邂逅
俺はセラスに抱えられながら地上に降りてきた。
「ふむ…ここは安定の公園に行くとするか」
「安定?公園?なんの話だ?」
俺がなんのことかとセラスに問いかける。
「さっきも言っただろう。食事にすると」
食事。その単語は今までなら何も感じることはなかっただろう。生きていく上では必ず必要になるもので当たり前のように取っていた。それは吸血鬼になっても同じだ。お腹が空けばご飯を食べる。不思議なことは無い。当然のことだ。だが人と吸血鬼では明らかに違うことがある。それは食べるものだ。人間であれば動物の肉を食べたり野菜を食べたり、色々なものを食べる。それが今までの普通だった。だが吸血鬼は…血を飲む。それが吸血鬼にとっての食事だ。それも人の。
何も感じないわけがなかった。切れた自分の指を舐めるだけでも躊躇してしまうものを大量に飲み込むというのはやはり抵抗がある。だが俺の存在がもうそれしか受け付けない。どういうことかと言うと、今まで食べ物だと認識していたものが全て食べ物だと認識出来なくなった。つまり肉を見ても野菜を見ても、調理された料理を見てもそれを口に入れるなんて考えられなかった。どうしてそんな考えになってしまったのかというのは恐らく吸血鬼化の影響だとしか言えない。
「よし、公園に着いたぞ。どれどれ…」
公園に入るやいなや、セラスは辺りをキョロキョロと見回し始めた。一体何を探しているんだ?そう思っているとセラスが声を上げた。
「居た」
抱えられた状態でセラスの顔を見上げると口角が三日月形につり上がっていた。その目線の先にはベンチで項垂れて寝ている酔っ払いが居た。
「せ、セラス?」
「ショウよ。食事の時間だ」
そう言いながらセラスが酔っ払いに向かって一歩、また一歩と歩みを進めていく。
酔っ払いに近づくほど心臓の鼓動が早くなっていく。
「な、なぁ、セラス…」
俺はセラスに思わず声を掛ける。
「なんだ?」
「あ、あのおっさんが食事だって言ってるのか?」
心臓の音がうるさい。
「そうだ」
「その…殺したりしないよな?」
考えていたことを口に出す。そんなはずない。セラスは…セラスはそんな吸血鬼じゃ無いはずだ。
「ショウ」
セラスが俺の名前を呼び目を見てくる。ま、まさか本当に…
「お前は妾をなんだと思っていのだ。殺すわけないだろう。あのおっさんが何をしたと言うのだ」
セラスはムッとした顔をしながらそう言った。その顔を見た瞬間、俺の緊張の糸は切れ溜まっていた息を吐き出した。
「だ、だよなぁ…」
…俺はセラスを疑ってしまった。セラスはそんなことをする奴じゃない。そう信じていたのに俺がその考えを否定しかけた。
セラスのことをもっと知りたい。いや、知らなければならない。
「ほれショウ、ガブリといけ」
「えぇ…そんないきなり言われても」
心の準備というものがですね…
「ただ首筋に噛み付いて吸うだけだ。安心しろ、吸われている方は噛み付かれた時に少し痛みを感じる程度だ。それに血を吸う量もそんなに多くない。吸血鬼はコスパがいい生き物なのだ」
コスパて。
「…」
やはりまだ抵抗感がある。でも空腹が凄い。今にもヨダレが垂れてしまいそうになるほどお腹が空いている。もうこれは飢えと言ってもいいかもしれない。もしこれ以上飢えてしまったら自分が自分で無くなってしまいそうだ。
「…失礼します」
俺は一言そう言って首元に齧り付く。
「ん…」
酔っ払いのおっさんは少しだけ痛そうな声を出したがまだすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
俺の口の中には人間の血が入り込んでくる。味は人間の頃感じた鉄臭い味では無い。まろやかで舌触りがよく、ほのかな甘みがある。
「ぷは…お、おぉ」
身体の内から力が溢れだしてくる。先程までの飢餓感や身体の怠さはなく万全以上のコンディションだった。
「ショウならこれで三年ほどは生きられるだろう」
「まじかよ…」
これで三年も生きられるのか…吸血鬼まじでコスパいいな。
「あんた!今そこの人間の血吸ってたでしょ!」
ふと後ろからそんな快活な声が聞こえてきた。振り返るとそこには小柄で髪をツインテールにしている女の子が立っていた。
不味い!掃除屋か?!
そう思ったがその少女は例の白いローブを着ていなかった。
「…君は誰だ?」
俺は油断することなくそう問いかける。
「まずあんたから名乗りなさいよ!」
…なんだか厄介な子に絡まれているような気がする。
「俺は屍 翔だ」
「そう。私は淺川 千里(あさかわ せんり)よ!」
彼女、淺川は夜だとは思えないほど元気にそう言った。
「吸血鬼よ」
あとがき
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夜の王の眷属 Haru @Haruto0809
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