第6話 千年京の危機(2)

「これは大変なことになるね」


 ビッグマムとその息子リトルフランクは険しい表情。

 無理もない。オークの軍勢が隣接した西の森にやってくるんだ。俺が想像しているような姿なら普通の人間が立ち向かうのは難しいだろう。

 俺はビッグマムに質問する。


「千年京には軍隊がないってセンビから聞いたんですが……」

「そうさ。千年京に軍隊や騎士団はいない。勇者軍のやつらも人間種の住む都なんて気にしちゃくれないよ。あたしら人間種は力が弱くて魔力も少ないから劣等種って呼ばれている」

「じゃあ、戦えるのは俺とセンビと……」


 木こりのような格好のリトルフランク君が顔を上げて言う。


「父ちゃんだ。父ちゃんは千年京でセンビ様の次に強いんだ。でも、父ちゃんは商隊の護衛で出掛けてて、半月は帰ってこないんだよぉ〜」


 この千年京はセンビが主力だったらしい。次にビッグマムの旦那さん。その旦那さんは商隊の護衛で遠くに行っていてしばらく帰ってこない。かなりまずい状況だな。

 

 この世界は元々魔王軍に侵略されていて、主要な国家はすべて滅ぼされた後だという。それから勇者召喚を始めて、どうにか残された都市を防衛している。そんな厳しい状況に置かれた世界。この一週間呑気に狩りをしてスローライフのような生活を送っていた。この世界は戦争に満ちた世界だと俺は忘れていたんだ。


「俺とセンビはもちろん協力しますが、対応はどうするんですか?」

「そうだね。一商会で決められる範疇を超えてるよ。だから……緊急偉人会招集さ」


 緊急偉人会というものが始まるらしい。

 俺はビッグマムにセンビを連れてこいと頼まれた。家に戻り玄関を開けると、そこには酒瓶を抱え豪快な寝相でいびきを立てるセンビの姿が。


「こいつ……こんな時に……」


 足を布団の外に放り出し、寝巻きの着物はめくれ素肌があらわになっていても、俺には呆れという感情しか生まれなかった。まったく、外見は美少女そのものなのにどうしてこうも残念なのか。


「センビ! 起きろセンビ! 偉人会が開かれるってよ! センビ!」

「うぅむ……にんじん会? おいしそうじゃの……」


 むくりと顔を上げたが、寝ぼけているようでそれだけ言ってぐうすか寝始めた。

 何度ゆすっても起きる気配はない。困ったな。


「はぁ、魔法をこういうことに使いたくなかったが……」


 急を要する状況だ。センビを起こし偉人会とやらに連れて行かなくてはいけない。

 俺は魔力を練り上げる。自分の傷を治した時のあの感覚をもう一度呼び覚まして魔力を変質させる。じわじわと緑色に輝き始める。そして魔力を展開して眠っているセンビに纏わせた。


「回復魔法……じゃなく、状態回復魔法」


 組織、細胞を活性化させて治すのではなく、体内にある物質を取り除く感じで。

 アルコールを取り除き体に活動を正常に戻す。

 緑色の魔力が一際輝いて弾けた。これで成功……のはず!

 体内からアルコールが抜けて平常になった、と思う。あとは起こすだけだ。


「センビ! 起きろ!」

「んん、な……なんじゃあ? そんなに騒ぎおって……」


 呼びかけると眉をしかめながらむくりと起き上がって眠そうに目を擦る。

 大きく伸びをして衣服を正した。


「まだ昼にもなっとらんじゃろ。わっちが恋しかったのか?」

「緊急事態なんだよ、この千年京が」

「緊急事態?」

「あぁ、西の森にオークの群れがやってくる」

「な、なんじゃと!? それは確かか?」

「緊急偉人会が開かれるってさ。だから起こしにきたんだ」

「偉人会とは久しいのぅ。よし、向かうとするか!」


 飛び起きたセンビと一緒にビッグマム商会へ向かった。

 偉人会の会場はビッグマム商会の二階にある商談室らしい。

 

