第3話 追放→超覚醒(2)

 異世界に連れてこられて二週間。この二週間はわずか二十二年の俺の浅い人生の中でも、一番濃密で一番波乱に満ちたものだった。


 人間は劣等種と呼ばれ、勇者ガチャ大ハズレ扱い。召喚された世界は魔族による侵略を受けていて、国家のほとんどが滅亡しているという。小さな村々、君主のいない都、それを守るために異界から勇者の適正を持った者を召喚している。俺はその一人で、だけど勇者の力なんて使えなかった。


「なんじゃ、傷も治ったというのに浮かない顔をして?」

「落ち着いたら色々考えちゃってさ」


 土手にできた草の絨毯の上で川の流れを見ていた。

 隣に座るセンビの薄水色の髪が風に揺られている。

 言葉遣いは年寄りだが、見た目は可愛らしい女性そのもの。

 ふと隣から覗き込むように顔を寄せられると、ドキッとしてしまうのは内緒にしておこう。


「ナナセがおった世界とは随分と違うじゃろうが、ここも悪い世界ではないぞ。都の外は魔物が徘徊しておってちと危険じゃが、この千年京は奥まった場所にあるゆえ、魔王軍が攻めてくることはない。……今のところは、だがの」

「こんなのどかな場所にも、魔王軍が攻めてくるかもしれないってことか?」

「勇者軍は強い。ここ十年くらいは押して押されてという状態じゃ」


 俺以外の勇者はみんな屈強な肉体をしていた。俺と同じタイミングで召喚されたやつらも、元々戦士だったんじゃないかって体格だった。魔力なし状態だった頃の俺と比べたら十倍以上の戦闘力があっても不思議じゃない。


「勇者軍には……戻らない。というか、戻る場所もないだろうし、あんなやつらと共に戦うなんてごめんだ」

「わっちもあやつらは好かん。しかし、ナナセは戦士に向いてると思うぞ?」

「そうかぁ? 武器なんてこっちに来てから初めて持ったくらいなのに。見てくれよ、厳しい訓練でマメだらけになったこの手を……って治ってる?」

「高速治癒はその魔法一つで一財築けるほど習得が難しい魔法じゃ。才能ある魔法使いでも習得まで何年かかることやら」


 とりあえずで試した治癒魔法だったが、相当難しい魔法だったらしい。

 体に魔力が流れている今ならわかる。魔力の可能性は無限大だ。試したいことが山ほどあるが、それはおいおい。


「とりあえずは、この無色の魔力を凝縮して拳に纏わすとか、剣に纏わせる感じでいいんだよな? 勇者軍のやつらはそうやってたんだが」

「そうじゃな。魔力そのものを集めるだけでも大きな力になる。いきなり高速治癒を習得したが、基本は大事じゃぞ?」

「しばらくは治癒魔法頼りでやっていくか」

「それならば、都の外に出て魔物を狩るというのはどうじゃ? いい練習相手になるし、肉が取れるからな! 肉は貴重じゃから金も稼げるしのう」


 魔物狩りか。ようやく異世界らしくなってきた。

 実のところ、訓練ばかりで魔物なんて見たこともない。野生の獣より凶暴な感じの生き物みたいだが、よくわからない。考えたらウズウズしてきた。魔力を完璧に操れるようにならなきゃな。






 


