第5話 千年京の危機(1)

 千年京に流れ着いて一週間が過ぎた。

 迫害された人間種が集まってできた千年京には名前通り千年に近い歴史がある。この世界は獣人や竜人など動物に近い野生的な姿の種族がほとんどの世界であり、勇者としてこの世界にやってきた俺も迫害の対象になってしまった。

 

 勇者軍に追放され殺されたかけた俺だが、運良くこの千年京に流れ付きセンビという仙狐族の女性に救われ、一週間経った現在も居候を続けてさせてもらっている。

 

「んあぁ〜もう飲めんのじゃ……」

「おいセンビとっくに朝だぞ? ずっと飲んでたのか?」


 一週間一緒に暮らしてわかったことだが、こいつは酒癖がとても悪い。

 この一週間でセンビが酒瓶を空にしなかった日はない。

 二人で狩りをしてそれをビッグマム商会に買い取ってもらう。分け前は半分。俺は今後のことを考え生活用品以外の出費は控えて蓄えを作っているが、センビはその日の稼ぎは全額酒に使う。センビは長い時を生きているからか、自由奔放でその場主義の性格だ。


「う、むにゃむにゃ」

「完全に酔い潰れてる。今日は山を越えた先にある漁港都市ってところまで行って転移ポイントを作ろうと思ってたんだけどな。……さすがに一人で遠出は控えるか」


 漁港都市というのは東南ある都市で、それなりに距離があるらしい。その名の通り海産物が豊かな都市だ。この千年京にも多少の商品が運ばれてくるようだが、ほとんどが日持ちする干物だという。センビは刺身で一杯やりたいんだがのぅなどとおっしゃっていたが、しばらくは叶いそうにない。


 空になった酒瓶を赤子を抱くように大事に抱き寄せ、ぐうぐうと無防備に寝ている。俺は家主に呆れながら掛け布団をそっと掛けて家を出た。


 緑豊かな澄んだ空気。水車が回る千年京の空は快晴である。絶好の冒険日和だったがしかたない。大通りまで行き、千年京で最も立派な建物に入る。


「今日は一人だね。いらっしゃい」


 縦にも横にも巨大なシルエットのご婦人が営む商会、ビッグマム商会だ。ここ一週間はビッグマム商会の世話になりっぱなしだ。


「おはようございますビッグマム。訳あって一人なので、狩り以外の仕事をしようと思って。俺にできるような仕事があればお手伝いさせてもらえませんか?」

「そりゃ嬉しい申し出だよ。仕事ならわんさかある。けど、ナナセにやらせるには小さすぎる仕事ばっかりさ」

「配達でも掃除でも、給金さえ頂ければ大体のことはやりますよ」

「あんたねぇ、オオイノシシを倒す力があって転移魔法まで使える大魔法使いに雑用をさせる馬鹿がどこにいるんだい?」

「いえ、俺は大魔法使いって訳じゃ」

「他の種族なら大魔法使いは珍しくないかもしれないけどね、人間種しかいないこの千年京には大魔法使いはおろか、魔法使いもめったにいないのさ」


 大魔法使いと魔法使いの定義がよくわからないが、人間種は他の種族より魔力の扱いが上手くないようだ。まがりなりにも勇者としてこの世界に来た俺は魔法の適性が高いのだろう。


「けど、農家の方とかが魔法で水を浮かせて撒いたりしてるのを見かけたんですが」

「ありゃ生活魔法だよ。その程度はみんなできるんだよ。あたしだってね。魔法使いってのは、学者みたいなものさ。生活魔法は魔力の上辺を知ったくらいでできるようになる」

「そうなんですね……」


 生活魔法というカテゴリーがあったのか。センビがかまどに火を付ける時に使っていた小さな揺らぐような炎は生活魔法と呼ばれるものらしい。

 俺も気づかない内に生活魔法をいくつか習得していたが、やけに扱いやすく感じていた。魔力を深く理解していなくても行使できる生活魔法だったからなのか。


「けどそうだねぇ、何を頼もうかね」

「か、かぁちゃーん! 大変だよー!」


 店の入り口からドタドタと響く足音。

 何事かと振り返ると横幅はとんでもなくぽよぽよしているが背丈が俺の半分程度のアンバランスな体格の男が脂肪を揺らしながら走ってくる。

 

