第2話 かわいい妹
「おにーさま、こんにちは!」
ヴァンドレと稽古をしていると大変元気な声が聞こえてきた。
聞き馴染みのある声は妹、ルルのものだ。現在、五歳の彼女は十年上の兄である俺によく懐いている。
そのためいつも昼前になると昼食の時間だと知らせにきてくれるのだ。
「おはよう、ルル。呼びにきたということはもう時間か?」
「はい! 今日もお昼ごはんをいっしょに食べたいです」
ルルは手をグーパーグーパーとにぎにぎしながら、おねだりするような視線をよこす。
「わかったよ。ヴァンドレ一旦、休憩だ」
これ勝てる兄など存在しない。俺はすぐにヴァンドレへ稽古の中断を告げる。
「承知いたしました。若様」
「ルル一緒に食堂へ行こうか」
「はい! おにーさま!!」
稽古場の端で稽古着から着替えた俺はルルや彼女付の騎士、メイドと共に我が家の食堂へと向かうことにした。普段ならヴァンドレも共にくるのだが、今回は俺からある頼みを受けているため、別行動となる。
「リヒト様、ルル様、本日も食堂を利用してくださるのですね。本当にいつもありがとうございます」
ルルと共に食堂へ入ると通称食堂のおばちゃんが俺たちを出迎えてくれた。
この食堂はシュマイケル伯爵家の使用人が利用する場所だ。貴族である俺やルルは本来、伯爵家本邸内にある家族のみが使えるダイニングルームで食事を取るべきである。
だが、以前ルルのワガママで一度ここを利用した結果、見事に彼女の胃袋が掴まれてしまい週に何度かはここで昼食を取ることになってしまった。
このことについて父、シュマイケル伯爵はあまり良く思っていないのだが、かわいいかわいい末っ子へダメだと言うことができずに今へ至っている。母の方はというと私も今度一緒に行こうかしらと言って、父を困らせていた。
「ルルがここの食事を気に入っているんだよ」
「はい! ルルはしょくどーのごはんが大好きです!!」
「それはとても嬉しいことを言ってくださいますねぇ」
食堂のおばちゃんはそんな会話をしつつも、手際よく俺たちがいつも頼む日替わり定食を二人分用意してくれた。
うむ。流石はシュマイケル伯爵家の食堂の顔である。
日替わり定食を受け取った俺たちは食堂の一番奥の席へ向かう。
この辺りは昼時でも誰も座っていない。というか、俺とルルがきたときのために他の使用人たちが気を遣って、空けてくれている場所である。
「いただきます!」
席に着くとルルは大きな声で食前の言葉を口にする。
ルルが笑顔で食事を始めたところで俺も自分の定食を見る。
ふむ、今日のメインはステーキか。
これは以前、父と狩りで仕留めて食べた魔物の肉に似ている。確か、ピンクブルとかいう派手なやつだったか。
「うまいな」
確か、あの時は父から素材の味を楽しもうと言われて、焼いただけの肉に齧りついたんだったか?
あれはあれでワイルドさを感じられて良かったが、やはり調味料で味付けされている料理の方が好きだな。
ふと今日の料理はルルの口に合ったのかどうか気になり、チラッと隣の席へと視線をやる。
「む? どうしたのですか、おにーさま」
視線に気づいたルルは不思議そうな顔で首を傾げる。
俺と同じ金の髪が少し動いた。
「今日の食事はどうだい? 口に合うかい?」
「はい! しょくどーのごはんはいつもおいしいです!!」
ルルの声が食堂に響く。
少し声量が大きかったようだ。
サッと周囲を確認すると騎士や使用人たちの頬が緩んでいるのだが確認できた。
うむ。そうだよな。分かるぞ。俺の妹はかわいいからな。あんなに無邪気な言葉を口にされたら、誰の口角であろうと上がってしまうだろう。
「――――ごちそうさまでした!」
それからしばらくして、俺たちは食事を終えた。
腹がいっぱいになったルルはこれからお昼寝タイムだ。彼女付きのメイドたちに連れられて、本邸へと帰って行った。
「俺は稽古を再開するか」
朝から稽古をしていたのに、また稽古か。と思われそうだが、これでもまだ足りないのだ。
なぜなら俺はゲームのシナリオを破綻させて、世界を救わなければならないから。
シュマイケル伯爵家はゲーム内で出てこなかった。つまりはモブ貴族ということだ。そんな家の息子である俺がゲームに登場する人物たちより能力が高いはずがない。だからできる限り己の肉体と技術を磨かなければ、この先目的を果たすことはおろか命を守ることすらもできないだろう。
かわいい妹を残して死ぬなど言語道断。故に俺は前世の記憶を得てから多くの時間を鍛錬に費やしてきたし、これからもそうするだろう。
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