眷属

?ここはどこだ?見渡す限り何も無い真っ暗な世界。


あれ?俺、さっきまでなにしてたんだっけ?ダメだ…上手く思い出せない。


それにしてもここは本当にどこなんだろう?そんなことを思っていると突然、何かが身体にまとわりつく感覚に陥る。


「な、なんだ?!」


俺が慌てて自分の身体を確認すると、俺の身体に赤黒いモヤのようなものが絡みついていた。


「なんだこれ!」


必死に手でそのモヤを振り払おうとするが全く離れない。むしろもっとモヤが俺の身体を覆う。


なんだこれ。まるで身体の中から構造を変えられているような…


そこで俺は目が覚めた。


「あれ…俺なにして…」


俺の目には広大に広がる夜空が写っていた。そして背中には硬い感触があった。どうやら俺は地面に寝そべっているようだ。


それを理解した俺は上半身だけを起き上がらせる。すると至近距離にとてつもない美女の顔面が広がった。


「起きたか」


「…」


俺はしばらく固まる。そしてこの美女が誰なのか思い出した。こいつは…さっきまで戦っていた吸血鬼?!


「うわあぁぁ!!」


それを理解した瞬間、俺は叫んで後ろにたじろぐ。そんな俺に驚いたのか吸血鬼も少しだけ身体をビクッと震わせた。


「びっくりしたではないか…いきなり叫ぶでない」


「な、なななな…」


俺は全く状況が理解出来ていなかった。


「ん?」


俺は確かに胸を貫かれたはずだ…それも絶対に助かるはずのない心臓を。なのに俺は生きている。もしかしてさっきまでのは夢だったのか?そう思い自分の胸を見てみる。だがそこには無惨な破れて真っ赤に染まった制服があった。だが胸に触れてみると傷がなかった。どういうことだ?それにさっきの男は…


「お、俺はさっき確かに胸を貫かれて死んだはずだ…な、なのになんで生きてるんだ?」


俺は目の前の彼女にそう聞く。すると彼女はあたかも普通のことのようにこう言った。


「あぁ、間違いなくお前は死んでいたぞ。いや、正確に言うなら心臓を貫かれていてあと数秒もすれば死んでいた。


やはり俺は心臓を貫かれていた。


「な、ならなんで生きてるんだ?」


「それは妾がお前を吸血鬼にしたからだ」


「は?」


思わず呆けた声が出てしまう。吸血鬼?俺が?そんなわけないだろう。俺は正真正銘人間だ。目の前の彼女とは違う。


「そんな訳ないだろ?俺は人間だ」


「確かにさっきまではそうだったろうな。でも今は吸血鬼だ」


そんな…そんなはずない。


「そんなはずないだろ?もし本当に俺が吸血鬼だって言うんなら証明してみてくれよ」


目の前の彼女はそう言うがやっぱり俺は信じられない。自分が吸血鬼だなんて…


「ふむ。いいだろう」


そう言うと彼女は右手を振り上げたかと思うと勢いよく振り下ろした。


「え?」


途端、左腕に激痛が走る。恐る恐る見てみるとさっきまでそこにあったはずの左腕がなかった。本来なら俺の左腕であるはずのそれは彼女の右手に握られていた。つまり俺の左腕は彼女に千切られたのだ。無理やりに千切られた俺の左腕は筋肉の繊維やボロボロになった骨が露呈していて大量の血を流している。


