第16話 未練タラタラタラバガニ

「そんな感じで、ボクはノア……様の元を去ったんだ……」


 シアンたちはカフェのテラス席に座っていた。

 シアン、ノア、エリシアが三角形を作るように並んでいる。


「……そして私が襲われたことを知った教会が激怒。多方面の協力によって『黄金の環』は壊滅状態となりました」

「ボクはその時に逃げ延びた教団幹部に奴隷として売られて、前の主人に買われたんだ。その主人も捕まって、今はグレイシア家に仕えてるけど」

「な、なるほど……二人がなんで知り合いなのかはよく分かったわ……」


 エリシアはひくひくと笑顔を引きつらせていた。

 怒っている感じではない。例えるなら『何やってんだコイツ!?』とドン引きしているような表情だった。


「……ところで、シアンはどうして女子の制服を着ているんですか?」

「な、なんというか……深い事情がありまして……」


 ノアが不思議そうにシアンを見つめる。

 だが馬鹿正直に『主人の裸を見て、男だとバレたら処刑されるから』とは言えない。


「……もしかして、レイラ様にいじめられてるんですか?」

「い、いやいや、違うよ!? レイラ様はとても良くしてくれてるし、ボクの恩人だから……」

「そうですか……」


 ノアはどこか残念そうにうつむいた。

 もしかすると、シアンとレイラの仲が悪いことを期待したのだろうか。


(……いやいや、ノア様はそんなこと考えないよね)


 ノアは心優しい聖女だ。人の不幸を期待することなんてない。

 もっとも、どんなに心がキレイな人でも、大切な物を取り返すためなら汚いことも考えるかもしれないが。


「……ごめんなさい。教会の公務があるから失礼しますね」


 ノアは護衛の騎士をちらりと見た。

 騎士はしきりに腕時計を確認している。たしかに、ノアは時間に追われているらしい。


「ねぇ、シアン……」

「何ですか? ノア様」

「あの……なんでもないです」


 ノアはためらいながら口を開いたが、すぐに閉じてしまった。

 名残惜しそうにシアンを見つめながらも『さようなら』と言って立ち去った。

 シアンたちはノアを見送る。そしてノアが完全に立ち去ると、エリシアは頭を抱えた。


「……なにこれ、どういうこと!?」

「びっくりした……急に大きい声出さないで?」

「大きい声も出るわよ!? なに、今の雰囲気!? 完全に未練タラタラタラバカニのカップルじゃん!?」

「タラバガニ……? いや、ボクとノア様はそんな関係じゃないよ? た、たしかに告白はしてもらえたけど……」

「キミがそのつもりじゃなくても、相手はそのつもりなのよ!! あんまりボケナスかましていると、いつか背中から刺されるからね!?」

「なにそれ、怖い……」


 いくら怖がっても、事実なのでしょうがない。

 少なくとも、ノアはワンチャン刺してきそうなくらい好感度が上がっていることは確かだ。

 そして、シアンが好意に鈍感なのも事実だった。


「それにしても、相手が悪すぎるわ……よりにもよって、『ノア・セラフィエル』を攻略してるなんて……」

「なんで、エリシアはそんなに困ってるの? ボクとノア様が知り合いだと問題があるの?」

「問題がおおありよ! ノアがゲームの主人公なのよ!?」


 ゲームの主人公。

 つまり、エリシアが前世で遊んだ乙女ゲームの主人公が、ノアだったらしい。


「主人公……じゃあ、ノア様が男の人を攻略するってこと? レイラ様のためでも、ノア様の恋を邪魔するのは嫌だな……」

「うっさい馬鹿」


 シンプルに罵倒が飛んできた。


「どうせ、そうはならないわよ! ならないから、困ってるんでしょう!? ああ……ノアが誰も攻略しないとストーリーが崩れて先が分からなくなる……そもそも、誰も攻略できないとバッドエンドで帝国が滅ぶのに……」


 エリシアはわしゃわしゃと髪をかき乱す。思ったよりもヤバい状況らしい。

 シアンは少しでも落ち着いて貰おうと、エリシアの髪を撫でた。


「せっかく、キレイな髪なんだから乱暴にしたら駄目だよ? とりあえず、落ち着いて話し合ってみようよ」

「そ、そうね……ありがとう……」


 エリシアは頬を赤く染めながらも、落ち着きを――


「って、キミのそういう所のせいで事態がややこしくなってるんだけど!?」


 やっぱり駄目だった。さらにヒートアップしてしまった。


「ご、ごめん。とりあえず、ボクにできることなら何でもするから……なにをしたら良いのか教えてくれないかな?」

「『何でも』って言ったわね?」

「ぼ、ボクにできることなら……」


 エリシアがグッと迫って来たので、シアンは思わず体を引いた。

 もしかして、すごく大変な事を命令されるのだろうか。

 シアンはドキドキと胸を鳴らす。


「それじゃあ、とりあえずノアとの関係をスッキリさせなさい」


 しかし、エリシアから言われたのは、あっさりとした指令だった。

 思わず拍子抜けである。


「……スッキリって?」

「ノアの様子を見た感じ、キミに色々と話がありそうだったわ。それを終わらせてきなさいって言ってるの」

「な、なるほど……?」


 ノアとシアンは喧嘩別れのように離れてしまった。

 しっかりと話し合いをしなければ、前のような関係には戻れないだろう。

 実際にノアは何か言いたそうにしていたのに、言葉を飲んで帰ってしまった。


(ちゃんと話し合って、仲直りしてこいって意味かな?)


 シアンはそう解釈した。

 まぁ、その解釈が合っているかは別の話なのだが。


「もう一回、ちゃんとフラれれば未練も無くなって、新しい恋を始めるかもしれないわ。そうなればストーリーも元通りになって、先が見通せる……よし、私ってかんぺきー」


 ノアの独り言は、シアンの耳には届かなかった。

 エリシアの計画が完璧かは知らないが、少なくともシアンのボケナス具合を見誤っていただろう。

 ノアに気をつかって、直接的に『フッてこい』とは言わなかったのが敗因であった。

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