勇者軍追放→1日で超覚醒

白村指揮官

第1話 転移→追放

 俺はそこそこ受験を頑張った方の大学生だった。

 人に聞けば五人に一人は知っていると答える知名度の企業に内定をもらっている。単位だって全部とったし、つい最近だが卒論も書き終えた。

 平均か平均以上かで言えば、平均以上に半歩だけ踏み出したくらいの人生設計を順調にクリアしていたはずだったのだが……。


「劣等人間種! 二周遅れだ! 戦場でも味方のケツを追いかけるのか!」

「は、はぁっ、すいません!」


 肌が焼けるような陽の下、悪路の上、二十キロのリュックと共に。

 俺はひたすら走っている。自分の呼吸がすきま風が入ってくる時の窓枠みたいな音でまともに呼吸できているのか怪しい。限界も限界なんだ。

 鬼教官は鬼の形相で鬼のようなことを言う。


「ナナセ、走れ! 走れ走れ走れ走れ走れーーーーー!」


 この鬼教官という呼び名は比喩でもなんでもない。

 本当に鬼だ。いわゆる鬼人族。鬼人族の教官が鬼のように俺を走らせる。

 俺はただ走る。もう走るしかない。


「なんで、くぁっ……なんでこんなことにぃぃぃぃ……!」







 時は大学4年の夏、俺は学生最後の夏をエンジョイしようと決意していた。

 赤井七瀬、二十二歳。サークルなんてものには目もくれず、勉強とバイトに費やした大学生活。就活も終わり、大学生活の総決算としてある計画を実行に移した。そう、沖縄でバカンスである。


 切り詰めて貯めた資金で派手に豪遊する計画だった。

 まさに最終段階、枕元に今後一度も着ないであろうアロハシャツをセットした状態でベッドに入ったあとのこと。


「明日の今頃は波の音を聞きながらハンモックに揺られてんだろうなー」


 自分でも生まれて初めて聞いたくらい、弾んだ気色悪い声だった。

 それくらい俺は浮かれていた。だって沖縄だ。


 そして、俺は転移した。この異世界に。

 

 そこは聖堂と言えばいいのか、とにかく広く、とにかく異様な場所だった。

 ざわめき声、俺の周囲には俺と同じように転移してきたやつら。

 熊のような、というか熊の男。へびのような、というかヘビの男。

 どこからどうみても人間ではない異形の者たちばかり。普通だと自負している俺が明らかに浮いてしまっているほど容姿のバラエティーにとんだやつらだらけの空間。


 ここにいる異形のやつらみんな境遇は俺と同じ。

 わけも知らずに強制転移させられたんだ。俺は思わず叫んだ。


「い、今!?」


 大学卒業を控えて、就活も終え、社会という大海原へ漕ぎ出す前に、ちょっと沖縄の海原でチルっちゃうかっていうこの……。


「今!? この瞬間に、異世界転移……!」


 タイミングってもんがあるだろうが。

 俺は呆然として、登場したきた謎の人物(たぶん転移の魔法を使った人)の話をすべて聞き逃してしまったほどだった。勇者が足りないからうんぬんとか、そんな感じの。あれよあれよと展開していき、転移してきた我々は勇者の素質があって、だから世界各地の勇者軍に入隊するらしく、勝手に配属先を割り与えられた。


