血術

「俺を…強くしてくれ」


俺はセラスの目を見つめながらそう言った。


そんな俺をキョトンとした表情で見ていたセラスは口角を釣り上げ高らかに笑う。


「クックックッ!なるほどなぁ!ショウよ!つまりお前はこう言いたいわけだな?「掃除屋は自分で片付ける」と。だから強くなりたいのだな?」


「違う。全然違う」


俺は食い気味に否定する。


「む?違うのか?なら何故強くなりたいと願う?ショウ。お前は吸血鬼になった。これから何百年も生きていく。そこら辺の吸血鬼なら掃除屋に殺されるかもしれないだろう。だがお前は妾の眷属だ。まぁ死ぬことは無いだろう。そして何年も生きているうちに勝手に力をつけていくだろう。そんなに急ぐことはないのではないか?」


確かにセラスの言う通り、これから時間が経てば強くなっていくのかもしれない。だがそれだとなくていい犠牲が出てしまうかもしれない。俺はそんな犠牲出したくない。だから一刻も早く強くなりたい。


「セラス。俺が強くなりたいのは───」


「…なるほどな。ショウが強くなりたいと言ったのはそういった理由があったのか」


俺が人間と吸血鬼、両方ともが死ななくていいようにしたいと言うとセラスは唸りながら少し考えていた。


「よいかショウ。人間と吸血鬼はショウが思っているよりも溝が深い。ちょっとやそっとではその関係は変わることはないだろう」


やはり簡単な話ではないようだ。


「生半可な覚悟では何も変わることはないだろう。もしかしたら人間と吸血鬼、そのどちらからも敵視されることになるかもしれない。それがわかっているのか?それに吸血鬼だっていい奴らばかりとは限らんぞ?それこそ人間を楽しんで殺しているような奴らもいる」


セラスはスっと目を細め俺の目を見つめてくる。


「…」


俺はゴクリと唾を飲み込む。


「…」


確かにそうだ。人間、掃除屋からは常に狙われ続けるだろう。もし何とか話が出来る状態になっても簡単に俺の事を受け入れてくれるわけが無い。そして掃除屋と仲良くしている吸血鬼がいるなんて話が吸血鬼側にバレたら吸血鬼からも狙われることになるかもしれない。楽しんで人間を殺しているような吸血鬼ならもっと狙われるかもしれない。


その覚悟が俺にはあるのか?


「覚悟があるかどうかは…まだ分からない。でも俺はどっちも好きなんだ。人間にだって悪い人間はいる。逆に吸血鬼にだっていい吸血鬼がいるはずだ。だから…俺は強くなって話をしたい」


掃除屋の樹京は学校では普通の女の子だった。何故かは分からないが吸血鬼である俺と普通に接してくれている。吸血鬼のセラスだって一万年もの間生きてきて大量虐殺などはしなかった。断言は出来ない。でもセラス程の力を持った吸血鬼が本気で暴れればきっと地球はすぐにでも滅ぶだろう。そうなっていないということはそんなことしていないということたろう。


「…クックックッ!いいだろう!ショウ、お前を強くしてやろう!」


静かに俺の目を見ていたセラスは突如笑いだしそう言った。


「ほ、本当か?!」


「あぁ、だが優しく教えるつもりなんてないぞ。強くなりたければ弱音など吐くでは無いぞ?」


「あぁ、望むところだ!」


「クックックッ!それでこそ我が眷属だ!」


そして善は急げということで、俺は今雲の上にいた。どうやら今からセラスが前使っていたような魔法?の使いた方を教えてくれるらしい。地上で使ってしまうと周りに被害が出てしまうため、影響のない空で教えてくれるらしい。…セラスは優しいな。


「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」


ようやくセラスが上昇することをやめた。辺りを見渡すと何も無い空間が広がっていた。どれだけ先を見ても目線を遮るものはひとつもない。足の下には雲が広がっている。そして綺麗な月が俺の頭の上を照らしていた。


「まずは血術(けつじゅつ)について教えておこう」


「血術?」


「あぁ、妾が掃除屋と戦っていた時に使っていたあの技だ。お前も身をもって体験しただろう?」


セラスが意地の悪い表情を浮かべながらそう言ってきた。


「…別に体験したかった訳じゃないんだけどな」


どうやら俺が魔法だと思っていたものは血術というものらしい。


「クックックッ!まぁそう言うな。妾もわざとショウを狙った訳では無いのだからな」


わざとじゃなくてもダメなものはダメだろ!