「昨日ぶりじゃのビッグマム」

「お休みのところ悪いね。緊急事態だと判断したからあたしの一存で偉人会を招集させてもらったよ。仙狐様は奥の席に上がっておくれ」

「うむ」


 センビは奥の一段上がった席に着席した。会場となっている商談室はかなりの広さで数十席ほど設けられていて、すでに席がほとんど埋まっている。


「じゃあ俺は終わるまで店の方で待ってますね」


 頭を下げて立ち去ろうとするとガシッと首根っこを掴まれた。

 

「何言ってんだい。ナナセも参加するんだよ」

「え、新参者の俺もですか?」

「千年京にあとからきたも先にいたもないよ。ほら、うちの馬鹿息子の隣の席だ」

「は、はぁ……」


 偉人会というから偉い人だけの会議だと思っていたが違うようだ。

 おそるおそる重苦しい空気の漂う部屋の中へ入り、俺の席へと向かう。

 隣の席に座るビッグマムの息子、リトルフランク君はブルブル震えている。


「リトルフランク君、でいいんだよな?」

「うん……ボクは十六歳、お兄さんは?」

「アカイナナセ。ナナセでいいよ。俺は二十二歳。最近千年京にきたんだ」

「ナナセ兄さん……ボクたちどうなっちゃうんだろう」

「千年京でこれまで襲撃を受けたりとかなかったのか?」

「うん。ボクが知る限りでは初めて。勇者軍の人たちが食べ物を持っていっちゃったりとかは何度かあるけど……」

「そうか……」


 魔王軍の侵略を受けている世界とはいえ、千年京の近辺までは魔王軍の魔の手は伸びていない。それでも、勇者軍が敗北すれば魔王軍は進軍してくるだろう。


「全員揃ったね。これから緊急偉人会を始めさせてもらうよ」


 ビッグマムが偉人会の開始を宣言する。議題を知っている俺でも緊張してきた。

 すかさず、日に焼けた中年の男性が手を挙げる。その腕は見事に鍛え上げられていて逞しい力こぶがある。


「なんだい、モーゼフ親方」

「ビッグマムさんよぉ、俺みたいな金物屋まで召集されるなんてどんな了見だ? こんな大所帯の偉人会なんていつもと違うんでねぇか?」

「これはいつもの取り決めなんかを議論する偉人会とは違うのさ。だからなるべく多くの顔役を集めさせてもらったよ」

「こっちは大事な仕事を中断してきてんだぜ?」

「それはあんただけじゃないよ!」

 

