交戦

「え?」


気が付くと俺の世界は反転していた。元々地面があった場所は空に、空があった場所には地面が見える。そんな上下反転した世界で目に映ったのはセラスと戦っていたおっさんが持っていたような異形の武器を持っている少女と首から上が無くなって勢いよく噴水のように血を吹き出している俺の姿だった。


そこで初めて自分が首を切られたのだと自覚する。


「排除完了」


俺の首を手に持っている武器で切ったであろう少女は宙を舞う俺の首を見ながらそう言った。俺は少女に見つめられるまま落下する。そして鈍い音を立てながら地面に激突した。


「い、ってえぇぇぇぇぇ!!」


瞬間、切られたという事実で俺の首は猛烈に熱を持った。切られた場所が焼かれているのではないかと錯覚してしまう程の熱。


普通なら絶対に生きていることの出来ない状況。それでも俺は絶命していない。


「っ?!首を切っても死なない…?まさか上位種!?」


少女は狼狽えながら首から上が無くなってただ立ち尽くしていた俺の身体から飛び跳ねならが距離を取った。


少女の口ぶりからして普通の吸血鬼は首を切られれば絶命してしまうのだろう。それなのに俺がまだ生きていて死ぬ気配がないというのは俺が夜の王と呼ばれ恐れられているセラスの眷属だからだろうか?


辛うじてそんなことを考えるが今にも痛みで精神がおかしくなってしまいそうだ。


「くそ…いきなりなんだってんだ…」


俺は少女を睨みつける。少女も俺の方を睨みつけて片時も俺から目を離さない。


恐らく彼女は掃除屋だ。俺を殺すためにここにいる。


そうしている間に俺の首が疼き出す。切断された首の断面からうねうねと蠢く筋繊維や神経などが急速に全身を形取る。


「…その異常なまでの再生速度…やはり上位種…」


彼女が呟いたように俺の体は既に元に戻りかけていた。既に上半身は再生しており下半身を再生しようと膝あたりまで身体の構造が出来上がってきている。


…どうして効率がいいはずの首が飛ばされた身体から再生しないんだ?明らかに首から身体を再生するのは効率が悪すぎる。


…恐らく吸血鬼の身体の核は脳みそだ。そうすれば彼女が迷いなく俺の首をはねたことも説明できる。確実に殺すなら人間の核である心臓を一突きすれば良かったはずだ。そっちの方が素早く安全に殺せるはずだ。だというのにわざわざ首を狙った。そして彼女は俺を殺したと思い込み「排除完了」と言った。


多分俺の考えは間違っていないはずだ。だが俺が他の吸血鬼と違うところはセラスの眷属だと言うところ。きっと俺だってそこまで位の低い吸血鬼ではないはずだ。きっと位が低かったなら今頃俺の意識は無くなっていただろう。


そうしているうちに俺の身体が完全に再生された。そして首から上が無くなっていた俺の身体は灰になって消え、着ていた服だけがその場に落ちていた。つまり俺はいまフル〇ンだと言うことだ。だが今はそんなことを気に止めている余裕などなかった。今目の前の彼女から目を離せば次は頭が三枚に卸されるかもしれない。


「…」


「…」


そんなことを考えていたのだが彼女は一向に襲いかかってこなかった。なんだ?何を狙っている?俺は彼女の一挙手一投足を見逃さないように…


「…て」


「っ!」


いきなり言葉を発した彼女を警戒する。身体の重心を下げ何時でも動けるように…


「服着て!」


「…は?」


目の前の彼女は顔を真っ赤にして俺から目を逸らしている。…罠か?俺が服を取りに行っている間に後ろから…


「早く!」


「…」


いや、これ本当にただ照れてるだけだな。そう理解した俺は急激に恥ずかしくなりいそいそと地面に落ちていた制服を着た。


「…もういい?」


彼女がそう聞いてくる。


「あ、あぁ」


俺がそう言うと再び彼女は鋭い眼光を俺に飛ばしてくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は争う気は無い!だから武器を下ろしてくれ」


俺は彼女と争う気など毛頭無かった。見たところ彼女は俺と同じ歳くらいだ。この歳で掃除屋になると言うことは吸血鬼と何か因縁があるのだろうか。だとしても俺は別に彼女と殺し合いをしたい訳じゃない。


「…それは無理。あなたが吸血鬼である以上、私は掃除屋としてあなたを排除する」


ダメだ。あの目は決意が固まっている。俺はどうにか話をそらそうと再び話しかける。


「そ、そうだ!き、君、名前はなんて言うの?」


「…名前を聞く時はまず自分から名乗るものでしょ」


そうなのか?


「…屍 翔だ」


「…樹京ききょう 菜々穂ななほ


少女、樹京は武器を下ろすことなく名前を伝えてくる。


「無駄話はもうお終い。あなたを排除する」


「待ってくれ!俺は別に人を無闇に殺したりしてないし、しない!それに君とも争いたくないんだ!」


人を殺したいなんて思わない。し、多分俺には殺せない。人を殺めるという行為が生理的に受け付けないと思う。今まで人間として暮らしてきたんだ。人間の倫理観が俺の中では根付いている。


「…そう。でも私は掃除屋であなたは吸血鬼。それが変わらない限り私はあなたを始末するしかない。吸血鬼は始末する。それが掃除屋」


くそ!ダメだ。埒が明かない。ここは逃げるしかなさそうだ。樹京をよく観察する。きっと身体能力は常人よりも飛び抜けていいんだろう。そうじゃないと吸血鬼に対抗できないだろうからな。武器は… なんだあれ?武器は剣の持ち手の部分だけだった。刃が付いていない。あれでどうやって俺の首を切ったんだ?