「う、うわぁぁぁ!」


それを理解した瞬間、俺は叫びながら左腕を抑えた。


「な、何すんだよ!」


痛みでどうにかなってしまいそうな精神をなんとか保ちながら俺の左腕を持っている彼女を睨みつける。


「何って、お前が証明して見せろと言ったんだろう」


「しょ、証明って…俺は人間なんだから…」


「ならその左腕はなんだ?」


「え?」


そう言われて俺は自分の左腕を見る。するとそこにはさっきまだおびただしい程の血を流し、筋肉の繊維が垂れボロボロの骨が露呈していた腕がおぞましく蠢いていた。


「な、なんだよこれ…」


それが自分の腕だとは思えず戦慄していると彼女が口を開く。


「再生しているのだ」


「さ、再生?」


「そうだ。吸血鬼である妾らは並大抵のことでは死なん。たとえ四肢を欠損しようが瞬く間に再生して元通りになる」


その言葉を裏付けるかのように俺の左腕は瞬く間に伸びていく。千切れてしまっていた左腕が骨を再生し繊維を伸ばし皮膚が覆っていく。


そして瞬く間に俺の左腕は元通りになってしまった。


「まじかよ…」


それを確認して俺は自分自身が人とは違う生物になってしまったのだと理解した。


「これで分かったであろう?お前はもう人間ではないのだ。妾と同じ吸血鬼になった」


もうそれは否定しようのない事実だった。


「どうして…どうして俺を吸血鬼にしたんだ?」


俺は何故彼女が俺を吸血鬼にしたのか分からなかった。もしかしたら自分の攻撃のせいで命を失ってしまった俺に対して申し訳なく思っているのかもしれない。


「吸血鬼にした理由?そんなの気まぐれに決まっておるだろう?」


だが彼女はあっけらかんとそう言った。


「き、気まぐれ?」


「そうだ。気まぐれだ。別にお前があそこで死んでいても妾はどうでも良かった。ただ何となくお前を吸血鬼にした。それだけだ」


なんだそれ…でも実際、こうやって生きているのだから彼女に感謝するべきなのか?


「そ、そうだ。さっきの武器を持った男はどうしたんだ?」


さっきから気になっていた。あんなに激しく戦っていたのに今はそれが嘘かのように静かになっていた。あの男はどこへ行ったのだろう?あの矢の雨から逃げたのだろうか?


「あぁ、それならここだ」


そう言って彼女は地面にある『それ』を拾った。


俺は『それ』を確認した瞬間、胃の中の内容物を吐き出してしまった。


「う、うおぇ!」


「うわっ!ばっちぃ!何をいきなり吐いておるのだ!」


目の前にいた彼女は俺から距離をとる。だが彼女の握っている『それ』が彼女の動きに同調して揺れる度に俺の気分は悪くなる。


彼女が持っていたのは…先程まで大きな武器を持って戦っていた男の頭だった。


「だ、だって…それってつまり…殺したってことだろ?」


「何を当たり前のことを言っておるのだ?」


ダメだ。彼女と俺では根本的に生きている世界が違う。瞬間的にそう悟った。


「なんでそんなこと…」


「こやつは妾を殺そうとしていたのだぞ?抵抗しなければ妾が殺されていた」


理屈だけ聞けばそれは至極真っ当なことを言っている。だが俺の精神がそれを否定していた。今まで人として培ってきた理性。人を殺してはならないという当たり前だった常識が。


「それにこんなもので吐かれていては困るぞ?」


それはどういう…


「お前もこれからこやつらと同様の人間に命を狙われながら生きていかねばならぬのだからな」


「は?」


なんで俺が命を狙われながら生きていかないといけないんだ?


「こやつは『掃除屋』。妾ら吸血鬼を殺すことを目的とした組織だ」


「そ、『掃除屋』?」


「あぁ、そうだ。こやつらは吸血鬼を殺すことに特化した組織だ。そしてそれはいつなんどき襲いかかってくるか分からない。さっきの妾だっていきなり襲われたのだ」


「…どうして吸血鬼は『掃除屋』に狙われているんだ?」


何か悪いことでもしているのだろうか?


「妾らが『吸血鬼』だからだ」


「え?」


言っている意味が理解出来なかった。吸血鬼だから殺されるのか?


