先輩後輩

「はぁ…」


大きなため息を吐く。今は昼休み。俺は人のいない屋上に来ていた。もちろん俺は一人ぼっち。いいもん!一人でも寂しくないもん!


この学校に樹京がいるのは完全に予想外だった。彼女がいるということは学校はもう安全な場所じゃないって事だ。さすがに人の目がある場所でいきなり攻撃してきたりはしないだろうが…


それでもいつ俺を殺そうとしてくるか分からないよな…それにこのことはセラスには言えない。言ったら何をするか分からないからな。


俺はどうするべきだろうか。樹京の目に止まらないように隠れながら生活する?これは多分、というか絶対に無理だ。この学校自体そんなに広いわけじゃない。どれだけ気をつけて彼女を避けていたとしてもあと一年と少しの間を一度も会うことなく過ごすことは不可能だ。それならこの学校を辞める?俺は吸血鬼になった。もう時間という概念に囚われていない。この先何百年も生きていく。今学校を辞めたところでなんの支障もないだろう。…でも学校に通える時間はこれから先の人生、もう無くなるだろう。ならせめて高校だけは通いたい。


…現実的に考えるんなら学校を辞めることが最善の選択なんだろうな。でも俺にはその選択を簡単に取ることが出来ない。


本当にどうするかなぁ。


そんなことを考えていると屋上の鉄扉が開いた。


珍しいな。屋上に人が来ることなんて滅多にないんだけどな。


「いた」


突然声をかけられて驚いて振り返るとそこには今一番会いたくない人物が立っていた。


「き、樹京…」


なるべく見つからないようにと思っていたのにいきなり見つかってしまった。彼女はどう動く?ここにはいま人の目はない。俺を殺すには絶好のチャンスだろう。


「…」


俺が後ずさりながら睨んでいると彼女は口を開いた。


「…別に今すぐ襲うわけじゃない。そんなに警戒しなくてもいい」


いや、無理だろ。昨日あんなに全力で殺しにきた相手だ。嫌でも警戒する。


「…俺になんの用だ」


「私は一年生の樹京 菜々穂。よろしく。先輩」


「一体なんの真似だ」


樹京はいきなり俺に自己紹介をしてきた。ていうかお前一年生だったのかよ。勝手に同級生だと思っていた。未だ警戒を解かない俺に樹京は続ける。


「安心して。私は学校であなたと争うつもりはない」


「本当かよ…」


別に俺は疑り深い性格じゃない。だが昨日の今日でこいつを信用することは到底出来なかった。


「まぁ別に信じなくてもいい。私はただ平穏に生活したいだけ」


そういった樹京の顔はどこか儚げだった。


「だから学校ではあなたは私の先輩。私はあなたの後輩。ただそれだけの関係」


「…」


嘘はついてなさそうな気がする。


「だから学校では危害を加えない。でも学校の外での話は別。もし今度見つけたら容赦しない」


最初から容赦なかっただろうがよ…


「…俺が学校でお前を襲うかもしれないぞ」


「その時は仕方ない。例え学校の中だったとしてもあなたを殺す」


その目は本気だった。


「…分かったよ。俺とお前は先輩後輩の中だ。それでいいだろ」


まぁ危惧していた展開にはならなそうだな。


「うん」


これで話は終わりだろう。そのうち樹京も屋上から出て…


「…おい、何してる」


そのまま出ていくものだと思っていた樹京は何故か俺が座っているベンチの隣に腰掛けた。


「何って、まだご飯を食べていなかったから今から食べる」


「ここじゃなくていいだろ。もっと他の場所あるだろ」


一体何を考えているんだ?彼女にとって俺は吸血鬼で…多分憎むべき相手だ。なのにどうして俺の傍に寄るんだ?


「私がどこでご飯を食べようと私の勝手。先輩には関係の無いこと」



「そうだな。じゃあ俺はそろそろ教室に…」


戻る。そう言って立ち上がろうとした時、制服の裾を掴まれた。


「…何してるんだ」


いやほんとに何してんの?


「別になんでもない」


「なんでもないなら手を離してくれ」


いくら俺が日光の影響を受けない吸血鬼だからと言ってもさすがに日光に当たりすぎたら体がだるくなってくるんだよ。


「私に友達がいないから一緒に居て欲しいなんて思ってない」


…友達、いないんすね。


なんだか俺も悲しい気持ちになった。


「はぁ、一緒にいるのが吸血鬼でお前はいいのかよ…」


「忘れたの?学校では私とあなたは先輩後輩の仲。吸血鬼かどうかは関係ない」


なんだその意味のわからんルールは。呆れた俺は再びベンチに腰を下ろした。


その後は黙々とご飯を食べる樹京の隣でただ座っているだけという謎の空間になっていた。


「ご馳走様でした」


樹京がそう言いながら弁当箱を閉めた。


「食べ終わったか?なら俺はもう戻るぞ」


こいつは結局何を考えているんだ?お互い不干渉の方が絶対にいいはずだ。なのに何故こいつは俺に関わって来たんだ?よく分からないが学校で殺しに来ないのならいいか。もちろん気は抜かないが。


「私も教室に戻る」


俺たちは屋上から校舎に入り階段を降りる。


「私の教室はこっち」


「そうか。俺はあっちだからここでお別れだ」


「またね。先輩」


またね…か。あいつはまだ俺に関わってくるつもりか?本当に何を考えているのか分からん…


そんなことを考えていると聞き馴染みのある声をかけられた。


「菜々穂ちゃんと知り合いなの?」


声のした方に顔を向ける。そこに居たのは幼馴染の静菜だった。


「え?あ、あぁ。ちょっとな」


俺はそう返す。


「静菜の方こそ樹京と知り合いなのか?」


静菜は樹京のことを名前で呼んでいた。それなりに親しい仲だと伺える。


「うん。ちょっとね」


同じ言葉で返される。


「そうなのか」


まぁ同じ学校にいるんだから何かきっかけがあれば仲良くなるか。


深く気にとめず午後の授業に戻った。



あとがき

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