第2話 追放→超覚醒(1)
極度の疲労感と共に目が覚めた。おぼろげな記憶がちらつく。
重力がなくて、手を伸ばしてもどこにも届かなくて、苦しかったような?
急に意識がはっきりとしてくる。……そうだ! 俺はオーラン隊長に!
「いてて……なんだこれ……なにがどうなってるんだ? 崖から落とされて、水面に打ち付けられて、それで、激流にのまれて……」
荒れ狂う水流の中で、必死にもがいたことだけ覚えている。それで気を失って、でも俺は生きてる。重たい体をたっぷり数秒かけて起こす。
「手が痛む。けど、包帯が巻かれてる。だれかが助けてくれたんだな……。ここはどこなんだ? いや、この世界の地理なんてまるでわからないから無意味な話か」
体を確かめると節々に手当ての跡。薬品の匂いだ。鼻につくような、独特の。
少しだけ落ち着いてあたりを見回した。
パチパチと音が響いていた。じんわりと温まる炎が小さく燃えている。
「囲炉裏、だな。日本の時代劇で見るような感じ、というかまんま。家の間取りも日本風の建築だし、こういう文化もまざってるのか? ……体が痛い」
立ち上がろうと試みたが、よろけて失敗。まだ回復途中のようだ。
ここで安静にしているしかないのか。
「助かって嬉しいのと、助かって絶望しているのと、変な感情だ」
「なーにを言っとるんじゃっ!」
玄関口と見える引き戸が勢いよく開いて、眩しい光が飛び込む。なにかを抱えた人型のシルエット。頭の上に二つの尖り。鬼人族、じゃない。もっと丸みがあるような、シルエットだった。獣人族だろうか。
女の声だった。元気な若い? 感じの声。少し訛った年寄り言葉だったが。
「お主はまる一日も寝入っておったんじゃぞ。わっちは勘がよく気が利いて賢い女じゃからな! ちょうどそろそろ起きる頃合いだと感じ取って精のつく食べ物を集めにいっとったぞ。調子はどうじゃ?」
外の光に慣れて声の主の姿がはっきりと見えた。
人間……だ。かぎりなく人間に近い。
勇者軍の面々は獣そのものの顔だった。ライオンやら、ヘビやら、鬼やら。
彼女は違った。顔は人間そのもので、ちょこんと獣の耳だけおまけで付いている。
「その耳……本物なのか?」
「なんじゃと? 失敬な、尻尾もあるぞ」
「そういうことじゃなくてだな……」
限りなくシンプル人間に近い姿形。勇者軍では一人として見かけなかった顔面毛むくじゃらとか、鱗がびっしりとかの顔じゃない。俺と同じ肌を持っている。
「わっちは獣人族の、その中でも仙狐という長命種族じゃ。人間種とは違うんじゃがの、純血の獣人族からは腫れ物扱いじゃった。じゃからこの千年京で守り神てきなモノをやってるんじゃ」
「やっぱり人間種とか、それに近い顔だと蔑視されるのか?」
「嘆かわしいがそうじゃな。体がやわこいからの、人間種の血が混ざっている種族は。獣に近いナリをしているやつらが強く、ながらく大陸を牛耳っとったからな。……今は魔族の方が幅を利かせておるが」
いろいろあるんだな。とにかく、俺を助けてくれた。
手当てをして食べ物まで気にかけてくれている。この世界に来て初めてだった。優しさに触れたのは。俺はできる限り頭を下げた。
「まずは、ありがとう。助けてくれて」
彼女は照れくさそうにしながら言った。
「こそばいわい! いいんじゃ! 川辺に流れ着いておったのを偶然見つけたから介抱してやっただけじゃ。これも巡り合わせじゃのう。……飯じゃ! 飯を食わんと始まらんじゃろ。ちょっと横になって待っとれ、すぐこしらえてやるっ」
肩が露出した花魁のような着物を着ている彼女は袖をしばり、囲炉裏に鍋を置いて調理を始めた。
「遅くなったが自己紹介じゃ。わっちの名はセンビ」
「俺は赤井七瀬。少し世話になるよ」
「アカイナナセか、変わった響きじゃの、だが悪くない!」
極めて人間に近い容姿を持った女性、センビ。
仙狐族という長命種族らしいが、見た目は若いし可愛い。
「本当ならば米を炊いてやりたい所じゃが、備蓄米が底を付いてしまってのう」
「な! こ、米があるのか! この世界に!」
驚きすぎて飛び起きてしまった。
「なるほどな。やはりお主は召喚された異界の者だったか。人間種の勇者とは珍しいのう。わっちは見たことがないな」
