遊び

俺は家につくと軽く息を吐いた。今日あったことを軽く振り返る。現実だと思えないようなことばかりだった。


美女とおっさんが戦っていると思ったら死にかけて、目が覚めたら吸血鬼になってました。なんて誰が現実だと思う?


こんなことを誰かに話したらきっと正気を疑われてしまうだろう。俺だって誰かにそんなことを言われたら何言ってるんだこいつ…となるだろう。でもそれが自分の身に起きたのなら話は別だ。


信じられないが信じるしかない。俺はそこまで考えて口を開く。


「…それで、なんでお前が俺の家までついてきてるんだよ!」


既に我が物顔で俺のベッドに腰掛けているセラスに向かってそう言う。


「別に良いではないか。今は一人暮らしなのだろう?ならば問題は無いはずだぞ?」


問題大アリだろ…事の発端はセラスと握手を交わした後だった。


「それじゃあ俺は帰るから」


「ショウは一人暮らしをしているのか?」


「そうだけど…なんでそんなこと聞くんだ?」


「ふむ…なら妾もショウの家に行こう」


という感じだ。なんどついてくるなと言っても聞かなかった。結局根負けして家までついてきてしまったというわけだ。


「はぁ、ちょっと待ってろ。来客用の布団出すから…」


そう言って俺は押し入れから布団を取り出そうとするとセラスが声をかけてくる。


「何を言っている。妾らに睡眠は必要ないぞ?」


「は?」


いや待て…確か吸血鬼って夜行性だったような…


「妾らは別に眠る必要は無い。むしろ寝れん。食事も人間の血を一吸いすれば十年は生きられる。日光やニンニク、十字架なども妾ら程上位の吸血鬼ならなんの障害にもならん」


つまりなんだ?吸血鬼としての強みは持ちつつ一般的に吸血鬼の弱点だと言われる部分はないってことか?上位吸血鬼チートすぎだろ。


待てよ?今セラス寝れないって言ってたよな?


「なぁ、寝れないってことは今までどうやって過ごしてきたんだ?」


やることがなければ寝てしまえばいい。だがそれすら出来ないのだとしたらセラスは一万年もの時間、どうやって過ごしてきたのだろう?


「別になんということはない。ずっと一人で居ただけだ。フラフラさまよったり、意味もなく空を見つめてみたり、あぁ、たまに襲いかかってくるあやつらを相手にしたり、ただそれだけのことよ」


セラスはそれだけの事だと言い切って見せた。だが普通はそんなふうに割り切れるわけが無い。気が遠くなるほどの長い時間、ずっと一人で…しかも常に命を狙われ続けるなんて精神がおかしくなってしまったっておかしくない。


そしてそんな時間、自我を持ち続けてきたからこそ夜の王と呼ばれる程の場所まで上り詰めたのだろう。そんな高貴な吸血鬼の眷属になれるのは光栄なことなんじゃないだろうか。まぁそれで態度を変えたりはしないけど。


