夜の王の眷属
Haru
現実?
「おい、知ってるか?吸血鬼の噂」
「は?なんだよそれ」
「なんか最近、この近くででっかいコウモリの翼が生えてる人間を見かけたって奴がいるんだよ」
「なんだそれ。そんなのあるわけないだろ?どうせ寝ぼけてて見間違えたとかだろ」
「俺もそうだと思うけどよー、でももし本当なら面白くね?」
なんて会話が俺の前の席で繰り広げられている。吸血鬼、ねぇ…まぁ普通に考えてありえないよな。
吸血鬼なんて漫画や小説の中の話だ。現実に存在しているはずがない。もしそんな生物が存在してたら現実はとんでもないことになっている。血を吸われただけで眷属になるんだろ?それなら今頃地球は吸血鬼だらけになってる。
現実ではありえない存在。だから人は想像することで楽しむ。もし吸血鬼が当たり前にいる世界ならだれも漫画や小説なんかで扱ったりしないだろう。
そんなことを思いながら今日一日過ごした。
その日の放課後は委員会活動があった。珍しく夜遅くまで学校に残っていなければならなかった。
クソ…何が三十分で終わるだ…結局三時間も拘束された。本当なら俺も友達も和気あいあいと放課後に遊ぶ予定が…うん。ない。俺はぼっちだからな。自分で言って悲しくなる現実から目を逸らしながら学校を出る。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「真っ暗だな」
だが俺は夜が嫌いじゃなかった。夜は静かでいい。普段は明瞭に見えている世界がまるで数メートル先までしかないような錯覚に陥る。
あれだ。狭くて暗いところが好きなんだ。なんというか落ち着く。
耳を澄ませば小さな物音が聞こえてくる。草が風で揺られる音だったり民家から聞こえてくる雑踏だったり。全ての音が小さく聞こえる。 夜という世界では俺は自由だ。周りの目を気にしなくてもいい。まるで俺が世界の中心にいるかのようだ。
だからこそ普段は聞こえないような音が気になる。
「…なんだ?」
何やら金属同士がぶつかるような硬い音が聞こえる。
普段の俺なら気になっても何もしなかっただろう。でも今の俺はどこかこの夜という暗闇に浮かされていた。何故か音のする方に足を向けていた。
足の向かう方向は帰り道とは逆方向。でもそれほど離れていない。近づく度に少しずつ音が大きくなっていく。
徐々に、徐々に近づく音に俺は少しワクワクしていた。夜という俺にとって特別な世界で未知の音がなっている。そのことがどうしようもなく楽しかった。
やや早まる足と鼓動を落ち着かせながら音のなる方へ向かう。
もうすぐだ。
そしてその音の正体が目に入る。
「…は?」
それを見た俺は理解が出来なかった。まず最初に抱いた感想。それは『なんだこれ』。いや、分かっている。音の正体は俺の知っているものだった。だがそれはありえないと俺の脳が言っている。
だってそれは…現実にいるはずのないものだったのだから。
そこには大きなコウモリのような羽を背中に生やした吸血鬼と変わった形の武器を持っている…多分人間だと思われる男が戦っていた。
吸血鬼は羽で夜空を縦横無尽に飛び回りながら鋭く伸びた爪で男を攻撃していた。そして男の方も変わった形の武器を迫り来る吸血鬼に向かって振るっていた。その爪と武器がぶつかる音こそが俺の聞いた音の正体だった。
「い、いやいや…ありえないだろ?」
吸血鬼は鮮血よりも紅い真紅の瞳と夜だというのに煌びやかにたなびいている美しいプラチナブロンドの髪、外国人を彷彿とさせるグラマラスな身体をしていた。そしてその口元は大きく笑っていて余裕を感じさせた。
一方で男の方は年季を感じさせるシワとそれに不釣り合いな程屈強な肉体で武器を振り回し、強く歯を食いしばりながら吸血鬼と相対していた。
一件すると互角に戦っているように見える。だが違う。吸血鬼があまりにも余裕そうに見える。
「ほらほらどうした!?威勢が良かったのは最初だけか?」
吸血鬼が空に浮かびながら挑発するようにそう叫ぶ。
「チッ!抜かせ!」
そう言うと男が地面に武器を突き立てる。武器は持ち手が俺の知っている普通の剣よりも長い。だが長いと言っても槍のように長いという訳では無い。槍の半分位の長さの持ち手だ。そしてもう半分が大きな刃となっていた。
そんな武器の持ち手を地面に突き刺して男が叫ぶ。
「顕現せよ!『ラギュエル』!正しき秩序の天使の名のもとに混沌を招く彼の者に裁きを!」
男がそう唱えると武器の刃の部分が変形し、大砲と見紛う程大きな銃身が現れた。
「くらえ!」
その言葉を合図に大きな銃身から目が焼かれるような光が放たれた。この状況がよく分かっていない俺でも分かる。あの超高質量のビームが当たれば塵一つさえ残らないと。
だがそんなビームが向かってきている等の本人である吸血鬼は全く避ける気配がない。
な、何やってるんだ?!
そんなことを思っていたのもつかの間、超高速で放たれたビームは瞬く間に吸血鬼を包み込んだ。その勢いを殺すことなく放たれたビームは夜の暗い空を貫き宇宙へと消えた。
「…やったか?」
男が吸血鬼がどうなったのかを伺うように空へ目を向ける。
俺はまださっきのビームによって目を開けられていなかった。
「なっ!ば、ばかな!」
だが男の反応で分かる。奴がいるのだと。ようやく開くようになった目で素早く空を確認する。そこにはあくびをしている吸血鬼がいた。
「それで終わりか?」
吸血鬼は退屈そうにそう呟く。
「クソ!化け物め!」
男は悪態をつきながら地面に突き刺した武器を手に持つ。既に銃身は再び刃へと変わっていた。
「なんだ…本当にもう終わりか。なら次は妾の番だな」
そう言うと吸血鬼は夜空に向かって右手を高らかに突き上げた。月に被さって宙に浮く吸血鬼は神々しいとさえ思える。
「さぁさぁ、妾の言葉に応えよ。赤よりも赤く、黒よりも黒い鮮血の矢よ」
吸血鬼が何か呪文のようなものを唱え出す。その瞬間、吸血鬼の背後に無数の赤黒い矢のようなものが出現した。増え続ける矢はは留まることを知らずこの夜空を埋めつくしてしまうのではないかと思うほどに増えていく。
「妾の敵はそこにおる。好きに貫いてしまうがよい。『ブラッディ・アロー』」
そう言い、頭上に突き上げた右手を勢いよく振り下ろした瞬間、吸血鬼の背後に浮かんでいた無数の矢はまるで腕に引っ張られるかのようにぐわんと揺れる。そして瞬間、男に向かって無慈悲に降り注ぐ。
無数の矢が砂埃を立てながら次々と地面に突き刺さる。
「アハハハハハハ!」
それを眺めている吸血鬼は愉快そうに空を見上げながら高らかにわらっている。
そんな吸血鬼を見て恐ろしいと同時にこう思ってしまった。
美しいと。
見とれていた俺は気付かなかった。いまだ広範囲に降り注ぐ矢の雨の射程範囲に自分が入ってしまっていることに。
突如、胸に激痛が走る。
「え?」
空を見上げていた俺はゆっくりと視線を下に落とす。そこには赤黒い矢が胸に刺さり、その矢よりも更に赤黒い血を流している自分の身体があった。
「う、嘘だろ…」
そう言った瞬間、俺の意識は途切れた。
あとがき
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