第10話 千年京の危機(6)

 居間へ戻るとセンビが味噌汁を作っていた。早く起床しているということはさすがに酒は慎んだらしい。囲炉裏の前に座ると隣にリシュルゥも座った。


「えっと、センビ? リシュルゥはいつきたんだ?」

「お? 一時間前くらいじゃな。家事を手伝うと言ってのぅ、庭先の掃除もしてくれたんじゃぞ」

「おう……なぁリシュルゥ、弟子入りしたからってそういうことしなくていいんだぞ? 俺のことは気にせず今まで通りに過ごせばいい」

「なんでダメなの?」


 リシュルゥはむすっとした顔をしている。

 弟子といえば下働きみたいなもんだとは思うが、わざわざ世話を焼いてもらうのはどうも受け入れがたい。リシュルゥはまだ中学生くらいの年齢だし。


「ダメというか、申し訳ないっていうか……」

「家にいたら寂しいもん」

「あ、あぁ……そっか」

「よいではないか。家は賑やかな方がいいからな! なんならウチで暮らしたらどうじゃ? この家は無駄に広いからのぅ」

「じゃあお引っ越しする」


 そう言ってリシュルゥはばっと立ち上がり、小走りで家を出て行ってしまった。

 さっそく引っ越しの準備をしに行ったのだろう。家主であるセンビが許可したのなら俺は何も言えないな。俺も住まわせてもらってる立場だし。


 俺は転移魔法でリシュルゥを追いかけ、転移魔法で引っ越しの手伝いをした。こういう時にも転移魔法は便利だな。引っ越し屋を始めたら結構稼げそうだ。

 センビ宅居候にリシュルゥが加入し、騒がしい朝が過ぎていった。


「さて、俺とセンビはビッグマム商会に行こうと思うんだが、リシュルゥはどうする?」

「わたしはいい。オークとの戦いに役立ちそうな魔導力機の開発をする。せんせぇ、一つお願いしていい?」

「おう、いいぞ」

「これをビッグマムに渡して」


 手渡されたのはメモ用紙だ。見てみると何やら素材の名前が書いてある。

 魔導力機の素材だろうか。


「わかった。ビッグマムに渡すよ」


 リシュルゥを家に残して俺とセンビはビッグマム商会に向かった。

 朝の都の雰囲気はいつもとそう変わらない。もくもくと畑仕事する人々。露天なんかも変わらず営業している。みんな落ち着いているようでよかった。


「昨日ぶりじゃの、ビッグマム。相変わらずデカくてでぶっちょじゃのぅ。なにを食べたらそうなるんじゃあ?」

「あたしの体型をからかうのは仙狐様くらいなもんだよ」


 ビッグマムにどストレートな言葉を言い放ちガハハとセンビは笑う。

 俺にはビッグマムの容姿について言及する度胸はない。多分一捻りで潰される。


「おはようございますビッグマム、そちらの方は昨日の偉人会にいらっしゃった……」

「この人はギエン商工会のギエン商会長だよ。千年京ではあたしの商会と並ぶ大商会の主さ」

「ワシはギエン。ギエンじぃとでも呼んでくれ」

 