「な、何か悪いこととかしたとかじゃなくてか?た、たとえば見境なく人を殺したりとか…」


「そんなことする訳ないだろう?他の奴らはどうか知らんが妾はただ気ままに生きているだけだ」


ただ生きているだけで命を狙われる…


「な、なら俺みたいな眷属みたいに大量に人の血を吸って眷属にしたりとか…」


「そんなこともする訳ないだろう。血を吸っただけでは眷属にはならんぞ?明確な意思をもって眷属にしたいと思わなければ眷属には出来ない。そもそも妾はお前が初めての眷属だ。それに妾程上位の吸血鬼になれば少しの血を吸っただけでも十年は問題なく生きられる」


だったら…


「本当に『吸血鬼』だからって理由だけで命を狙われてるのか?」


「だからそう言っておるだろう。『吸血鬼』とはそう言う存在なのだ」


それを聞いた俺は正直、理不尽過ぎると思ってしまった。確かに暴虐の限りを尽くしている吸血鬼などは殺されても仕方がないと思ってしまうが…彼女のようにただ生きているだけで殺されるなんて…そんなのあまりに酷すぎる。


「…お前はそれで平気なのか?」


「妾はこんな奴らには殺されぬ。せいぜい羽虫を払うのと同程度だ。だからいくらこやつのような奴らが殺しに来ても気にもとめん」


確かに俺の見た圧倒的な力をもつ彼女はそうなのかもしれない。でも他の吸血鬼は?彼女の口ぶりからするときっと他にも吸血鬼はいるのだろう。そんな彼ら、彼女らは?どうしても吸血鬼全てが殺されなければならない存在には思えなかった。


「そう、なのか」


「あぁ。だがこれからはお前もそうなのだぞ?」


…そうだった。俺も吸血鬼になったんだった。


「まぁ妾の眷属だからほとんどは大丈夫だろうが…」


「そんなに俺って強いのか?」


「当たり前であろう。一万年を生きてきた妾の眷属なのだぞ?そんな簡単にくたばるわけなかろう」


「い、一万年!?」


そ、そんな長い間を彼女は生きてきたのか…一体どんな感覚なんだろうな。到底分かるわけないことを考えてしまう。


「そうだ。案外不死身というものは退屈でな。どんなに強くなっても退屈というものは一番の敵でな。だがこれからはそれもマシになりそうだ」


「…ん?どういうことだ?」


なんだか嫌な予感がする。


「どういうことって、何を呆けたことを言っておるのだ?これからは眷属であるお前と永劫とも言える時間を過ごすのだ。当然、一人の時よりは退屈では無くなるだろう」


「お、俺も時間の概念が無くなったのか?!そ、それと俺と一緒に過ごすって…なんで?」


「今まで生きてきてお前のように妾に話しかけて来るものはいなかったのだ。誰もが妾を恐れる。だがお前は妾を恐れるどころか無礼とまで言えるような態度だ。夜の王とまで呼ばれた妾をだ。妾はそれが気に入った。やはりお前を眷属にしたのは間違いではなかったようだな」


そう言って彼女は愉快そうに笑い出す。


「まじかよ…」


俺は何も言えなかった。あまりにも実感が無さすぎる。俺はこれから死ぬこともなく永遠と生きていく。その実感が。


「そういえばお前の名前を聞いていなかったな」


そういえばそうだと思い俺は名乗る。


「あ、あぁ、そうだったな。しかばね しょうだ」


「ふむ。ショウか。妾はセンピティーヌ・ロウン・セラスだ。セラスと呼ぶがいい」


「あぁ、分かった。よろしくな、セラス」


「クックックっ!いきなり呼び捨てか。いいぞ、それでこそ私の眷属に相応しいと言うもの。こちらこそよろしく頼むぞ、ショウ」


そう言って俺たちは握手を交わす。


「これから長い付き合いになりそうだな」


セラスがそう言う。


「…本当にな」


俺はセラスが言う長い付き合いがどれほどの長さなのか想像出来なかった。


そんな俺の思考を読んだのかそんでないのか分からないが、セラスは愉快そうに笑っていた。



あとがき

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