「とんでもないハズレくじを引いちゃったのか、俺は」
「そうじゃのう。ま、そう落ち込むでない。人間種にとっては生きづらい世の中じゃが、楽しいことは山ほどある。楽しく生きる努力をすればよい」
「考えてもみなかったな、そんなこと」
「待っとれ、腹が膨れれば元気になる! 生き物とはそういうものじゃ!」
食材を切るナイフの音、炭が弾ける音。忙しなく響くその雑音が妙に心地よかった。この世界に来て初めて心から安心できる場所。……家に帰って来たような、そんな気分になった。
彼女がこさえてくれた料理はものすごくおいしかった。
日本人が慣れ親しんだ味。醤油らしき調味料も入れてあったし、この土地に流れ着くべくして流れ着いたのかもしれない。
料理で腹が満ちてから、事情を説明することにした。
人間種しかいない世界から来たこと。勇者の力が使えないこと、そして勇者軍から追放されてしまったこと。苦しい思い出しかなかったけど、話したら心が軽くなった。
「なるほどのう、勇者軍のやつらがお主にそんな仕打ちを。ひどいやつらじゃ! あやつらはなぁ! 毎年この千年京から大事な備蓄米を根こそぎ持っていくんじゃ!」
「勇者軍が備蓄米を? それじゃただの略奪じゃないか」
「そうじゃ! 毎年毎年な! わっちは豊穣の加護を持っとるからな、わっちが祈祷した土地で育った作物は他の数倍の実を付けるんじゃ。だからこの千年京の民草は貧民であれ、食う物には困っていなかったんじゃが……」
「それに目を付けて、略奪していくようになったのか」
ひどい話だ。いくら戦うための兵站が必要とはいえ、奪っていくなんて。
「普通の街ではそんなマネはせんのだろうが、この千年京は虐げられ他から逃れてきた人間種の血を引く者達が集ってできた都じゃ」
「人間種のことなんてどうでもいいのかアイツらは!」
俺に向けたあの目。なんの躊躇もなく崖から落とした。
人間種は人じゃないと、みんな思っていたんだ。だから、俺を……。
「料理まで作ってくれてありがとう。悪いけど、少しの間世話になってもいいかな、センビ?」
「もちろんじゃとも。この家は一人で住むにはちょいと広すぎるからの。好きなだけおってもよいぞ?」
「じゃあ、泊めてもらうよ。少しの間。……外の空気を吸いたいんだ、ちょっと肩貸して貰えないか?」
「お安いごようじゃ。わっちは華奢な女子に見えても力持ちじゃからな」
体はだいぶ痛む。落ちて着水した衝撃とか、流されている間に色々ぶつかったのだろう。一人で歩くのは少々厳しい。命があったのも奇跡だな。
センビの肩を借りながら歩いて玄関を出る。
「これが千年京じゃ」
京と呼ぶには城が足りないが、十分立派な街だった。
遠くには段々畑。川の岸辺に大きな水車がいくつもある。
「いい場所だな。傷が治ったら働き口を紹介してくれないか? あまり役には立たないだろうけど、俺魔力ないし」
この世界の住人は思った以上に魔力と共に生きている。魔力があって当たり前。使えて当たり前なんだ。勇者軍の面々は炊事にも掃除にも魔力を使っていた。どう頑張っても、俺には魔力のまの字のすら掴むことはできなかった。
「やはりナナセは魔力が使えん体質なんじゃな。川辺で見つけた時は驚いたぞ。魔力の残滓すら感じんかったから、てっきり死んでると思ったんじゃからな」
「練習したけど、練習の方法がわからないんだ。魔力って概念はなんなんだ?」
「そこにも漂っておるし、わっちの体にも流れている。生き物はみな魔力を持っているんじゃ。だがまぁ、なんじゃ、これは一つの賭けなんじゃがの……」
言葉を濁すセンビ。思わず期待してしまう俺がいた。
今まで親身に教えてもらうことすらできなかったんだ。少しでも、可能性があるなら、俺はなんだってする。勇者とか、戦うとか、そういうためじゃなく。ただ単に、できないことをできるようになりたい。
「前にのう、魔力が使えん子供を見かけての。それで調べてみたらどうやら肉体の中で魔力が循環する流れ? が止まっておったんじゃ」
「川の流れがどこかで堰き止められて、下流が干上がってたみたいな?」
「そんな感じじゃな。魔法の適性はすこぶるよいのに、肝心の魔力がないという可哀想な子供でな、少々粗治療をしてやったんじゃ」