「さて、血術だがこの前翼を出す時に教えたことを覚えているか?」


「あぁ、もともと自分の一部だったってイメージすることだろ?」


ちょくちょく翼を出していたせいか翼を出すことも慣れてきた。


「うむ。ちゃんと覚えているようだな。血術を使う時も似たようなものだ」


「…もともと自分は血術を使えるって考えるのか?」


「そういうことだ。だが翼の時よりももっと正確にイメージする必要がある。試しに一回使ってみろ」


試しにって…いきなりかよ。


セラスの無茶振りに対して内心、毒を吐きながらも言われた通りイメージしてみる。


血術…所謂魔法みたいなものか。魔法を使っているゲームやアニメなんかを想像すればいいのかもしれない。そう思い炎の球を作るイメージをしてみる。


そしてイメージが固まってきたら右手を前に突き出し声を上げる。


「はぁ!」



「…」


だが俺の右手からは何も出ることは無かった。


「何も出ないんだけど」


「クックックッ!そうだろうな」


そうだろうなって…


「なんでだ?かなり正確にイメージしたはずだぞ?」


「まずはそこからだな。正確にイメージしたと言ったな?それは一体どの程度だ?」


「え?」


「どんな形をしているのか?どの程度の規模なのか?どんな風に飛んでいくのか?どんな役割なのか?どんな目的で使うのか?そこまで考えたか?」


「そ、そんなに考えないといけないのか?」


俺はすこし後ずさりしながらそう聞いた。


「だから言っただろう。正確に、と。血術を使うためには翼などを生やすのとは比にならん程の想像力が必要になる。まぁこの辺は自分の想像力を鍛えるしかないな。それでようやくその血術に名前を付けてやるのだ」


そう言いながらセラスは笑っていた。


「そんなこと言ったって相手がいないし…」


「血術を食らわせる相手がいなければ想像しにくいか。ならば妾に向けて打つがよい。殺す気で来ていいぞ」


「え?いや…危ないだろ…」


「何を言っておる?妾は夜の王だぞ?吸血鬼になって数日のヒヨっ子に妾が殺せるわけないだろう」


自信満々な顔のセラスがそう言った。流石は我が主だな。


どんな技か…



つまり想像出来なければ血術は発動出来ないということだ。思い出せ。あの日セラスが使っていた血術を。どんな形をしていた?矢の形をしていた。全長はおおよそ三十センチ程。どんな規模だった?掃除屋のおっさんを丸ごと囲ってなおあまりある範囲。目測にはなるが半径五十メールくらいだろう。どんな風に攻撃していた?セラスの背後に現れて目にも止まらぬスピードで掃除屋のおっさん目掛けて飛んでいた。きっと二百キロは出ていた。どんな役割を持っていた?掃除屋のおっさんを貫く。きっとあの矢の役割はそれだった。どんな目的で使うのか?掃除屋のおっさんを殺す。あの時のセラスはそう考えていたはずだ。


なんだか身体が熱くなってきた。血液が身体の中を循環している。いけそうな気がする。


すると口が勝手に動いた。


「さぁさぁ、我が言葉に応えよ。赤よりも赤く、黒よりも黒い鮮血の矢よ」


「ん?なっ!」


唱え始めた瞬間、俺の背後にポツポツと矢が現れ始める。それは徐々に数を増していき無数とも言える数になっていた。


「我が敵を亡き者にしろ。『鮮血のブラッディ・アロー』」


そう唱え終えた瞬間、背後に浮いていた赤黒い無数の矢はセラス目掛けて飛んでいった。


セラスはその全てを受けた。


「せ、セラス?!大丈夫か?!」


まさか全て受け切るとは思わず心配の声を上げる。無数の矢が消え、ゆっくりとセラスが見えてくる。そこには少し服が破れものすごくエッチな感じになっているセラスがいた。身体に傷はひとつ付いていなかった。


「せ、セラス!?か、隠せよ!」


「む?おぉ、服が破れてしまったか」


セラスはそう言うと服を全て破り捨てた。かと思うと次の瞬間、セラスの身体から真っ赤な血が出てきたかと思うとそれがセラスの身体にピッタリとくっつき今まで着ていたドレスと全く同じ形になった。そしてそのまま液状ではなくなり服となった。


「す、すげぇ…それも血術…あ、あれ?」


急に身体に力が入らなくなり翼を維持できなくなる。落ちそうになった所をセラスが抱えてくれた。


「バカもの!いきなりあんな血術を出すでないわ!よいか?血術とは己の血を使って出す技なのだ。妾はどれだけ使ってもほとんど影響は出ない。だがいくら妾の眷属だからと言っても吸血鬼になったばかりのお前にあんな威力と範囲の血術が簡単に使えるんけないだろう」


「そ、そうなのか?」


喋るだけでもだるい身体でセラスにそう問いかける。


「良いか?血術を使う時は余力を残して使うのだ。戦っている最中に血が足りなくなって倒れては元も子もないからな」


確かに…


「しかし…よく妾の血術を一度見ただけで使えたな。やはりショウは妾の眷属にふさわしい」


どこか誇らしげな表情をしているセラスに俺は嬉しくなった。


「ぐうぅぅぅぅ」


ん?ここ最近、全く空いていなかったお腹が急激に空いてきた。


「む?血術で血を使いすぎたか。ショウよ、腹が減っただろう。食事にしよう」


「食事?」


「あぁ、吸血鬼の食事と言えば…分かるだろう?」


…俺は心臓の音が早くなるのが分かった。



あとがき

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