 千年京は意外と広い。いろんな区画があるみたいだ。

 見かけたら市民は全員人間種か、人間種に近い容姿の人たち。

 農民がほとんどで、あとは大工さんが多かった。商店もいくつかあったし、あちこちで大工さんが工事をしていた。雰囲気は明るい。意外と活気のある都らしい。


「千年京には軍隊がないんじゃ。自警団もおらん。役所っぽいところはあるがの。あとは広場があっての、そこに集まって各々が裁判をやったりしとる」

「へぇー、君主がいなくて無政府状態でも上手く回ってるんだな」

「酒が輸入頼みなのが難点じゃな。どの家も酒を造る余裕がないんじゃ、肝心な米がないしのぅ」


 生活様式は近代化する前の日本とあまり変わらないみたいだ。

 都の外には森が広がっていた。気配は特に感じない。


「このあたりはまだ安全じゃ。都の民草もこの森まではよく狩りや採取に来ておるな。この森を抜けた先には魔物がおる。そこまで行くとしよう」


 どこか遠足気分でるんるんと歩くセンビの後を追う。

 目的地へ向かう道中、俺は歩きながら魔力操作を練習していた。

 魔力を拳に集め、形を維持する。徐々に魔力を増やして出力を高める。


「ほう、上手いもんじゃな。さっきまで魔力なしだったとは思えん上達ぶりだ」

「他の勇者の練習風景を見てたからな。魔力さえ使えるようになったら、あとは簡単みたいだ」

「……簡単ではないんだがのぅ」


 自由自在に操れるようになってくると楽しい。どんどん複雑な操作ができるようになっていると実感できる。もっと強力に、もっと速く、もっと小さな消費で。

 夢中になっていると目的地に辿り着いたらしい。

 センビは爪先立ちで遠くをキョロキョロ見回している。


「おっ! じゃ、じゃがあれはちと厳しいな……」

「一体なんなんだ?」

「あの遠くに見える丸っこい岩のようなもの、あれはオオイノシシじゃな。近くでみたらわっちらの三倍は大きい体をしておる。一端の戦士が十人かけて戦う相手じゃが……」

「やってみよう」

「恐れもせんとは、無謀なのか肝が据わっておるのか」

「大丈夫、戦える気がするんだ。体内の魔力の循環を速めて、練り上げる。それを瞬間的に増大させれば、何倍も力の強い相手とも戦える。そうだろ?」

「そこまで理解しているならば実践あるのみ、じゃな!」


 センビはしゃがんで小石を一つ拾い上げる。そして大きく振りかぶった。

 なるほど、魔力で投擲も強化できるのか。

 放たれた小石は大きく弧を描きながら飛んでいく。


「あ、当たった……」

「どうじゃ、わっちの遠投は」

「すごいけど、おい、ものすごいスピードで突進してくるぞ!」


 小石をぶつけられ怒ったオオイノシシはこちらを見つけ、大型トラックばりの迫力で一直線に向かってくる! 魔力に意識を向けて、備える。


「あやつの突進は相当な衝撃じゃぞ。わっち一人では受け止められん」

「……二人なら?」

 

 俺を見て、ニンマリ笑う。


「やるぞ! ナナセ!」

「あぁ! 来るぞ! センビ!」


 大地を揺らしながらそいつは向かってくる。昨日までの俺なら、逃げる以外の選択はできなかった。けど、今は違う。魔力を操れる。そして、隣にセンビがいる。


 腰を落とし魔力を巡らせる。下半身に魔力の大部分を割り当て、タイミングを見計らって……。


 二本の牙が俺たちを襲う。牙を抱えて踏ん張った。

 一瞬意識が飛ぶような衝撃。だが、耐えられる!

 押し流され、足裏が地面を削る。まだ、まだだ! うぉおおおおお!


「ナナセ! 今じゃ!」


 突進力が一瞬弱まった。ここがチャンス!

 魔力を全開放し、地面を強く蹴る! すべての力を込めて!

 前輪だけブレーキをかけた自転車のように! 喰らえ! 背負い投げ!

 

「一本!!」


  オオイノシシを宙に浮かせ、勢いのまま地面に叩きつけた。オオイノシシはぴくりとも動かない。土煙が舞う中、俺とセンビは勝利を確信する。

 

「やったのぅ! 見事じゃった!」

「センビこそ、完璧だった!」

「大物じゃな。これは相当な金になるなぁ」


 センビはウハウハの表情だが……。


「なぁセンビ」

「なんじゃ? せっかくの大捕物というのに困った顔じゃの?」

「いや、さぁ、これ……どうやって持って帰るんだ?」

「あっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る