疑念
「何をしておるのだ、ショウ」
声が聞こえた方向へ目を向ける。そこには翼を羽ばたかせ空に滞空している我が主の姿があった。
「せ、セラス…」
セラスは樹京の方を冷たい目で静かに見つめながら俺に質問してくる。樹京はセラスを見つめて小さく震えている。咄嗟に消したのかさっきの光の剣は持ち手から生えていなかった。樹京はセラスのことを知っているのか?
「あー…く、クラスメイトの樹京と一緒に帰ってたんだ」
「なっ!」
俺はなんとも無理のある言い訳をする。だって仕方ないだろ!?セラスの目ヤバいって!今にも樹京を殺しそうな目をしているって!樹京も何言ってんだお前みたいな顔してるし…
「そ、そうだろ?(今は合わせておけ!)」
俺が目でそう訴えかけると俺の意図を読み取ったのか樹京は口を開く。
「え、えぇ、そうです。私はクラスメイトの屍君と一緒に帰っていただけです」
「ほう?」
セラスはスっと目を細める。
「ならばショウ。何故家とは真逆の方向にいるのだ?」
「そ、それはだな…そ、そう!樹京を送ってんたんだ!こいつ家がこっち方面らしいんだけど夜遅くで女の子一人って危ないだろ?だから俺が送ってたんだよ」
た、頼む…これでなんとか…
「そうかそうか。たしかにこんな夜中に女を一人にするのは不用心だな」
「だ、だろ?」
いけるか…?
「だがショウよ。そやつはたとえ暴漢に襲われようとも一人でなんとでもできる」
「なに言ってるんだよ…女の子一人だぞ?たしかに何か習ってたりしたら一人くらいは対象できるかもしれないが…複数人で来られたら…」
「それも大丈夫だと言っている。なにせそいつは『掃除屋』だからな」
っ!バレてる!なんでだ?樹京の武器はセラスには見えていなかったはずだ。
「っ!」
隣では樹京が唾を飲む音が聞こえた。
「なぁ、掃除屋の娘よ。どうして掃除屋の制服を来ていて一万年を生きる妾を騙せると思ったのだ?」
は!?お前それ掃除屋の制服だったのかよ!
改めて彼女の服を見てみる。大きめの白いローブに細い黒のラインが少し入ったシンプルな服だ。
「掃除屋の娘。貴様、妾の眷属に手を出して無事で済むと思うなよ?」
そう言いながらセラスが樹京に圧をかける。その圧は凄まじく直接睨まれている訳では無い俺も押しつぶさそうだった。
これを直接受けている樹京はガタガタと歯を鳴らして震えていた。
「ま、待ってくれセラス!俺は別になんともないから!この子を殺さないでやってくれないか?」
「あ、あなた…どうして…」
理屈は分かる。掃除屋は俺たち吸血鬼をただ吸血鬼だからと殺そうとしてくる。それで返り討ちにあって殺されてしまっても文句は言えない…と思う。でも俺はわざわざ樹京を殺したいとは思わない。
「…いいのかショウ。こやつはお前を殺そうとしたのだぞ?まぁ仮にも妾の眷属であるショウは並大抵では殺すことは出来ぬが」
やっぱセラスって格が違うんだろうな。さっきまで俺を殺すという強い意志を持っていた樹京がまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている。
「大丈夫だ。ほら見てくれよ。さっきまで溶けてた手だって今はもう傷一つついてない。流石は夜の王であるセラスの眷属って感じだな」
「クックックッ!そうだろうそうだろう。口の上手いヤツめ」
セラスは愉快そうに笑いながらそう言う。
「おい。掃除屋の小娘」
そう声をかけられた樹京は肩をビクッと震わせた。
「妾は今気分が良い。今回は特別に見逃してやろう。だが次に同じようなことをした時は必ず殺す。必ずだ。いいな。ではショウよ。妾は先に帰るぞ。まだドラマが途中だったのでな」
そう言うとセラスは高らかに笑いながら夜の闇に消えた。あいつ勝手にテレビ見てるのかよ…まぁいいんだけど。
「…どうする?まだ続きやるか?」
俺は樹京にそう問いかける。すると彼女は息を吐きながら口を開く。
「やめておく。たとえここであなたを殺してもさっきの吸血鬼に私は殺される。それだけで済めばいいけど掃除屋まで丸々綺麗に壊されたら笑えない」
確かにそうだと笑う。
「はぁ、あなたのご主人様があんな大物だとは思わなかった」
「セラスのこと知ってるのか?」
「知ってるも何も、私たち掃除屋は全員彼女を殺すためにいると言ってもいい。夜の王。あれは世界の理から離れている」