「貴様は人間種か……」


 配属先を決める現地民の偉い人はあからさまに侮蔑の目を向けている。

 少し離れた場所では二メートルを超える竜人族の男に偉い人が群がっていた。


「竜人族が召喚されるとは何年振りだ!?」

「これは彼一人で戦況を変えられますな……。問題はどこの戦線に投入するか」

「無論ウチの隊だ! 勇者軍六番隊は聖地天球礼拝地の防衛をしている!」

「ふざけるな! 防衛なんぞに回してたまるか! ここは旧都夕刻谷の奪還に!」


 かなりヒートアップしている。竜人族はそれほどに強いらしい。

 今回俺と同時に転移させられたやつはざっと見回して三十人ほど。

 熊の男は早々に配属先が決まっているようだ。問題はどうやらこの俺。


「人間種ですか……。バッファ司令、そちらでいかがです? 人手が足りないといつもおっしゃっているではありませんか?」

「人手は必要だとも、人手は。人以下の劣等種ではな」


 好き勝手言いやがって……。

 俺たちホモ・サピエンスはおよびじゃないらしい。

 悲しいが俺だって考えなくてもわかる。獣人とかの方が強そうだ。


 次第に広間は落ち着いていく。あらかた話が付いたようで、配属先が決まっていないのは俺だけになってしまった。それでもなお、俺の押し付け合いは続く。

 あなたの隊で、いえいえあちらの隊が適任では、我が隊ではとても……。


「ならばぜひ私の隊に」

 

 人並みを切り開くように颯爽と現れた男。角が生えている。鬼人族、か?

 この鬼人族の司令官は満面の笑みで高らかに俺を招き入れた。

 よかった。俺の就職浪人は免れた。しかし大きな不安がある。というか、確定だ。

 この鬼人族の司令官の顔……。


 見ればわかる。ブラック企業経営者の笑顔だ……。




 時は追いつき、現在、俺は鬼に鬼のような訓練を課せられていた。

 もはや、刑罰レベル、いや刑務所の方が楽なレベルだ……。


 鉛になってしまった足を懸命に持ち上げ、次の一歩、次の一歩と意識を失いそうになりながらただ走る。そんな俺を横目に、他の隊員たちが軽々と走り抜けて行く。


「ゴラァ! 三周遅れになったぞ! 走れ走れ走れ走れーーーー!!」

「はい! ぜぇ……すいません! ッ……! ああああ!」


 この勇者軍に来て何日目だろう? 訓練が終わってはベッドで気絶し、早朝に叩き起こされ日が暮れるまで訓練……訓練……訓練訓練訓練!!


 逃げ出す気力さえない。

 俺がいる勇者軍八十八番隊は見事に異形種だらけ。というべきか、この世界にホモ・サピエンス的シンプルヒューマンはほとんどいないようだ。

  

 俺は残念ながらホモ・サピエンスの中でさえ孤立していたんだ。異形の者たちと仲良く輪を囲めるはずがないのは察するまでもないだろう。


「よし! これで臨時訓練は終わりだ。明日からは戦線へ向かうことになる。最後の夜だ、酒を許可する!」


 この訓練地での訓練は終わったらしい。勇者軍の面々が酒盛りを始めた。俺と同期のヘビ頭の男は囲まれ楽しそうに飲んでいる。尻目に、話す相手がいない俺は静かにベッドに帰った。


 簡素なベッドの上、沈むようなため息を吐いてふと我に帰る。思えば、訓練に必死すぎてこの世界のことを知ろうとしていなかった。人間種もいるようだが、最弱の種族だと蔑まれている。肉体が優れた獣人やら魚人やらがほとんどの世界。


 魔王がいて、戦争をしている。こちらは劣勢で、異世界からの勇者召喚頼み。

 召喚される勇者も、獣人とか魚人とかばっかり。どうなってんの?


 翌朝、長く苦しかった訓練地を去る瞬間がやってきた。

 しかし思うことはない。なぜなら次に向かうのは文字通り戦場なんだ。一度のミスで命を落とす。ミスをしなくても肉体差の暴力で俺は終わるのだろう。

 

 言われた通り修行をしたが結局、勇者の力とやらは引き出せなかった。

 召喚される勇者はみな特異な力を持っている。俺以外は、みんなだ。

 魔力を研ぎ澄ませてなんやかんやすれば、対魔の性質を持った強靭な魔力に昇華できる……とか言われたが、その前提となっている魔力はなんなん? どっからどう生み出して、どう操作するん?


 聞いても、何言ってんだこいつって反応しかされなかった。

 魔力は当たり前過ぎる概念で、魔力がない世界からきたのは俺だけ。無理じゃん。

 肉体はへなちょこ。勇者の力は引き出せない。魔力すら持っていない。

 俺……やれんのか?


