第4話 追放→超覚醒(3)
目の前には体長五メートルはありそうなオオイノシシの死体。
体重は何キロあることやら。俺もセンビもナイフの類は持ち合わせていない。
死体の前で二人、呆然と立ち尽くす。
「こんな大きな獲物はわっちも初めてじゃからなぁ……」
てへへと恥じらっているが、状況は変わらない。
「俺も自分の力を試すことに夢中になってなにも考えてなかった。……俺たちの取り分は減るけど、都に戻って人を呼んでくるしかないか」
「それしかないようじゃのう。商会の連中ならば手を貸してくれるはずじゃ。あそこは力のある男衆も多いからな」
「これだけ巨大だと他の魔物に食われるってこともない、か?」
「この地域にオオイノシシより大きな魔物はおらん。せいぜい鳥についばまれるくらいじゃろう」
これは反省だ。よく考えずに行動してしまった。無傷で倒せたからまだいいものの、これで痛手を負っていたなら大馬鹿だった。魔力というのは扱い方が大事なんだ。頭を冷静に保って、それでいて自由な発想で……。
「運ぶ……持っていく……力じゃなく、別の方法で都まで……都まで?」
「なんじゃ? なにをブツブツいっておるんじゃ?」
「そうだ。俺だってそうやってこの世界に来たんだ。あれは大規模でいろんな前提条件が必要だろうから再現できない。けど、同じ次元なら!」
魔力を俺の周囲に広げ、イメージする。
センビの家の前。流れる川と回る水車。あの場所を強く願う。
「な、ナナセ!? いったいなにをや……」
そこでセンビの声が途切れた。地面が揺れた気がしたが、揺れたのは俺の方だった。ガクンと衝撃がきて、顔を上げると見たことのある景色に変わっている。
「ここは……センビの家の前! 千年京に戻ってきた! 転移魔法!」
思わず一人でガッツポーズをしてしまった。
転移魔法……ゲームや小説ではよくある魔法だが、これはすごい。もはや転移魔法なしでは生きていけないレベル。緊急離脱に使えて、目的地への時間短縮に使えて、物を運ぶことだってできる。
「感動してる場合じゃない。センビが一人で待ってるんだ。商会に行こう!」
走って都の中心部へ向かう。道ゆく人に聞くと商会の場所はすぐにわかった。
見たところ、一番大きな店だな。なんでも扱っているようだ。
「見ない顔だねぇ。ウチの商会に入り用かい」
振り向くと壁があった。いや、肉壁……それも違う。これは、腹だ。
見上げると俺よりも頭二つ分高い位置に女性の顔があった。
「ここはビッグマム商会。あたしがビッグマムだよ。どうだい、覚えやすい名前だろう?」
「え、えぇ、そうですね……」
こんなに背が高くて太い人間がこの世にいるのか……。
テレビの中でしか見たことがないようなワールドワイド感。相手は女性である、馬鹿正直に感想を述べるわけにはいかないだろう。
「初めまして。俺、センビの所で世話になってるナナセって者ですが、魔物の買い取りをお願いできないかと」
「仙狐様のお客人かい、坊や一人で来たってことは運搬から解体までってことだね。料金は差し引かせてもらうよ」
「いえ、運搬は必要ないです。持ってくるので。それで、搬入する場所はどこがいいでしょうか? 結構な大きさなんですが」
「それならついといで。裏に作業場があるのさ」
大きな店の裏手には広い倉庫があった。俺の身長の数倍高い棚が長々と続いており見たことのないアイテムが並んでいる。生鮮品の処理を行うエリアがあり、エプロン姿の職員が大きな包丁片手に作業をしていた。
「ここで解体やら処理をしてるんだよ。それで何時頃に搬入するんだい?」
「今です」
広大な倉庫内でも存在感のあるふくよかな巨体のビッグマムさんは怪訝な顔で俺を見下ろす。説明するよりも実際に見せた方が早いだろうと思い、魔力を展開した。
思い浮かべるのは先ほどまでいた平原。転移魔法を発動させる。一瞬のうちに視界が変わり目の前にはオオイノシシの死体、そして途方に暮れている様子のセンビ。
「どこに行っとったんじゃ! 心配したんじゃぞ!」
俺に気づいたセンビは怒り顔で詰め寄ってきた。
「悪い悪い。転移魔法って出来るかなぁって試してみたらいけたんだ」
「まったく、思い付きで転移魔法を習得するとは呆れたやつじゃな。転移魔法なんぞ文献では伝えられておるが、実際にできる者は見た事がないくらいじゃ」
「俺は転移してこの世界に来たから、なんとなく感覚がわかったというか。それよりビッグマム商会と話をつけてきたからこの死体と一緒に転移魔法で戻ろう」
「話までつけてきたのか。段取りがいいのう。転移魔法はわっちもいけるのか?」
「多分、いけると思う。じっとしていてくれ」
魔力を広げる。オオイノシシの死体とセンビを包み込むように。
魔力が行き渡ったところで転移魔法を発動する。
一瞬の浮遊感。今回は対象が複数で範囲が広いためぐにゃりと空間が歪み、段階的に少しづつ景色が変わっていく。ビッグマム商会の倉庫内に転移した。
ビッグマムはたぷたぷした肉の三重顎をあんぐり開けて驚いている。
「ぼ、坊や、転移魔法かい!?」
「えぇ、このオオイノシシをお願いします」
「坊やが大魔法使いとはねぇ、商売で目利きは鍛えてきたつもりだけど、とてもそうは見えなかったよ」
「大魔法使いってほどじゃないですよ。まだまだ半人前です」
「千年京には転移魔法の使い手なんていないよ。坊や名前はなんて言ったけか」
「俺はナナセです、ビッグマムさん」
「そうさね、ナナセ。坊やにいずれ頼み事をする時が来るだろう。給金は見合った額にするから懇意にしておくれよ」
「えぇ、ぜひ。いつでも呼んでください。今は居候の身分なので仕事があれば駆けつけますよ、ビッグマム」
ビッグマムが声をかけると作業員が集まってきた。かなりの大きさだがどのくらいの金額で買い取ってもらえるのだろう? といっても、俺はこの世界の通貨も物価もわからない。これから色々勉強する必要があるな。
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