第9話 千年京の危機(5)

 理解が追いつかない。目の前には想像もしていなかった光景が広がっている。

 千年京にただ一人の属性魔法を操れる魔法使いの情報を聞き、その人物が住んでいるという石造りの水舎小屋に足を運んだ。

 そこで出会ったリシュルゥという少女。彼女はご近所に住む村娘だと思っていたがそうではなく、彼女こそが属性魔法を操れる魔法使いだった。ここまではいい。


 俺は教えてもらう立場だったはず。しかし今、俺はそのリシュルゥに魔法を教えて欲しいと頼まれている。転移魔法を使って見せただけだというのに。


「せんせぇ、わたしを弟子にして」

「そう言われてもな、俺が教わりにきたわけで、教えるのは無理だって。さっき言った通り、魔法が使えるようになって一週間なんだ」

「せんせぇは天才。千年に一人の大魔法使い」


 尊敬の眼差しで見られている。

 なんの努力もせず使えるようになったから、なんだか申し訳ない。


「転移魔法だってよくわかってないし、その、実は俺勇者なんだ」

「この世界の人じゃない?」

「あぁそうなんだ。だから多分、こっちの世界の人とは違うと思う。勇者の素質ってのがあって選ばれたんだろうし。段階をすっ飛ばして魔法を習得してる感じだから説明もできないよ」


 リシュルゥは少し考え込む顔をする。

 俺は属性魔法を教えてもらいたいだけなんだ。


「わかった。せんせぇの魔法は勇者だから特殊ということ。けど、魔法は紛れもなく正規の手順を踏んで構成された魔法と同じ。つまり、せんせぇは大魔法使い」

「おいおい……わかったよ。リシュルゥを弟子と認める」


 そう言うと、リシュルゥはぱぁっと明るい表情になった。


「けど、条件がある。俺は今回のオークの問題について全力を尽くさなくちゃいけない。リシュルゥにも力を貸してもらいたい。それが条件だ」


 戦え、とまでは言わないが知識も豊富なようだし心強い味方になるはずだ。


「もちろん、わたしも協力するつもり。ここがなくなったらやだもん」

「よかった。これからよろしくな。早速だけど、属性魔法を見せてくれないか? 俺も転移魔法とか、治癒魔法を見せるよ。っていうか、見せることしかできないし」


 魔法ことをまったくわかっていないこんな俺に弟子入りする意味があるとは思えないが、リシュルゥがそう望んでいるならいいか。とりあえず属性魔法を見ることができそうだし。