「かぁちゃん……ぜぇぜぇ……」

「なんだい情けないね。お客様の前で。あぁ、この子はあたしの息子。リトルフランクって呼んでやっておくれよ」


 ビッグマムにリトルフランク。ビジュアルが強い親子だな……。

 菱形に近い特徴的な体格の彼は、額に大粒の汗を浮かべながら呼吸を荒げている。


「この子には林業を任せてるんだ。主に西の森での事業をね」

「その西の森! 西の森が大変なんだよかぁちゃん!」

「なにが大変なのかさっさと言いな!」


 ビッグマムの息子リトルフランクは呼吸を整えてから言った。


「職人さんが西の森の奥でオークを見たって!」


 真剣な顔で訴える彼をよそに、ビッグマムは眉一つ動かさない。


「オークなんて数年に一度くらいは西の森に迷い込んでくるよ。けど西の森は背の高い樹木ばっかりで他の植物は育たないから食料となる物がなくて結局帰って行くのさ。父ちゃんが商隊護衛で不在だからって怖がりすぎだよ」


 オークか。ファンタジーでは鉄板の種族だ。

 勇者軍では豚の顔をした種族も見かけたが、あれはまた別なんだろうか。

 オークは人ではなく、人型の魔物って感じなのかな?


「それなら走ってここまでこないよぉ!」

「ならなんだって言うんだい」

「森の奥の木が切り倒されてるんだって! それが何十本も!」

「それは……」


 ビッグマムは急に神妙な顔になった。

 オークが現れて、木が切り倒されている。オークが現れたことと木が切り倒されていたこと。安直に結び付けてしまえば、オークが木を切り倒したということになってしまうが、問題は理由だろう。


「うーん、家を作ってるとか?」


 オークの知能がどのくらいかわからないが、木を切り倒すくらいの知能があるということは、木をなにかしらに利用する知能があるから木を切り倒したということになるんじゃないか?

 ビッグマムは俺を見てうなずく。


「その通り。やつらは住処を作ってる」

「やつら? 複数いるのは確定ってことですか?」

「オークの習性さ。オークには二種類の生き方がある。一つは群れの中で生きること。オークの群れは一度居住地と決めた縄張りからは動かない。大抵は人目に付かないような僻地に縄張りを作るんだよ」

「じゃあ二つ目は?」

「群れのボス争いに負けて群れを追い出されて放浪する生き方さ。人里付近に迷い込むオークはすべてこっちの種類なのさ」


 オークは群れを主体とする生き物のようだ。

 縄張りは人目に付かないような場所に作りひっそり暮らしている。

 

「なら、群れを追い出されたオークが西の森に自分の縄張りを作ろうとしてるんじゃないんですか?」

「有名な話だよ。オークは一人で縄張りを作らない。作れないんだ。オークはそれぞれ役割を持っていて、食料を集める役割とか、縄張りを守る役割とかがある。ボス争いをするのは縄張りを守る役割のオークだけらしい」

「ということは……戦う以外の技能がない、ってことですか?」

「あぁその通りさ」


 蟻や蜂のように、個体ごとに役割が決まっていて、だから戦う役割のオークは家を作るような器用なことはできないと。


「となると、木を切っているのは建築する役割を持ったオーク。建築ができるオークは群れの中にいる……西の森にはオークの群れがいる……」

「少し違うね。西の森にオークはいなかった。けど、建築する技能を持つオークたちがやってきた」

「……西の森が、新しい縄張りになる」


 おそらく、西の森に今いるオークは先発隊。なんらかの理由があって縄張りを移すことになった。だからこれから……。


「オークの群れがやってきちゃうよぉ〜!」


 職人さんが見たと言うオークはあくまで建築専門のオーク。

 そのオークが作った新たな縄張りにこれから大挙してやってくるんだ。

 戦う役割のオークと、それを率いるオークキングが。






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