「それで、その子供は?」
「今では一端の魔法使いになっとる。……ナナセの場合はちと違って、流れが止まっているのではなく、そもそも川が流れておらんのだろう」
その子供は魔力の流れがどこかでつっかえて、止まっていたから魔力を操れなかった。そのつかえを取り除いたから、魔力が使えるようになったのか。魔法はそれ以外にも適性というのもあるみたいだが。
「俺の場合はどうなんだ? 粗治療っていうのは効果ありそうなのか?」
「微妙なところじゃな。わっちが魔力を流し込み無理矢理循環する流れを作ってやるという方法なんじゃが、ナナセの場合は、流れを作る道すらないかもしれん。そうだったなら、体の中で魔力が好き勝手暴走して体をおかしくしてしまうかもな」
そのくらいのリスクはなんてことない。もう体はズタズタなんだ。
死ぬかどうかだったなか、奇跡を拾ったんだ。俺ならやれる。
「言っても聞かぬ男の顔じゃな。わっちはすきじゃぞ。よし! やってやろう。わっちが魔力を流し込む。それを頑張って感じ取り、流れを操るんじゃ!」
「ああ! 頼む!」
「恨みっこなしじゃからな? ゆくぞ!」
センビは俺の胸に手を当てる。魔力という感覚なのかわからないがじんわりと体中が温かくなったような。次第に心臓がバクバクと脈打ち始めた。
「まだほんの準備運動レベルじゃ。本題はここからだからな!」
「あぁ!」
なにか、異質なモノが流れ込んでくる感覚に襲われた。急激に気分が悪くなってきた……拒否反応のような。気をしっかり持て、これは魔力なんだ。魔力を受け入れるんだ。流れを、掴む……どこだ? どこで掴める?
魔力の流れを感じ取れ。そして魔力の流れを操る……。
これ、か? このエネルギーを細胞に行き渡らせるようなイメージで……。
「お? ナナセ? どうじゃ?」
随分と集中していた気がする。体に違和感がないことに気づいた。
「魔力ってこれか? センビ?」
体中からなにかが漂っている。内から湧き上がってくるというか。
不思議な気分だ。
「そうじゃそうじゃ。身に付いたようじゃな!」
「そうかこれが魔力なのか」
「だがまだまだ生まれたての状態じゃ。一朝一夕で魔法を使えるようにはならん。体も弱っておるんじゃからな。そうじゃな、半年も地道に鍛錬すれば、簡単な魔法は一つか二つ使えるようなる」
魔法か。全身を巡るこの魔力を操作して、変質させるって感じだろうか?
例えば、魔力で細胞を活性化させて回復力を高めるとか。
試してみると魔力が淡い緑色に発光し始めた。それを患部に集中させて……。
「見てくれセンビ」
「そうはしゃぐでない。鍛錬はまた今度じゃ。いかに魔法の素質があろうとも昨日の今日でできるようには……ってできとる!!」
淡い光に包まれた俺を見たセンビは大声を上げた。まじまじと見られている。
「うお、腕の怪我が治った。見てくれ、全然痛くない」
「そ、そんなばかな……確かに治っておる。これは、すごいことじゃぞ! いきなり高等魔法である高速治癒を習得するとは……」
「よかった。これで俺も対魔に特効がある勇者の力が使えるようになるかもしれない!」
俺が喜ぶ中、センビは小首を傾げ眉を寄せている。
「ナナセ、お主は湖畔に投げ込まれた石ころじゃな」
「石ころ?」
「一つの小石は波を起こし、湖すべてに影響を及ぼす。ナナセは百年に一人、いや千年に一人の素質を持っておる」
「そんな大袈裟な……」
「その力、よく考えて使うんじゃな」
「俺の、力。今はまだよくわからないけど、センビ」
「なんじゃ?」
怪我が治り元気になった体でしっかりと立ち、センビと向かい合う。
流されてここまで来たけど、後悔はない。
憎しみはある。俺を捨てたあいつらに、怒りの感情は消えない。
だが、俺は今ここにいる。
「俺の人生に、しばらく付き合ってくれるか?」
仙狐族という人間によく似た女性。無償で俺を匿ってくれた。こうして一人で立つ力もくれたんだ。彼女となら、俺は力の使い方を間違えない。そんな気がする。
なんの根拠もないけれど。
センビはきょとんとしたあと、ニンマリ笑った。
「これから面白くなりそうじゃな!」
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