第8話 千年京の危機(4)
千年京に属性魔法を使える魔法使いがいる?
「それって本当なのか?」
「本当じゃぞ」
「その人を紹介してくれないか? 俺一人じゃ属性魔法は習得できそうにない」
その場で腕を組み、センビは考える素振りを見せる。
なにか問題があるのだろうか。
「あやつは気難しいからのぅ……」
魔法使いは学者のようなモノだとビッグマムは言っていた。大学の偏屈な教授みたいな人だとしたら……ちょっと苦手だな。
「とにかく紹介してくれないか? 今は緊急事態だし、できることは全部やりたいんだ。気難しい人なら俺が頑張って説得するよ」
「閉じこもって研究ばかりしておるからな。しかたない。住処は教えてやろう。わっちは都の様子を見回っておくかの」
「助かるよセンビ」
センビからその人物の家の場所を教えてもらった。
どうやら水車小屋に住んでいるようだ。
「えーと、この石造りの水車小屋……だよな?」
千年京にある水車小屋は大体木造だ。しかしこの水車小屋だけがっちりした石造りの小屋になっている。
「これ扉まで石なのか? 重そうだな……」
一体どんな人物が住んでいることやら。この千年京で唯一属性魔法を使える貴重な人材だ。失礼がないようにしなくちゃな。
意を決して石の扉をノックする。
「痛って!! この扉硬すぎんだろ! 全然音響かないし!」
これじゃノックの音は室内まで届いていないだろう。手の甲がジンジン痛む。ドアにはドアノッカーみたいな物は見当たらないし、非常に頑丈なドアだ。呼びかけるしかないか。
「ごめんください! いらっしゃいますか!! あの! 属性魔法を教わりたくてお伺いいたしました!!!!」
…………。
返事はない。これはご在宅なのかも定かじゃないな。俺は小屋の周りをぐるっと回って窓を探す。しかしあるのは石壁のみ。
「完全に人を拒絶してる家づくりだな。窓の一つもない。扉を破る訳にもいかないし、家の前で張り込むしかないか? 食料の買い出しくらいはするだろう」
時間が惜しいが、属性魔法を身に付けることが第一だ。ここで張り込んでやる。俺も意地だ。どんな頑固ジジイが相手だろうと、俺は属性魔法を見せてもらうまで小屋の前に座り込んでやる!
地べたに腰を下ろして腕を組む。我慢比べだ。二週間も鬼教官の地獄の訓練を耐え抜いた俺の精神力を見せてやる。
心を整え風を感じる。爽やかな風を感じながら心を無にした。
無心にして時の流れを待っていると、小屋と反対の俺の背後から足音が聞こえた。
目を開け振り返るとそこには少女がいた。ご近所に住んでいる子だろうか。
ヒヨコのような黄色髪で、年齢は日本基準で言えば女子中学生くらいか。
「俺は怪しい人じゃないよ。こんにちわ」
「もぐもぐわ」
少女は手にパンを抱えていた。香ばしい小麦の香りがする。これは焼きたてだな。
丁度昼食中だったのだろう。口いっぱいにパンを頬張っていた。もぐもぐわ……たぶんこんにちわと返してくれたんだな。少女はごくりと飲み込む。
「なにしてるの?」
ヒヨコのような少女はじっとりとした目で質問する。
かなり怪しまれてるな……。こういう時は自己紹介だ。
「俺はナナセ。センビのところでやっかいになってる。最近千年京にきたんだ」
「わたしはリシュルゥ」
「リシュルゥか。かわいい名前だな。パンはおいしいか?」
「うん。あそこのベーカリーで十二時丁度に焼き上がる。お昼はいつもこれ」
少女が抱えるパンはかなりの量だ。腕いっぱいにある。
「ずいぶんたくさん買うんだな。家族で食べるのか?」
「夜ご飯と朝ご飯の分もある。家族はいないよ。わたしひとり」
「そっか」
悪いことを聞いてしまった。中学生くらいの女の子が一人で生活している。上手く返す言葉が出てこない。俺の人生経験が浅はかなせいだ。
そこで、ぐーと大きくお腹が鳴った。俺のお腹が。
「お昼まだ?」
「あぁ、偉人会だなんだで忙しくてさ」
少女は感情の読めない顔でパンを一つ手に取り、ずいっとこちらに差し出した。
「しおごまパン。これおすすめ」
「いいのか? ありがとう。遠慮なくもらうよ」
受け取るとまだ暖かい。とたんに空腹感が押し寄せ口に運んだ。
「うまいなこれ。俺も今度買いに行ってみるよ。ありがとな」
少女は俺の少し横の地べたに腰を下ろした。
「オークがいるんでしょ?」
「もう情報が行き渡ってるんだな。あぁ、さっき偉人会があってその話をしてたんだ。けど怖がらないくていい。みんなが都を守ろうって頑張ってるから」
「……オークには勝てないと思う」
「どうかな。俺はそうは思わない」
「どうして?」
「人間は弱くない。そう信じてるんだよ、俺は」
「……ただの希望論」
少女はそう言ってパンを食べ始めた。
お互いにただ石造りの小屋と絶えず回る水車を眺めて。
