第11話 千年京の危機(7)

 西の森周辺には人が近寄らないように規制線が張られていた。

 簡素だが監視塔まで作られ警備は万全な状態になっている。仕事が早いな。

 天幕が設けられ、有志による弓矢隊が訓練をしている。その中にはリトルフランク君の姿もあり、俺に気づくとドタドタと肉肉しい体を揺らしながら走ってくる。


「ナナセ兄さぁーん! センビ様! はぁはぁ……」

「この程度で息を切らせるとは、お主は戦えるのかのぅ?」

「ボクは走ったりするのは苦手だけど、弓は小さい時から父ちゃんに教えてもらってるんだ。この弓矢隊に集まった中ではボクが一番命中させたんだよお!」

「一応ブラウンの息子と言ったところか。あやつは弓の名手じゃったからな」


 リトルフランク君のお父さんはブラウンさんと言うらしい。あのビッグマムの旦那さんだと考えるとビジュアルの想像がつかない。デカいのか? それともリトルフランク君はお父さんの血を継いで身長が低いのかも? 商隊護衛でしばらく不在とのことだが、早く会ってみたいな。センビに次ぐ戦闘力らしいし。


「リトルフランク君のお父さんが戻ってくるのはまだかかりそうか?」

「うん。お米を仕入れるためにかなり遠くの都市まで行ってるんだ」

「そうか。弓矢隊はどういう状態か教えて欲しい」

「はい! 今集まってるのは四十人ってとこかな。仕事が終わってから練習にくるって人もいるから、多分、ギリギリ七十人くらい立候補してくれたよ」

「七十人もいれば十分だ。しばらくは普通の矢で練習していてくれ。魔法で作った矢はまた後日説明する。弓矢隊は頼んだ」

「ボ、ボク頑張ります!」

 

 リトルフランク君は弓の経験者で腕もいいらしい。人を率いるのも慣れてそうだから彼に任せておけば間違いないだろう。


「兵隊と呼ぶには頼りないが、自警団と思えば頼りになりそうじゃの」

「あぁ、千年京には軍隊や騎士団がないってのは仕方なかったことかも知れないけど、これからは自分たちで千年京を守れる力を持たなきゃいけないと思うんだ。今回みたいなことがいつ起こるかわからないし、魔王軍の脅威もある」

「今まで、戦おうと言うやつはおらんかった。不思議じゃの。ナナセ一人が千年京に加わっただけでこうも心持ちが変わるとは」

「千年京は弱者の集まりじゃないさ。本当はみんな諦めてなんかなかったんだ」

「そうじゃの。わっちらも行くとするか」


 俺とセンビは規制線を越え西の森に足を踏み入れた。

 ビッグマム商会が林業をしていたという森には作業の後が見て取れる。木々が茂る森の中を慎重に注意深く進む。


「西の森ってどのくらいの広さなんだ?」


 辺りに気を配りながら小声で問いかける。


「そうじゃの、広さ自体はそうでもないんじゃ。真っ直ぐ行けば一時間もかからず森を抜けられる。しかしこの辺りはまだ平地で見通しもいいが次第に入り組んだ地形になる。北側は険しい斜面になっとるしのぅ。わっちはあまりこの森にくる用事がないからそれ以上はよくわからん」

「なるほどな。とりあえず、職人さんが見かけたって言う周辺を探っていこう」


 西の森を進んでいく。次第にうっすらと気配を感じ始めた。


「なぁこれって足跡じゃないか?」

「間違いない、オークの足跡じゃな」

「まじか、俺の足の倍以上デカいぞ。迫力ありそうだな」

「恐ることはない。オオイノシシの突進を受け止める膂力があればオークくらい大したことはないはずじゃ。数で押されればわからんがな……」

「俺も実際一対一なら負けないって自信はあるが、問題は数だからな」


 属性魔法を使えるようになったが、効果範囲の広い魔法はまだ覚えていない。魔法だけで戦うのは厳しいと思う。


「あそこ、切られた跡じゃないか? 引きずった形跡もある」

「間違いなさそうじゃな。跡がついている方向へ行ってみるか」


 足音を立てないよう森の中を歩く。


「見ろナナセ、あれは水場じゃな。オークの縄張りは近いぞ」


 小さな湖の先に行くと木々が開けてくる。姿勢を低くして進むとそれは見えた。

 丸太だけが使われた原始的な作りだが、バリケードといっても遜色ない。


「オーク共もおるぞ。……見ただけも数十はおるな」

「門まで作ってあるか。意外としっかりした感じなんだな」

「オークは魔物の中では高い知能を持っておる。喋ったりはできんが」

「砦って感じだな。今見えてるのが建築担当のオークだとすると、百以上、二百近い勢力かもな」


 想像以上にオークの拠点はしっかりしている。

 俺はしまっていた地図を取り出す。西の森が大雑把に描かれた地図だ。


「この地図だと、こう歩いてきたからこの辺か? 千年京まですぐってわけじゃないけど、まったく安心できない位置だ。今は建築に専念してるから大丈夫だけど、食料調達ってなると千年京の方まで行動範囲が広がるはず」

「ナナセ! 地面に伏せるんじゃ!」

 