ダメだ。深く考えられない。少しでも気を抜けばやられる。いくら死なない。再生できると言っても痛いものはちゃんと痛いのだ。できる限り怪我はしたくない。


「…」


「…」


お互いがお互いを睨み合う。公園に広がるのは静寂。暗闇の中で時が止まったような空間。そんな静寂を破ったのは公園に設置されていた時計の長針が動くカチッという音だった。瞬間、俺はありったけの力を込めて後ろに走り出す。


すると普通ではありえないようなクレーターが俺の蹴った地面に出来ていた。感じるのは風。自分自身が地球を流れる風になったかのよな疾走感だった。


きっとこんな状況じゃなければ楽しかったんだろなぁ…なんて考えている暇はない。後ろをチラッと見てみると少し後ろに樹京がピタッとくっついて走っていた。


どれだけ走っても引き剥がせない。このままじゃジリ貧だ。そう思った俺は走りながら翼を生やす。このままの勢いで空に飛び立てば逃げられるはず…そう思ったのだが、次の瞬間俺の翼が引き裂かれた。


「ぐっ…」


翼にも痛覚あるのかよ!クソいてぇ!


なんだ?どうやって攻撃された?あの武器には刃が付いていなかったはずだ。それでどうやって切ったんだ?


不味いな…このままじゃ逃げきれない。…なら多少力ずくでも無力化して逃げるしかない。


俺は後ろにピッタリと張り付いている樹京に目を向ける。まずは距離を離さないと。


俺は脚に力を入れ激しく地面を蹴る。空中で身体を捻り向きを変える。そして電柱に足をつけて再び強く蹴る。


勢いよく樹京に向かって突撃する。イメージする。想像するのはセラスが初めて戦っていたあの夜。爪を極限まで固め己の武器としていた我が主の姿。


相手を突き刺すために、切り裂くために俺の爪はある。元々、それが身体の一部であったかのように…


瞬間、俺の爪は数センチ伸びありえない固さでありえない鋭利さになった。


「はぁ!」


樹京に向かって爪を振り下ろす。


「くっ!」


樹京は手に持っていた剣の持ち手を自分を守るように前に出す。そして叫んだ。


「顕現せよ!『ウリエル』!」


そう叫んだ瞬間、樹京の持っている剣の持ち手から本来あるはずである刃が生えてきた。


その見た目は正しく光の剣と呼ぶのが適切だろう。眩い光を放つその刀身と俺の爪がぶつか…らなかった。


「がぁっ!?」


いや、正確には俺の爪と樹京の刃は衝突した。だが樹京の光の刃が俺の爪に当たった瞬間、俺の手はぶくぶくと泡を立てながら溶けた。肉が溶け中から骨が見える。焦げた肉のような嫌な匂いが鼻腔をくすぐる。


そんな俺に樹京さ更に追撃してくる。剣を横に薙ぎ払い、縦に振りかざし、頭に突きつけてくる。


俺は手を焼かれる激痛に苛まれながらなんとかその全てをすんでのところで交わして距離をとる。


…俺今人間離れした動きしてたよな。今の斬撃。吸血鬼になる前の俺。人間だった頃の俺なら間違いなく全て食らっていたはずだ。てか切られたことすら気づけないと思う。それが剣筋が見えた。ようやく自分が人間では無い吸血鬼だということの実感が少しだけ持てた。


溶けた後も少しの間ぶくぶくと泡を立てていた手は既に再生を始めている。指の第二関節程までは再生した。…なんだか再生が遅い気がする。気のせいか?


しかしなんだあれ…刀身がなかったと思ったら急に光の刃が生えてきた。何かあるとは思っていたが…なんだよあれ!あんなの強すぎるだろ!なんで触れた方が溶けるんだよ。


あの刃には触ってはいけない。あの刃自体、高温なんてものじゃない。触れたものを瞬時に溶かすとかどんだけ熱いんだよ。


「…どうすっかな」


正直言えば万事休すだ。俺は昨日吸血鬼になりたて。戦闘は素人同然。しかし向こうは違う。吸血鬼を殺すためだけに存在している組織だ。相応の訓練はしているだろう。


死なないのを利用して無理やり逃げ切る?無理だ。俺と樹京の足の速さはほとんど一緒だ。突き放せない。力ずくで無力化する?これも無理。さっきのちょっとした戦闘でそれが分かった。俺は格下だ。


…これ詰んでね?


「…無駄な抵抗は辞めて。そうすれば苦しませずに殺せる。でも抵抗するなら…苦しむことになる」


目の前の樹京は決して油断することなく俺にそう伝える。樹京の表情は常に無表情だ。その表情からは何を考えているのか分からない。


「なぁ、頼むよ。見逃してくれ。絶対に悪いことしないから」


俺は命乞いをしてみる。これで許して…


「だから無理だと言っている。大人しく死んで」


わけないですよねぇ…まじでどうしよう。俺本当にここで死ぬのか?せっかくセラスに生き返らせて貰ったのに?いや死んだ原因もセラスなんだけど…


「対象を排除する」


そう言った樹京は俺に肉薄する。それは今までで一番速く俺では到底避けきれない速さだった。



「何をしておるのだ、ショウ」


声がした。俺の事を勝手に吸血鬼化させた偉大なる我が主の声が。



あとがき

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