ゲームの世界に転生しました。主人公がシナリオ通りに行動すると世界が滅ぶので、モブの俺がどうにかしたいと思います。

三田白兎

第1話 プロローグのプロローグ

 ファンタジーRPG<ラストホープ>というゲームがある。斬新なシナリオが売りだと謳い販売開始されたのだが、そのシナリオが原因で世間での評価はかなり賛否が分かれていた。シナリオを簡単にまとめると主人公は世界を救うために行動しているつもりだが、それは悪神に騙されてとっていた行動であったため最終的に世界は滅ぼすことになるというもの。

 所詮ゲームだから、例え世界が滅ぼうともネット上でストーリーを賞賛する派と否定する派が言い合う程度で済んでいる。

だが、もしそれが自分の住む世界で起こるとしたらどうだろうか?


 ――――現在、十五歳の伯爵家長男である俺、リヒト・シュマイケルは転生者だ。五歳の頃、庭で転び頭を地面に打ちつけた際に前世の記憶を取り戻している。

 そしてその影響により自身の生きるこの世界が、前世でプレイしていたゲーム<ラストホープ>とそっくりであることに気づいた。


 転生と言っても受け継いでいるのは前世の記憶の一部のみ。

 人格はこの世界で生まれ育ったリヒト・シュマイケルそのものである。育ててくれた両親や執事やメイド、仲の良い弟や妹への思いは本物だ。

 故に俺は最終的に世界が滅んでしまう<ラストホープ>のシナリオを受け入れることができなかった。そしてゲームのシナリオが受け入れられないのならば、残された選択肢はただ一つ。<ラストホープ>を知る俺がシナリオの進行に干渉して別の結末へと導くしかないのである。


「ん――朝か」


 そんな重すぎる使命を背負うことになった俺の朝は早い。

 陽の光が自室の小窓から差し込むと目を覚まし、最低限身なりを整えてから伯爵家の敷地内にある稽古場を訪れる。

 騎士たちと共に稽古を開始するのは昼前からだが、俺は毎日それとは別に朝の稽古を日課として行っているのだ。

 我が家の騎士たちは勤勉な者が多いが、流石にこの時間から稽古場にいる者はいない。たった一人を除いて。


「おはよう、ヴァンドレ」


 短い黒髪の大男が槍を振るう手を止めて振り返った。そして綺麗な礼をした後に口を開く。


「おはようございます、若様。相変わらず朝が早いですね。稽古を始める時間までまだ四時間もありますよ」

「誰よりも早く稽古を始めているお前にだけは言われたくないな」

「ははっ。そこは騎士である私が主より後に稽古場に入るわけにもいきませんから」


 ヴァンドレは父であるシュマイケル伯爵から給金をもらっているシュマイケル伯爵家の騎士だ。しかし、五年ほど前に父が彼に俺の騎士として仕えるようにと言ったのである。以降、ヴァンドレは俺の騎士としていつも近くにいる。

 貴族に仕える若い騎士にとって、次期当主である長男の護衛を務めるのは大変誉れ高いことである。ヴァンドレがこうしてやる気に満ち溢れているのも、そういった理由からなのかもしれない。


「別に合わせて欲しいと言った覚えはないんだけどな」

「確かにその通りですね。ただ、これ以上若様との実力差ができてしまうと、騎士としての顔が立ちませんから。どちらにせよ朝稽古はやめられませんね」

「おべっかはいらん。稽古じゃ未だにヴァンドレの全勝だろうが」


 前世の記憶を取り戻してから今日に至るまで、俺は毎日欠かさず武芸を磨いてきた。しかし、それでも俺はヴァンドレに勝てたことがない。この男は槍使いとして非常に優秀なのだ。前世の記憶で知るキャラクターたちの能力と照らし合わせても上位の実力者だと言っていいだろう。最初からこれほど優秀な騎士が味方にいることが、今の俺にとっての最大のアドバンテージだ。


「あくまで稽古ですからね。実戦であれば十五にして<武芸百般>という素晴らしい二つ名が知れ渡っている若様に勝てるはずなどありません」

「おい、どこぞの貴族が付けたかも分からない悪趣味な呼び名を出すな」

「では、実力で黙らせてください」


 ヴァンドレはにやりと笑うと、ゆっくりと手に持っていた槍を構える。


「いいだろう。今日こそは一本取ってやる」


 俺も壁に立てかけられていた訓練用の槍を取る。

 そして両手でしっかりと柄を持ち、腰を低く落とす。


「では、行きますよ。若様」

「あぁ。手は抜くなよ!」


 こうして日課であるヴァンドレとの朝稽古が始まるのだった。



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