覚悟

自分の戦い方を少し理解した。多少の負傷は仕方ない。俺ならすぐに再生する。だから堪えるのは…痛みだけだ!


「はっ!」


俺は爪を鋭く尖らせ高所から男目掛けて飛びかかる。男は俺を迎撃しようと拳を振り上げる。


「軽い攻撃だなぁ!どらぁ!」


俺の爪はあっけなく弾かれ男の追撃によって顔面を殴られる。今ので首が回ってはいけないところまで回り鈍い音が身体に響く。


「~~~っ!らぁ!」


だが俺は高所から高速で向かっていたこともあり吹き飛ばされずに居られた。折れた首がとてつもなく痛い。だがそれを堪えて弾かれていない方の手で男の顔面を殴り返す。


「おぐっ」


吸血鬼の力で殴ったこともあってか顔面を殴られた男は勢いよく吹き飛び路地裏の壁に激突した。


少し壁に埋まった男は痛そうに顔を顰めながら壁から抜け出そうとしていた。


俺は首の骨折を治すことに専念する。


男が壁から抜け出した時にはなんとか俺は首を治すことが出来ていた。


「ぷっ!腐っても夜の王の眷属ってことか」


男は折れた歯を吐き出しながらそう言った。


「なぁ、もうやめないか?俺は争いたくないんだ。俺はどれだけ攻撃されても再生出来る。でもあんたは違うだろ?あんたは生身の人間だ。死ねばそこまでなんだ」


何とか説得出来ないだろうか?


「興の冷めること言うなよ。俺たち掃除屋は死ぬ覚悟はとうに出来ている。死んでも吸血鬼を殺したい。そう言う連中が掃除屋をやってんのさ」


どうしてそこまでして…


「まぁお前みたいな吸血鬼にとってはいい迷惑だろうな。だが俺たちは吸血鬼が憎いから吸血鬼を皆殺しにする。そこにお前らの意思は関係ねぇんだよ」


「なんだよそれ。お前らの自分勝手な行動で何もしてない吸血鬼が殺されないといけないのか?!」


俺やセラスみたいな吸血鬼だって沢山いるはずだ。なのにその全てを殺すなんて…


「じゃあ逆に聞くがお前は家族や友達が吸血鬼に殺されても「いい吸血鬼もいるから」なんて言って許せるのか?」


「そ、それは…」


分からない。俺はそんな経験したことがない。だがもしそんな世界があったら…俺は今と同じことを言えただろうか?


「そういう事なんだよ。確かにお前みたいな積極的に人間を襲わないような吸血鬼もいるだろう。だが逆に言えば楽しんで人間を殺す吸血鬼だっているんだよ。そいつらを放っておくことは出来ねぇだろ。その代わり俺たちだって殺されても文句は言わねぇよ」


…俺は一体、どうすればいいんだ?


「だから俺はお前を殺す。お前も俺を殺す気で来い」


「お、俺は…人を殺すことなんて出来ない…」


人を殺すことなんてしたくない。なら大人しく吸血鬼が殺されるところを見ている?そんなことも出来ない。セラスのような吸血鬼もいると知ってしまったから。


「なら死んでくれや」


瞬間、俺の目の前まで男が肉薄していた。咄嗟に頭を守るように両腕を前に出す。だが頭には拳が飛んでこなかった。代わりに腹に強烈な衝撃が加わった。


「おぶっ…」


目線を下に下げる。そこには男の拳が俺の腹を貫いている光景が広がっていた。


「いくらお前の異常な再生速度でもこの大穴を塞ぐにはかなりの時間がかかるだろう」


腹にとてつもない激痛が走る。身体の中心が燃え盛るように熱い。これは不味い。


「く…そぉ!」


俺は何とか脚に力を入れ未だ俺の身体を貫いたままの男の腹を膝で蹴り上げる。


「くっ…」


それに気づいた男は勢いよく俺の腹から拳を引き抜後ろへ飛び下がった。


拳を抜かれた俺の腹からは腸がボトボトとこぼれ落ちていた。


「それでまだ生きてるんだから吸血鬼ってぇのはやっぱりバケモンだな」


男は手にべっとりと付いた俺の血を振り払いながらそう言ってくる。


「はぁ…はぁ…あぁ、俺も自分で驚いてるよ…」


俺は息もたえたえでそう返す。あぁ、クソ、痛えなぁ…


「…どうしてお前はそんなにされても本気で殺しに来ないんだ?」


「言った、だろ…人を殺すことなんて出来ないって…」


「たとえそれでお前が殺されてもか?」


…俺が殺されても、か。そんなこと今まで考えたこと無かったな。当たり前か。今までは人間として平穏な日常を送っていたんだから。


「そんなの…わかんねぇよ」


「分からない、か。ならお前はどうしたいんだ?」


どうしたい?俺は一体どうしたいんだ?人間を殺したくは無い。かと言って吸血鬼を殺させることも許せない。俺は…何がしたいんだ。


みんな仲良く出来ねぇのかよ…


あ、そうか。俺はどっちも殺したくないんだ。人間と吸血鬼、両方が生きられる世界になって欲しいんだ。


そのためには…俺は強くならないといけない。殺さずに話をするために、強くなりたい。


「ようやく…分かった。俺は…どっちも助ける」


「…そうか。それがお前のしたいことか。だが俺たちはそれを受け入れられない。『掃除屋』は吸血鬼を殺すための組織だ。吸血鬼に助けられなんてのはあっちゃならねぇことなんだよ」


「それ…なら、俺が無力化してから話をつける」


「そうかよ。やってみな!」


男が俺目掛けて突っ込んでくる。まだ腹の穴は塞ぎきっていない。どうしたもんかな…


「きゃあぁぁぁ!!」


その時、甲高い叫び声が聞こえてきた。その方向に目を向けるとそこには怯えて顔が青白くなっている女の人がいた。


「チッ!」


それを確認した男は攻撃をやめた。


「おい!俺の名前は新庄新庄 新汰あらただ!」


俺に背を向けた男、新庄は名前を名乗ってくる。


「…屍 翔だ」


俺もそれに応えるかのように自分の名前を名乗った。


「次会った時は決着をつける」


それだけ言い残した新庄は路地裏の通路の壁と壁を交互に蹴りビルの屋上を駆けて消えた。


俺も翼を生やし夜空へと飛び立つ。


家に帰るとセラスが俺の元へ寄ってきた。


「遅かったでは無いかショウ!早く続きを…む?ボロボロではないか。また掃除屋か?」


俺の状態を見たセラスが怒気の籠った声でそう聞いてきた。


「あぁ…」


そう答えたセラスは殺気を纏わせながら口を開く。


「あやつら…またもや妾の眷属に手を出しおって…今度こそ皆殺しにしてやる」


そんなことしたら更にセラスが殺すべき対象となってしまう。それはダメだ。


「セラス」


俺は今にも暴れだしそうなセラスに声をかける。


「なんだ。妾は今からあやつらを皆殺しに…」


「俺を…強くしてくれ」



あとがき

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