 センビが慌てている。なにがあったというのか。

 姿勢を低くしオークの砦に目を向ける。


「なんだあれ……」


 あれは……軍隊だ。百に近い数のオークが隊列を組んで砦の方へやってきている。


「まずいのう。もう縄張りを引っ越す段階まできておる」

「そんな、あれがオークの本隊なのか……」


 その中でも一体、異彩を放っている。

 緑色に近い肌のオークがほとんどの中、そのオークは浅黒い肌をしている。体は他のオークより一回り大きく、周囲に石器で武装したオークが付き従っていた。


「あれがここのボス、キングじゃな。うーん、わっちとナナセでも手強いかもしれん。オークキングには指揮能力がある。周りにいる戦士のオークと分断せねば対等には戦えんじゃろう」

「確かにな……」

「しかし、こうなれば猶予はないぞ。建築以外のオークがいるとなれば、縄張りの範囲はぐっと広がる。いつ千年京が見つかってもおかしくない」

「くそ……もう数日準備に時間が欲しかったけど、ダメか」

「戦うことは避けられん。あとは、襲われるか、襲うかじゃな」

「確認はできた。転移魔法で戻ろう。この場所は覚えたから転移魔法でこれる」


 一応目的は果たしたんだ。今は報告が第一。

 転移魔法で千年京に戻り偉人会の招集をお願いした。みんな気になっていたのだろう、呼びかけるとすぐにビッグマム商会の商談室に集まった。

 偉人会の面々に注目されている。俺は立ち上がって報告する。


「偵察して得られた情報についてお話しします。この地図を見てください。この辺りにオークの砦を確認しました。この商会の十倍近く広い砦です。けど、堅牢と言ったほどではなく、砦自体は脅威ではないと思います」


 みんな聞き入っている。


「推定では百以上、二百以下のオークがいると思われます。その中でも武装した戦士のオークは三割くらいかと。……これからの対応についてですが、俺は、この千年京が発見される前にこちらから奇襲をかけるべきだと考えています」

「わっちも同じ考えじゃ。この千年京には防衛できるほどの戦力はない。いずれオーク共がここの食糧に目を付け略奪にくるのは明白じゃ。ならば、いっそのことこちらから先手を打ちオークを殲滅するべきじゃと主張するぞ」


 ギエン商会長が手を上げる。


「防衛するのが困難ということはワシもそう思う。しかし、本当に二百近いオークの砦を攻め落とせるのか?」

「ご存知の通り、有志が立候補してくれた弓矢隊の人数は七十人程で、到底対等に戦えるとは思っていません。しかしこれを見てください。これはリシュルゥが開発した魔法を帯びた矢、爆裂矢です。威力はこれから弓矢隊に訓練で使用してもらいますが、砦を破壊するには十分な破壊力があり、オークにも有効だと考えています」


 ギエン商会長は爆裂矢を見て納得した素振りを見せる。


「普通の弓矢隊なら戦うのは厳しいだろうが、魔法でできた矢なら可能性はあるだろう。それで、作戦は?

「はい。まず、俺の転移魔法で弓矢隊をオークの砦まで近くまで転移します。一斉に爆裂矢を放って奇襲をかけ、できる限りオークの戦力を削ってもらいます。そのあとは……すみません。やれるだけやるしかないです。俺とセンビでどうにかオークキングを撃破するしか」


 現状これ以上の作戦はない。爆裂矢頼みの作戦だ。

 みんな考え込んでいる。実際やるしかない。どこまで通用するかわからないけど、千年京が存続するには打って出るしかないだろう。

 ビッグマムが口を開く。


「あたしはこの作戦しかないと思うね。爆裂矢ってのにかけてみるしかないよ」

「俺も弓矢隊に志願したんだ! 任せてくれ!」


 モーゼフ親方も弓矢隊に参加しているようだ。心強い。

 奥に座っていたセンビが立ち上がり手を叩く。


「ではこの作戦で行くとしようかの。できるだけ早い方がいい。作戦開始は明日の夜明け間近がいいな。オーク共も夜は眠っておるからな」


 こうしてオーク砦強襲作戦が決まった。決行は明日の夜明け。

 偉人会を終えた後爆裂矢作りを続けていたリシュルゥを連れて西の森近くへ。

 作戦の主役である有志の弓矢隊に集まってもらった。現状、リトルフランク君がリーダーということになっているようだ。


「弓矢隊の皆さん、集まってくれてありがとうございます。明日の夜明けにオークの砦を強襲することになりました。急ですが、よろしくお願いします。今回使用する爆裂矢について説明を。頼むリシュルゥ」


 開発者であるリシュルゥが前に出る。爆裂矢を取り出して説明を始めた。


「起動方法は普通の魔導力機と同じ。ただし、放つ寸前に起動すること。一応キャンセルもできる。あとは普通の矢と同じ」


 簡潔に説明したあと、リシュルゥはその場で弓を手にして練習用の的に向かって矢を放った。ヒュンと風を切りながらやがて的に向かって行く。矢は的から少し外れた場所に着弾したが、矢が一瞬きらめいたあと爆発した。

 的から外れた場所で爆発したが、的を巻き込みバラバラにする。

 これは……想像以上だな。


「こんな感じ」

「思ったより強いのう」


 弓矢隊のみんなも驚いている。これならオークも倒せるだろう。


「えーと、じゃあみなさん爆裂矢を起動せず撃って練習してください。リトルフランク君、あとは任せた。練習はほどほどで、よく休んで深夜また集まって欲しい」

「はい! わかったよナナセ兄さん!」


 俺とリシュルゥは急いで不足分の爆裂矢を作らなきゃいけない。

 俺も頑張らないとだな。

 

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