掃除屋という組織自体がセラスを…
「…どうしてセラスは狙われてるんだ?セラスが何かしたのか?例えば大虐殺をしたりとか」
もしかしたら一万年の歴史の中でそういうことがあったのかもしれない。俺は主のことを全く知らない。あの高貴で畏怖すべき美しき吸血鬼のことを。
…知りたい。
「…確かに彼女は何人も人を殺した」
「っ」
その言葉に少し動揺してしまう。
「でもそれは殺しや強姦なんかを繰り返す犯罪者やクズばかり。そして彼女はその殺した人間の血を吸って一万年を生きている」
確かに人を殺すことは褒められたことではない。それが救いようのない犯罪者だとしても。でも俺は主のその行動を素直に受け入れられた。普通に生活している人を襲っているわけじゃない。それだけで吸血鬼としては十分良識があると言えるのではないだろうか。
「…なら掃除屋全体で狙うような悪質な吸血鬼じゃないんじゃないのか?どうしてお前らは全員で寄ってたかってセラスを殺そうとするんだ?」
俺の胸には小さな怒りがあった。一万年をたった一人で生き抜いてきた高貴な吸血鬼。その想像も出来ないような時間、誰とも共に生きることは出来ないだろう。それがどれだけ孤独なのかは分からない。そして適当なことも言えない。でもそんなセラスを掃除屋は常に殺そうと目を光らせている。どうしてそんなことが出来る。
「…彼女は理から離れた存在。そんな彼女のことを怖いと思わない人は少ない。そして掃除屋の人達は全員彼女のことが怖い。いつか世界を滅ぼそうとするんじゃないかって。だからそうなる前に殺そう。それが私たち掃除屋が存在している所以」
確かに人智を超えた力もつセラスは恐怖の対象になってしまうのかもしれない。でもそれで殺されるのはおかしいだろ。
「…俺はお前たちとは相容れなそうだ」
「そう。安心した。私達も吸血鬼と仲良くする気なんてない。掃除屋は夜の王を殺すことが目的だと言った。でも掃除屋に入ってくる人達は初めからそう思っていたわけじゃない。みんなそれぞれ過去に何かがあった。だからこそ吸血鬼が許せない。私たちがそんな吸血鬼と仲良くなるなんて、反吐が出る」
そう言いながら樹京は俺に背を向けて歩き出す。
「今日のところは引いてあげる。でも次会ったら確実に殺す。たとえそれで私が夜の王に殺されたとしてもそれはそれで構わない。私たちにはその覚悟がある」
「…そうかよ」
俺には全く理解できない話だった。あいつらの過去に何があったのか。それは知らないし知りたいとも思わない。でもだからって吸血鬼を皆殺しにするってのは…違うだろ。
俺はモヤモヤした気持ちを抱えながら家に帰った。
家に着くとドラマが終わって退屈にしていたのか、セラスが近づいてくる。お、おぉう。セラスはとんでもなくグラマラスな体つきをしている。だから何がとは言わないが…とても揺れている。
「よく帰ったな。妾はショウが学校へ行っている間暇だぞ。学校が終わり次第すぐに帰ってくるが良い」
「なんでそんな受けから目線なんだよ…」
「何故だと?それは妾がお前の主だからだ」
「そりゃそうか」
セラスとくだらないやり取りをしていると改めて感じてしまう。セラスは本当に命を狙われなければならない存在なのか?と。
「さぁ、ショウよ。夜はこれからだ。早く妾を楽しませるが良い」
「へいへい。ご主人様の仰せの通りに。…ゲームでもするか?」
「む?なんだそれは!面白そうな響きだ!すぐにするぞ!」
楽しそうな顔をして豪快に笑っている彼女を見る。…俺はそうは思えない。
結局その日は朝までセラスとゲームをして過ごした。セラスはゲームに触れること自体が初めてだったためめちゃくちゃ下手くそだった。俺に一回も勝てないまま学校へ行く時間になってしまった。そのせいで俺が学校へ行っている間に特訓するんだと息巻いていた。
その様子を思い出すと自然と口角が緩く上がってしまう。
学校に着いた俺は学校の廊下を歩いていると既視感のある顔を見つけた。
「…なんでお前がここにいるんだよ」
「…それはこっちのセリフ」
そこには昨日命のやり取りをした相手、樹京 菜々穂がいた。
えぇ…俺、これからやっていけるかなぁ。
あとがき
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