「だがそれも今日からは変わるかもしれないな。なんせ初めて眷属が出来たのだからな」


セラスは愉快そうに笑う。


「そう、か」


セラスは今までが当たり前すぎて一人でいることが当然だと思ってしまっているのかもしれない。彼女は退屈が当たり前でそれ以外の人生を知らないのかもしれない。


俺はそんな彼女に退屈以外の人生を知ってもらいたいと思ってしまった。


「なぁ、セラス」


「なんだ?」


「今から遊びに行かないか?」


「遊び?妾ら吸血鬼に出来る遊びなど限られているぞ?空を飛び回って競争をするくらいしかないと思うが」


え、何それ楽しそう。今度空の飛び方教えてもらおう。違う違う。そうじゃない。


「それは吸血鬼の遊びだろ?人間の遊びだよ」


「なに?」


セラスの眉がピクっと動く。どうやら少しは興味を引けたようだ。


「俺は今日まで人間だったんだ。セラスの知らないような遊びだって当然知ってる。どうだ?」


セラスはクックックッと笑いながら口を開く。


「人間の遊びか。今まで考えたこともなかったぞ。やはりショウを眷属にしたのは正解だったようだ」


セラスの反応に俺は自然と笑顔になる。


「なら行くか」


「あぁ、妾を楽しませてくれ」


俺たちは再び真っ暗な世界に足を踏み入れた。そして様々な場所に行った。


ボウリングに


「見ろショウ!三本も倒れたぞ!」


ゲームセンター


「くそ!あとちょっとだ!もう一回!」


バッティングセンターまで行った。


「ハッハッハッ!普段妾が相手をしている連中に比べて格段に遅いわ!」


そして家に帰ってきた。


「どうだ?人間の遊びもそんなに悪くないだろ?」


「そうだな。本当に久しぶりに楽しかったぞ」


セラスは愉快そうに笑う。


「さて、次は妾の番だな」


「え?何の話だ?」


俺はセラスの発言の意味が分からずそう聞き返す。


「ショウは妾を楽しませてくれた。ならば次は妾がショウを楽しませる番だろう」


そう言ってセラスはおもむろに俺の手を取った。


「お、おい」


どこへ行くんだ。そう言おうとした瞬間、セラスはベランダへと続く窓を開けそのまま飛び降りた。


「は?」


形容しがたい浮遊感に襲われる。


「お、おおぉぉぉいいぃいぃ!!何やってんだァァァ!!」


「クックックッ!そう怯えずとも良い。忘れたのか?妾らは吸血鬼だ」


そう言うとセラスが見惚れてしまう程立派な翼を広げた。その瞬間、落ちていく世界は止まった。そして高度を上げていく。


だが俺は彼女に手を掴まれてただ宙ぶらりんになっているだけだ。


「お、おい!絶対に離さないでくれよ?!」


「クックックッ!ショウ、今からどうやって翼を出すか教えてやろう!」


高らかにそういうセラスは説明を始める。


「いいか?大切なのはイメージだ。簡単なのは鳥だな。鳥が飛んでいる映像を自分に置き換えるのだ。自分には最初から翼が生えていたのだと、そう思うことが大切だ。では、がんばれ」


そう言うとセラスは突然俺の手を離した。


「は?」


瞬間、再び形容しがたい浮遊感が遅いかかってくる。


「セラスウウウウゥゥゥ!!」


叫びながら落ちていく俺の隣でセラスが同じように落ちている。


「クックックッ!早く翼を出さないとこのまま地面に激突してしまうぞ?」


まずいまずいまずい!このまま激突してしまっても多分俺は死なない。だがとてつもない痛みに襲われることは明白だろう。それは絶対に嫌だ!


イメージしろ…自分には元々羽が生えていたんだ。そう。それは身体の一部だ。


すると背中に違和感を覚えた。モゾモゾと何かが背中の皮膚の下で蠢いているようなそんな気持ち悪さを感じた。


だが今はそんなことを言っている暇はない。このままでは本当に地面に激突してしまう。


必死になってイメージを固めた。セラスは鳥がイメージしやすいと言っていたが俺的にはコウモリがイメージしやすい。吸血鬼がコウモリだというイメージが強いからなのかは知らないがそれが一番ハッキリとイメージ出来た。


これ以上ないくらいイメージを固めた。すると突如、背中から何かが生える感触を覚えた。


驚いて後ろを振り返ってみるとそこには立派な羽が生えていた。


「ほう!なかなか筋がいいな。だが羽が生えても動かさなければそのまま落ちるぞ?」


そう。俺はまだ地面に向かって急降下中だった。


「羽を動かすのもイメージだ」


セラスは短くそう伝えてくる。


羽を生やしたことでイメージの仕方が分かったのか羽の方は直ぐに動き出した。


そして俺は宙に浮いた。


「…す、すげぇ」


独特の浮遊感、普段見ることの無い景色、自分が空を飛んでいるのだという実感。そのどれもが初めての経験だった。心臓の鼓動が速くなるのがわかる。気分が自然と高揚する。


今まででも俺にとって特別だった夜が更に特別になる。そんな気がした。


「初めてにしては上出来ではないか」


セラスがそう言いながら俺の隣に来る。


「本気で死ぬかと思ったぞ…」


「クックックッ!何度も言っておるだろう?妾ら吸血鬼は簡単には死ねんと」


ん?なんだかセラスの言い回しに少し違和感を覚えたがその違和感の正体がなんなのか今の俺には分からなかった。


「それはそうだけど…」


「して、どうだ?初めて自分で空を飛んでみた感想は」


「…なんて言うんだろうな。すげぇワクワクしてる」


「クックックッ!それは結構!さぁ、夜の空中散歩とでも行こうではないか」


そう言って飛び立ったセラスの後を追うように俺も更に高度を上げる。


この日、俺は夜の王、センピティーヌ・ロウン・セラスの眷属、吸血鬼になった。



あとがき

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