第3話 策

 騎士たちとの鍛錬を終えた俺は自室にいた。

 湯浴みはしたし、夕食までしばし時間がある。今のうちにこれからのことについて考えておこう。


 まず伯爵家の力を使って軽く情報を集めたところ<ラストホープ>のシナリオ開始まで後一月だということが分かっている。なので、もうあまり悠長にしている暇はない。

 記憶を取り戻してから十年あった。当然、いくつか世界崩壊を阻止する方法は考えてある。


 一つは単純な方法だ。

 ゲームの主人公を殺すこと。

 倫理的に良くないが、貴族は清濁併せ吞むものだ。一人平民を殺すくらいやれないことはない。

 ただ、この方法は取るべきではないだろう。なぜなら悪神がすでに主人公へ目を付けている可能性が高いからだ。そんな中主人公を殺そうとすれば、俺やシュマイケル伯爵家が悪神に睨まれてしまう。結果、どうなるか分からないが、良い方向に話は進まないだろう。


 では、他の案はどんなものがあるかだが……こちらは少々回りくどい作戦となる。

 内容は主人公が強くなるイベントを一つ一つ丁寧にへし折っていくというものだ。主人公に強力な味方ができるなら、それを阻止してあわよくばこちらの陣営に引き込む。良い武器を得るならば、先にそれが手に入る店や迷宮へ出向き手に入れる。とにかく主人公が目的達成するために必要な力を得ることができないようにすればいい。

 <ラストホープ>はRPGだ。主人公は弱い状態からスタートし、適性フィールドでレベルを上げつつ、ボスを倒してストーリーを進行していく。その過程で手に入るはずだった大切なピースを奪ってしまえばシナリオを破壊できる可能性が高いだろう。


 今のところ二つ目の案をメインに進め、最悪シナリオ進行を止められなければ一つの主人公殺しに出るつもりである。

 俺が幼い頃から鍛錬に明け暮れていたのは、いつかゲームの主人公という最強キャラと戦うことになるかもしれないからである。


「リヒト坊ちゃま、お夕飯の時間ですよ」


 部屋の扉がノックされたかと思うと、メイドのシンシアの声が聞こえた。


「分かった。今行くよ」


 ――――翌朝。俺は珍しく鍛錬をしていなかった。そしてそれはヴァンドレも同じである。


「それでヴァンドレ、昨日頼んでいた件はどうなった?」


 兵舎の最上階にある一室。父が特別に認めた騎士のみに与えられる部屋のうちの一つに俺とヴァンドレはいた。部屋の主はもちろんヴァンドレだ。


「若様に言われた通り、近頃ティッポの町の周辺で野盗が出るという話があるそうです」

「やはりか」


 俺がヴァンドレに頼んでいた調査は主人公と初めての仲間が知り合うイベントに関することだった。


 主人公が初めて仲間にするのは子爵令嬢のレティア・ファンデフェンである。貴族である彼女と平民の主人公は本来交わるはずのない存在だが、一月後に起こる事件をきっかけに知り合い主人公にレティアが協力してくれることになるのだ。

 その事件というのがまたよくある展開なのだが、お転婆なご令嬢が父の目を盗んで家を抜け出した矢先、野盗に襲われるというものである。そしてお約束のように主人公がその場面に出くわし、レティアを助けるのだ。恩を感じたレティアと子爵は主人公に協力してくれるようになるというシナリオである。


 事件が起こる現場はティッポ周辺の林道。その辺りに野盗がいるという、ヴァンドレの調査結果を聞いていよいよイベントが実際に起こるのだろうなと俺は感じた。


「では、俺が倒しに行くか」


 ここで俺が主人公の代わりにレティアを助ければ、こちらの陣営に引き込める可能性がある。

 仮にそれが無理だったとして主人公に助けられることはないので、仲間になるシナリオも消滅するはずだ。

 故に俺は何としてもレティアを野盗から助けるつもりである。


「はい――――!? いや、ダメですよ若様! そもそもティッポはシュマイケル伯爵領ではないのです。勝手に騎士を派遣して野盗狩りなんてしたら大問題になりますよ!!」


 ヴァンドレからすれば突然主から他領の情報を、それも野盗が出るかどうかなんてことを調べさられた上にそこへ殴り込みに行くと宣言されたようなものだ。咎めてくるのが当然である。


「やはりか。だが、俺もそろそろ実戦で腕を磨きたいんだ。シュマイケル伯爵領内に今、野盗が出るって話もないだろう? ティッポはそう遠くないし、どうにか無理か?」

「どうにか無理かって……まぁ、ティッポ経由でどこかへ出かける途中、野盗に襲われたので倒しました。という流れなら領主側から咎められることもないと思いますが」

「おぉ、ヴァンドレ! なかなか良い案だな、採用だ。では、そうだな。一月後! ティッポ経由でどこかへ出かけようではないか」


 流石はヴァンドレである。俺が月日をかけて考えた他領で野盗狩りをしても許されるための言い訳を、一瞬で思いつくとは。


「えぇ、本当にやる気ですか?」

「もちろん。俺がやると言ったら引かないのは分かっているだろ?」

「それは……はい。存じておりますよ。普段はあまり威張ったりしないけど、なぜか変なところで頑固なのが若様ですからね」

「それは俺のこと貶しているのか?」

「いえ、まさか! このヴァンドレが若様を貶すことなどございませんよ。さてと! では私は他の騎士への指導が入っておりますので。そろそろ失礼します!!」


 ヴァンドレは逃げるように部屋から出て行った。


 いや、この時間から稽古しているのは俺とお前以外にいないだろうが。



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