 お年を召しているが、エネルギーに溢れた人だ。ビッグマムと並ぶくらいのやり手なんだろうな。


「君はナナセといったか」

「はい、ナナセです。新参者ですが今までご挨拶できず申し訳ない」

「ワシはただの老いぼれだ。挨拶もなにもないさ。オークの件だが少しいいかね? ビッグマムと情報共有をと思ったのだが、ナナセ君がいてくれた方が話が早い」

「俺もビッグマムと話し合おうと思って来たんです」

「ならよかった。まず、ワシの商会で馬を夜通し走らせて周辺の都市や村に援軍の要請をしたんだが……すまない、成果はナシということになる」

「そうですか……」


 ダメで元々だったからな。最初から助けがくるとは期待していなかった。


「人間種より優れているとはいえ、オークと戦えるほど強いやつもそうそうおらんからな。どの都市も勇者軍頼みじゃろう」

「その勇者軍にも頼んでみたが、門前払いだったそうだ」

「仕方ないですよ。勇者軍は人間種のことを虫ケラみたいに思ってるんです。俺たちだけでどうにかしましょう。ギエンじぃ、ありがとうございます」

「礼など……不甲斐ないばかりだ」


 勇者軍……あんなやつらに助けてもらおうなんて思っちゃいない。俺はあいつらとは違う。種族がどうだとか、強さがどうだとか。そんなやつらは勇者じゃない。


「そうだビッグマム、これリシュルゥって子から頼まれたんですけど」

「あぁ魔法使いのお嬢ちゃんだね。どれどれ……この素材なら倉庫に揃ってるよ。ちょっと待っといておくれ」


 しばらく待っているとビッグマムと従業員の人が戻ってきた。


「はいよ、オークの対策で使うんだろ? お代は結構だよ」

「いいんですか?」

「あたしら商人はこういうことしか協力できないからね」

「ありがとうございます。じゃあ俺はこれで。偵察は昼過ぎくらいに行こうと思ってます」

「そうかい、頼んだよ」


 ビッグマム商会を後にして一度家に戻る。リシュルゥから頼まれた品を渡さなくては。家に入りリシュルゥの部屋となった部屋をノックする。

 

「おーいリシュルゥ、もらってきたぞ」

「せんせぇ、どうぞ」

「ここに置くぞ、それで、なにに使うんだ?」


 聞くとリシュルゥは作業台からなにかを持ってきた。

 それは一見すると弓矢の矢だ。矢尻の部分が特徴的だが。


「それは?」

「爆裂矢。普通の弓から放てる。魔法を使えない人でも使える」

「そうか、遠距離からオークに有効なダメージ与えるってことだな」

「これを量産すればそこそこ強い弓兵隊ができあがる」

「いいアイデアだ。量産はできそうなのか?」

「三日徹夜したら十分な量ができる」

「睡眠はちゃんと取ってくれよな。そいつちょっと貸してくれ」


 量産するにしても、リシュルゥ一人に任せるのでは負担をかけ過ぎだ。俺も協力できればと爆裂矢の構造を観察する。


「その素材をこう加工して、あぁこの部分に魔法を込めてるのか。そんでここで起動すると。ちょっと難しそうだけど、俺も作れそうな気がする」

「……そう言うと思った」


 リシュルゥはじとっとした目で呆れている。


「偵察に行くまで時間があるし、俺も一緒に作るよ。おーいセンビ! 悪いけどビッグマムに弓矢隊を編成して訓練するように頼んできてくれないか! 千年京の主力兵装はしばらく爆裂矢で行こうと思う」 


「なるほどのぅ。魔法を込めた矢を使った弓矢隊ならば戦力になりそうじゃな」


 光明が見えてきた。リシュルゥはすごい人材だ。

 一人一人の力が弱くても、俺とリシュルゥで魔法を駆使した兵装を作ってみんなに装備してもらえばいい。戦争は技術力の争いだということを忘れていたな。


「いける。いけるぞリシュルゥ! 千年京は戦えるんだ!」

「せんせぇ、早く作らないと」

「あ、あぁそうだな」


 そこから俺は爆裂矢作りに没頭した。最初の一本を作るのに苦労したが、二本目は一本目の半分の時間で完成。三本目はそのまた半分の時間で。一時間もすれば一度に十本まとめて作れるようになった。


「もう必要な量の半分ができちゃった……」

「俺、これが天職だったかもしれない」


 急いで作らなきゃという気持ちもあったが、だんだんといかに無駄なく効率的に仕上げるかと夢中になってしまっていた。手順が手に馴染んで目をつぶっても作り続けられそうなくらいだ。