 リシュルゥの水車小屋から移動して都のはずれに向かった。


「この辺りなら広いし家屋もないから大丈夫だろ」

「じゃあ属性魔法を見せる。わたしは雷の属性を研究してる。雷は風の属性の中にある属性だから、まずは風の属性から」

「属性の中に属性があるってことは、水属性の中には氷属性もあるって感じか?」

「そういうこと。まずは前提となってる属性から」


 なるほど、六属性というのは大きく分けて六属性なのか。


「まずは風起こし」


 少し強めの風が周囲を駆け抜ける。

 確かに、魔力の感じというか質感? が違うな。属性魔法は根本から違うというのはこういうことなのか。


「これを激しくする。風向きも自由に変える」


 風が一段、二段と強さを増していく。風向きも任意の方向へ変えている。

 なるほど、こういう魔力を練ってこういう感じに操ればいいのか。


「風を強くするのに三ヶ月。風向きを変えるのにまた三ヶ月かかった」


 リシュルゥがやってみせたような魔力を作り、それを見た通りに展開する。

 少し手間取ったが、弱々しいながらも風がぴゅうぴゅうと吹く。

 さてこっからだな。この感じの魔力の出力を増やして、上手くコントロールできればいけるはず……。


「なるほどなぁ、こういう感じか」

「…………」


 見せてもらった魔法と寸分違わぬ仕上がりだ。風向きだって自由自在。

 リシュルゥを見ると、口を開けて絶句していた。


「り、リシュルゥ? その、気を悪くしないでくれ。努力を踏みにじるようなことしてるよな。なんでできるかわからないけどできるんだよ……」


「怒ってない」

「結構怒ってるだろ」

「怒ってないもん。じゃあ次は雷の属性魔法を見せる」

「あぁ、頼む」


 それから、日が暮れるまで属性魔法の特訓をした。

 思いの外慣れるのが早くコツはかなり掴めたと思う。


「……雷閃!」


 練り上げた魔力が煌めきながら空を駆け、数メートル離れた木まで届き、弾けると同時に眩い雷撃が木の表面を焦がした。


「移動距離も威力もわたしのと同じ。わたしができる雷属性の魔法はこれで全部」

「雷閃は結構複雑に魔力を組まなきゃいけないみたいで、手間取ったけどやっとできるようになったな。ありがとうリシュルゥ」


 雷閃は遠距離攻撃だ。これが一番難しくて一時間以上かかってやっと見た通りに発動できるようになった。火力自体はもっと磨きをかけなきゃいけないが、一日の成果としては上出来だろう。


「リシュルゥはいろんな属性が使えるのか?」

「わたしは属性魔法は風だけ。専門は魔導力機工学」

「そっか、戦うとかより物作りの方なのか」

「魔導力機を修理したり回路から組み上げられる魔法使いはたくさん稼げる」

「難しそうだけど、面白そうだ。工作とか結構好きなんだよ」

「せんせぇにも手伝ってほしい」

「あぁ。戦闘だけじゃなく手に職つけたいからな。日も暮れてきたし今日はお開きにしよう。またな」

「ばいばい、せんせぇ」


 先生っぽいことはまだしてないけどな。俺から教えてあげられることはなにもないというのに。俺はリシュルゥと別れ家路についた。センビの家の前までくると美味しそうな匂いが漂ってきた。これは……ちゃんこ鍋の匂いか?


「ナナセ、帰ってきたか」

「ただいま。リシュルゥには会えたよ。それでこんな時間になった」

「あやつから魔法を教えてもらえるとはのぅ」


 センビは袖を結び囲炉裏で鍋を作っていた。

 ほかにも皿がある。今日はいつもより豪勢だな。


「都を見て声をかけて回ったら食材が集まってしまってな。わっちはいらんと言ったんじゃが、持って行けとしつこくてな……」

「いい人たちばっかりだな、千年京は」

「みな助け合って生きておるからの。さぁ、食べるとするか!」

「お腹ぺこぺこだったんだ。昼はパン一個だったし」


 至福の時間。千年京が危ないと聞いて内心かなり焦っていたがようやく落ち着けた気がする。俺一人が焦っても何も変わらないんだ。みんなと協力して、一人一人が自分のできることをやれば、きっと上手くいくはずなんだ。

 センビが作ってくれた料理を綺麗に食べ終え、風呂で汗を流し、布団に入る。長かった一日が終わった。





 朝になり、ゆすり起こされ目が覚めた。

 ぐっすり眠ったな、なんて思いながら眩しい朝日に目をこすりながら伸びをする。


「せんせぇ、これに着替えて」

「ん、あぁ……助かる」


 服のコーディネートって苦手なんだよな。毎朝服を考えるのって本当面倒だったんだ。用意してもらえるなんて幸せだな……。

 渡された服を着て、庭先の魔導力機から水を出して顔を洗う。


「せんせぇ、これで顔拭いて」

「気が利くなぁ。スッキリだ」


 冷水で顔を洗いシャッキリした脳みそが回りだす。

 タオルを渡してくれたのは、背が小さく、ヒヨコのような黄色髪で、じとっとした目つきで表情が少ない少女。

 この家にいるのは俺と、水色の髪で、ケモ耳が生えてて、口うるさくて、酒癖の悪いやつだったはず。


「おはよう、せんせぇ」

「……なんで?」


 なんでいるんだこの子?


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