「魔王軍との戦いが始まって二十年、最初の一年で大陸最大国家が滅ぼされた。立て続けに一国、また一国と滅ぼされ、この大陸に国家と呼べるものはなくなった」


 司令官である鬼教官が整列した勇者軍八十八番隊の前に立っている。

 想像以上に厳しい状況のようだ。もう国がいくつも滅んでいるのか。


「大陸の七割を魔王軍に支配されている。国家がなき今、各地方都市を死守することができているのは我々勇者軍あってこそ! 前に出ろ! 勇者軍八十八番隊、隊長オーラン!」


 隊長のオーランさんは勇ましい獅子頭の男だ。

 俺と、俺たちの直接の上司なわけだ。……悲しいことに、俺は嫌われている。

 オーラン隊長は力こそ正義という思想の持ち主のようで、最弱種族、劣等種とされる人間の俺を蔑んでいるのが嫌と言うほど伝わってくる。

 

「私は勇者軍司令本部に戻らなければならない。この隊はお前に任せた!」

「はっ! 気高き勇者として、責務を全うする所存です!」


 鬼教官は司令本部に戻るのか。それは嬉しいが、オーラン隊長について行けるだろうか。俺は弱いし、勇者の力も使えない。そして嫌われている。


 出立式の中、俺一人だけ妙な予感がしていた。

 そしてその予感は最悪の形で当たってしまった。





「確か、ナナセっていったか、貴様」


 声の主は他ならぬオーラン隊長その人。

 訓練地を出立して、半日もしない頃のことだった。


「えぇっと……はい! 赤井七瀬です。七瀬が名前です!」

「いろいろと、俺は考えた」

「は、はい?」


 雰囲気でわかった。目でわかる。誰も彼も、俺を冷たい目で見ていた。

 とても仲間に向けるような目じゃなかった。


「境遇はみな同じだ。この世界に転移させられた。初めは戸惑ったが、勇者軍の一員としてこの世界の人々のために戦うことこそ、俺の生まれた意味だと考えるようになった。俺は召喚されてもう九年になる。今じゃ元の世界を思い出すこともほとんどないくらい、ここが俺の生きる場所で、死ぬ場所だ」

 

 オーラン隊長はしみじみと語る。

 全員が俺を蔑んだ目で見ている状況じゃなければ感動したかもしれない。


「ナナセ、貴様に何ができる? 勇者の力も使えない貴様に、俺たちの枷になる以外のなにができるんだ?」

「…‥俺は、なにもできない。戦え……ません。けど! 俺だって勇者として召喚されたんだから、なにかできるはず! 今はなにもできなくても、訓練を続ければ勇者の力を引き出せるようになるかもしれません!」


 俺が言えるのはこれだけだ。なにもできないのは事実。足手纏いでしかない。

 訓練に必死すぎて戦う覚悟もまだ。流されるままだったが、努力はした。まだ強くはないけど、強くなれる可能性だってゼロじゃない……はず!


「貴様は、仲間ではない。消えろ、劣等種……この世からな!」


 突如として、体に衝撃が襲う。首が、苦しい! 息が! できない……。

 オーラン隊長は、片手一本で俺の喉元を掴み、持ち上げていた。

 おぞましい浮遊感。足が地面に付かない! 


「見ろ劣等種、この崖の下は激流の川だ。……俺は勇者だからな、魔族以外をこの手で殺すなんてことはできない。運がよければ助かるだろう。……魚人族でも溺れ死ぬほどの激流だが、な?」

「いや、だ……助けて、だれ、か! 助けてくれ!!」


 もがき、必死に叫んだ。だが、だれも、答えない。

 だれも目を合わせてくれない。考えはみな同じだったらしい。

 みんな同じ境遇だと思ってた。勝手に、突然転移させられて、勇者だから戦えと、世界を救ってくれと、無我夢中で訓練して、魔王を倒すためにみんなで戦うんだと、そう思ってたんだ! だけど、違う! 俺だけ! 違う!


 俺は、勇者じゃなかったんだ。

 なにもできない、ただの……。


「じゃあな、人間」


 ただの、人間だったんだ。


 地面はない、崖っぷちの、先。

 喉元が解放されて俺は落ちていった。どこまでも、どこまで、どこまでも……。



 

 

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