「せんせぇ、あとはわたしに任せて」

「そうだな。これだけ作っておけば徹夜しなくていいだろう」


 爆裂矢作りはリシュルゥに任せて、俺は一番大事な任務へ向かう。

 オークの陣地、どれくらいの勢力なのかを把握しなければ。


「なにを緊張しておる。ぱっと見に行ってさっと帰ってくるだけじゃ」


 センビに背中を叩かれた。

 やっぱり緊張してたみたいだ。なんせこんなことは初めてだしな。

 勇者軍にいた時は体力作りの訓練ばかりで実際どう戦うとかは学んでいない。

 ぶっつけ本番、あとは戦場で生き残れって感じだった。まぁ、俺は戦場にすら辿り着けなかったんだが。けど、そのおかげで俺はこの千年京にいるセンビやリシュルゥと出会うことができたんだ。


「ナナセはここ数日の狩りで気配の消し方も上手くなったからな。なぁに心配することはない。逆にオーク共が縮み上がるのではないか!」


 そう言って一人で笑うセンビの姿に、どこか安心してしまう。

 なんだか力が抜けちゃったな。 


「確かに、俺もみんなも準備は整い始めてる。気負う必要はなさそうだ」


 西の森へ向かう途中、都の外れにある工房の男性に呼び止められた。


「おい坊主、ちょっとツラ貸してくんねぇか」

 

 この人は……偉人会で俺を睨んでいた人だ。


「あなたは、確かモーゼフ親方でしたよね?」 

「おういいからツラ貸せ」


 センビは他人のように明後日の方向を見てる。

 モーゼフ親方は一体俺に何をするつもりなんだ? 穏便に済む話ならいいのだが。

 半ば無理やり工房の中に引っ張り込まれた。工房には農業に使う農具が並んでいる。台所用品なんかもあるな。金物屋って言ってたか。


「それで、なんでしょう……」


 モーゼフ親方は鋭い目付きで俺を見ている。


「坊主、剣は振れんのか」

「は、はい?」

「そんな細い腕で剣が振れんのかって聞いてんだ!!」

「はい! 訓練で片手剣の基本は教わりました!」


 すごい声量で怒鳴り散らされ、俺は萎縮しながら必死に答えた。

 やっぱり偉人会で強気に言い返したのを根に持たれてるのか……。

 生きて帰してくれるんだろうか……。


 モーゼフ親方は剣を一振り取り出した。

 

「構えてみろ坊主」

「え、あ、はい。こうですか?」

「…………」


 なぜか立派な剣を渡された。重厚感がある。結構重い。

 一体なんなのか、モーゼフ親方は剣を構える俺の様子を腕を組みしかめっ面で見ている。俺の腕が重さでプルプルし始めたくらいでようやく口を開いた。


「もう二回り小さいのがいいか……」


 俺に渡した剣を取り上げ今度は工房の奥から小さめの剣を持ってきた。

 えっと……。


「こいつを持っていけ」

「くれるんですか? なんで?」


 モーゼフ親方は俺に剣をくれるらしい。それも立派な剣だ。手にしっくりくる。重さもさっきのと比べたらすこぶる丁度いい。

 どこかバツが悪そうな顔でモーゼフ親方は答える。


「あの時は悪かったな……」

「いえ、全然。俺は気にしてないですから」

「俺は自分が情けなくなっちまった。俺は文句だけつけて、なにも考えようとしなかった。坊主は必死に考えて、そんで全部を背負って立とうって漢気を見せたんだ。目が覚めたぜ、坊主。俺も戦うからよ、頼んだぜ」

「……剣、ありがとうございます。みんなで戦いましょう」

「あぁ!」


 モーゼフ親方の剣を腰に携えるとなんだが身が引き締まったように思える。

 いずれ剣は欲しいと思ってたんだ。ビッグマム商会にも剣はあったけど思ったより値段が高かったからなかなか手が出なかったんだ。


「威厳はまだ欠けておるが、剣を携えると一端の勇者じゃな」

「行こうか、センビ」

「そうじゃな。敵情視察と参るか」

 

 


  

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