を取られてしまった。オークキングが棍棒振り下ろした時にできた窪みだろう。


「しまった……!」

「グオオオ!!」


 棍棒の薙ぎ払いが腹部に直撃した。寸前でどうにか魔力を集中させダメージを和らげることができたが、衝撃で数メートル転がされた。

 大丈夫だ、意識ははっきりしてる。体も動かせる。

 センビが俺とオークキングの間に入り時間を稼いでくれている。俺は左手に回復魔法を灯し腹部に当てる。ものの数秒で痛みは引いた。


 手に宿った回復魔法を見て、不思議に思った。

 魔法が効かないってどういうことなんだ? 反発している。魔力が魔力を弾いている。そういうことなんだろうか? 回復魔法が灯っていた左手に集中する。


「なら、魔力を喰らうような魔力を……」


 その瞬間、俺の中で何かが目覚めた。カチャリ、と音が聞こえた気がした。ずっと閉じていた鍵が開かれたような、そんな感覚。


「ナナセなにしとるんじゃ! わっちだけでは抑えきれん!」


 振るわれた棍棒を抑えきれず、センビ地面を転がる。オークキングは俺の方へと走ってくる。先に俺を殺したいらしい。人間種だから、俺の方が簡単だと思ってるのか、こいつ。


「俺は、勇者だ」


 目前に迫ったオークキングの懐に飛び込み、左手をかざした。

 灯るのは黄金の炎。俺の体内を巡る魔力すべてが黄金の炎に変わる。

 

「グオオオ!?」


 黄金の炎がオークキングの体を焼いている。喰らっているんだ。オークキングの魔力そのものを。


「その黄金の煌めきは! 勇者の力じゃ! 魔を滅するための力じゃ!」


 この力なら、倒せる。

 体が羽のように軽い。体が何倍も強化されているんだ。

 胸を抑え苦しむオークキングは俺を睨む。再び棍棒を振り上げた。

 俺は踏み込み、加速して棍棒をすり抜け背後に回る。

 両手で剣を握ると、剣身に黄金の炎が灯る。この剣なら、切れる!


 振り返るオークキングの顔面を、両断する!

 剣がめり込み黄金の炎が侵食していく。思いっきり振り抜いた。


「ガ……ガ……ッ…………」


 オークキングはその場に崩れ落ちる。

 勝った。勝ったのか……。


「そうだ! みんなは!?」


 慌てて弓矢隊の方を見る。戦士のオークが爆ぜる瞬間だった。

 砦の方を見ると、ほとんどが崩壊してオークの死体がいくつも見えた。爆発の音が止み、静かになる。オークの気配は感じなくなった。


「これで、全部か?」

「そうじゃな。生きているオークの気配はせんな。勝ちじゃ、わっちらのな!」


 途端に力が抜けて、地面に尻餅をついた。

 終わった。終わったのか。


「ナナセ兄さーん! ボクたちやったよ! ボクたちがやったんだ!」

「あぁ、そうだな。俺たちがやったんだ。最弱の、劣等種の、千年京が……オークの軍勢を打ち負かしたんだ……」

「坊主! 坊主! うぉおおお! すげぇぞ! うぉおおお!」


 モーゼフ親方はすごいテンションで盛り上がっている。弓矢隊のみんなも抱き合って喜んでいた。呼吸を整えて空を見る。丁度朝日が顔を出して暖かな日が差し込んできていた。


「帰ろう、千年京に」


 俺たちは成し遂げたんだ。自分たちで、自分たちの居場所を守れたんだ。

 

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