「力を持ってるなら他の都市に行った方がいいよ。ナメられるけど、実力だけは認めてもらえるから」
「成り行きで流れ付いた場所だけど、ここが俺の居場所だと思う。だからここを守りたい。無謀でも、やりたいと思ったことをやりたいんだ」
「それでここで待ってるの?」
「あぁ、属性魔法を使えるようになりたくてさ。多分、実際に見たらなにか掴めると思う。今はこれしか手掛かりがなくてな。属性魔法を見せてもらうだけでいいんだが……」
この水車小屋の主人はいつ出てくるのだろう。ここに住んでいることはセンビの情報から確かなんだが。やっぱりただ張り込むってのは無茶なのか? 一週間以上出てこないなんてこともありえるのでは……。
パンをごくりと飲み込んで、黄色髪の少女は立ち上がった。
そして俺を見る。
「いいよ」
「……え? な、なにが?」
少女は歩いて行く。石造りの水車小屋の方へ。
重厚な石のドアに触れると、ロックが解除されるようにドアがゆっくりと開いた。
おいおい、まさか……。
「ここ、わたしのおうち」
パンを貪る少女、リシュルゥ。
彼女が属性魔法を操る千年京唯一の属性魔法使いだった。
「お茶、飲む?」
「あ、あぁ、もらおうかな」
入室を促され、俺は戸惑いを隠せない中敷居を跨ぐ。
石造りの水舎小屋の中は西洋風のリビングに近い仕上がりだった。壁際には分厚い本が山のように積み上がっている。魔法使いの家と呼ぶには質素だな。よくわからない鉱石とか怪しげなアイテムがいくつか転がってはいるが。
「はいお茶」
「あ、ありがとうリシュルゥ」
緑茶だ。西洋風のリビングでパンが並んで緑茶とは。
あたらめて少女を見る。魔法使い、という雰囲気はない。どこにでもいるような可愛らしい女の子だ。センビが言うには気難しい人物とのことだが、話が違うな。
「失礼だと思うけど、センビがさ、気難しいやつだって言ってたんだ」
「センビ様にはお世話になってるけど、あんまりセンビ様と話したくない」
「ええと、単純にセンビのことが苦手ってことか?」
「……だってお酒臭いんだもん」
センビに対してのみ気難しいということだったらしい。
いつも酒の匂いぷんぷんだもんな。お酒を飲まない年齢の子には嫌な匂いと感じるのだろう。それでセンビのことを避けていたと。
謎が一つ解けたところで出されたお茶を一口含み、茶葉の香りを楽しむ。
さてここから本題だ。
「さっきも言ったように、魔法について教えて欲しいんだ。属性魔法について教えてもらえると助かるんだけど」
「魔法は何年?」
「年? いやぁ、こんなこと言ったら失礼だろうけど、い」
「一年?」
「一週間です……」
リシュルゥはジトっとした目で俺を見てる。
なんだか就職活動を思い出してしまった。これは、落ちたか?
「わたしは五年。属性魔法は三年目に一つできるようになった」
リシュルゥは腰に手を当てほっぺをぷっくりしている。
相当心象が悪かったようだ。だが、事実なんだからしかたない。
「魔法というのは正統な学問。座学と実験、知識と経験を積み重ねることによって進歩する」
むくれ顔のまま講義を始めた。俺は黙って受講する他ない。
「属性魔法は最たるもの。魔法の基礎の基礎から始めなくちゃダメ。生活魔法を覚えて調子に乗ってる子供は話にならない」
「その通りだと、思います……」
「この都に魔法を教えて欲しいと言う人は今までいなかった。だから、特別に教えてあげる」
「はい、ありがとうございます……」
「じゃあまずは魔法のレベルを見るから、なにかやって」
「え、ここで?」
「やって」
有無を言わせぬ圧力を小さな少女から感じた。
やるしかないか。でも、どうするか。この部屋でできる魔法なんて。回復魔法はなにも怪我してないから証明できないしな。となると、転移魔法しか。
「なぁ、あの紫っぽい塊はなんなんだ?」
作業スペースらしき場所に転がる物体が目に付いた。
「あれは魔力回路の素材」
「魔力回路って、街灯とか湯沸かし器を動かしてるっていう?」
「そう。魔導力機はすべてあれでできてる」
「手に取って見てもいいか」
「いいけど、どうして今見る必要があるの? ……!!」
到底手の届かない距離にある紫の塊を、俺の手のひらに転移させた。
「俺ができる魔法はこの転移魔法くらいで、あとは回復魔法とか、そのくらいしかできないんだ。だから属性魔法を覚えてレパートリーを増やしたい……ってリシュルゥ!? ど、どうしたんだよ!」
リシュルゥが急に俺の視界から消えたと思ったら、床にいた。
まるで三つ指をつくような低姿勢で。その目はキラキラしている。
上目遣いで、小さな魔法使いは言った。
「せんせぇ、転移魔法、教えてください」
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