 早くもヒートアップする二人。センビが手を鳴らして遮った。


「落ち着かんか。わっちとて忙しい中足を運んだんじゃ。まずはゆっくり緊急偉人会が開かれた理由とやらを聞こうではないか」


 お前めちゃくちゃ寝てただろう。


「仙狐様にそう言われちゃ引っ込むしかねぇ」


 喧嘩腰だったモーゼフ親方は椅子に座り直した。

 センビは結構敬われているようだな。


「話が逸れたけど始めさせてもらうよ。今回は……千年京の危機について、話し合わなきゃいけない」


 危機という言葉を聞いて、まだ事情を知らない観衆は怪訝な顔をする。

 隣のリトルフランク君は手をぎゅっと握りしめて、ぷるぷると震えていた。


「西の森でオークが発見されたんだ」

「おいおい、オークなんて何年か前にも西の森に出たろ? そんときは確か、一ヶ月かそこらでいなくなったって話じゃねぇか」

「今回は違うのさ。なんでも、オークが木を切ってるって話さ」

「オークが木を!? そいつは……おいおい……」


 モーゼフ親方は途端に青ざめた顔になる。

 部屋中がざわざわと怯え始めた。オークの生態についてはそれほど有名らしい。


「オークが西の森に縄張りを作ろうとしている。確認はまだだけど、可能性はかなり高いはずだよ。その対応について、今日は話し合うとしようか」


 みな一様に黙り込んでいる。

 ここにいるのはセンビを除けば全員人間種だ。人間種は最も弱い種族。それは勇者軍にいた俺はよくわかっている。俺以外の勇者は体躯も強靭で、桁外れの体力をしていた。

 センビは奥の席で腕を組んで口を結んでいる。発言する気はないようだ。

 モーゼフ親方が口火を切る。


「話し合うったって、どうもできないだろ。男衆が総出で戦いに出たってたかがしれてる。ろくに魔法も使えないってのに」

「他に、意見がある人はいるかい?」


 誰も口を開けない。モーゼフ親方と同じ思いでいる。ただ祈ることしかできないのだと、そう思っている。ただ淘汰されるのを待つしかないと。


 うつむき、誰もが諦めていた。長い沈黙の中、俺は考える。

 このままでいいのか? できることはあるはず。何もせず滅びを待つなんておかしい。オークが縄張りを作ったなら、いずれ必ず千年京までやってくるだろう。西の森には食料が少ないんだ。背の高い木ばかりで、日光が遮られ他の植物が育たない。他の植物が育たなければ動物も集まらないから。


 戦うしかない。剣や魔法で立ち向かうことだけが戦いじゃないんだ。

 諦めちゃだめだ。考えることをやめちゃいけない。まずは、どうするかを考えるんだ。


「あの……」


 気づくと、俺は手を上げていた。

 部屋中の全員の視線が俺に集まる。思わず息を飲む。


「なんだい、ナナセ」


 ビッグマムは俺に優しく問いかけた。

 これから俺がなにを言おうとしているかわかっているのだろう。期待をしている優しい目だった。

 

 こんなにも注目されて発言するのは初めてだ。足がすくむ。

 けど、意を決して立ち上がった。


「……まずは確認するべきです。オークがどこに縄張りを作ろうとしているのか。一体どこに木材を運んでいるのか。オークの数はどのくらいいるのか。……それを、確認するべきです」

「……おい坊主!」


 立ち上がって声を荒げたのは強面のモーゼフ親方だ。


「バカ言ってんじゃねぇ。新参者の若造が何もわかってねぇくせに!」

「……なにも、わかってないから言ってるんだ」

「なんだと?」

「なにもわかってないから、なにかしなくちゃいけないんだ。俺たちは、何もできないわけじゃない」

「……!」


 モーゼフ親方は驚いたように目を見開いたあと、少し考えてから座った。


「ナナセのような若造がこの千年京におるみんなのことを考え、示そうとした。わっちらもそうすべきとは思わんか?」


 センビはちらっと俺を見て、よく言ったとばかりにウインクした。

 センビが先に提案すれば済む話だったんだが……。あえて俺に言わせようとしてたなこいつ。


「ビッグマム商会は全面的に協力するよ。オークなんかにあたしの商会を潰されたくないからねぇ」

「ぼ、ボクも頑張るよ! ナナセ兄さん!」


 隣にいるリトルフランク君はキラキラした目で俺を見上げている。

 なんか変に尊敬されてる気がするな……。


「ワシらの商会も協力しようかの。一か八か、馬を走らせて他の都市に援軍を要請してみるとするかね」

「俺んとこの組はドカタ仕事しか出来ねぇけど、人手が必要なら言ってくれ!」


 重苦しい空気は消え去りみな立ち向かおうとしている。

 これならきっと大丈夫だ。この千年京はまだ戦える。


「俺とセンビが偵察に行ってきます。皆さんはいずれ戦いになるという前提で行動してください。必ず、情報を持ち帰ってきます」 

「みんな聞いたね。みんなで千年京を守るんだよ」


 始まるんだ。この異世界にきて、最初の戦いが。



 



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