第15話 告白
「――貴様!?」
シアンを見て、襲撃者が飛び退く。
その手に光る黒いナイフは、赤い血に濡れていた。
「っ!? シアン、あのナイフには毒が塗られているの!? 早くなんとかしないと!!」
ノアは垂れる血を見て叫んだ。
そう、襲撃者たちのナイフには動きを阻害する毒が塗られている。
ノアは軽るく肌を裂かれただけで、すぐに毒が回って動けなくなった。
このままでは、シアンまで毒にやられてしまう。
――しかし、シアンには変化が無かった。
毒によって倒れることもなく、ただ変わらず襲撃者たちを睨んでいる。
「……知っています」
シアンは気まずそうに目を伏せた。
犬がいらずらを叱られている姿にも似ていたが、それよりもずっと苦しそうだった。
「知ってるって……なんで――」
「貴様ぁ!! 教団を裏切るつもりか!?」
戸惑うような呟きは、怒号によってかき消された。
襲撃者の一人が、血走った目でシアンを睨みつける。
先ほどまでは淡々と命を奪っていた襲撃者たちが、シアンには明確な憎しみを向けていた。
ノアは襲撃者が口走った言葉を繰り返す。
「教団……」
「……『
「聞いたことは……あります。帝国全土で秘密裏に活動している宗教団体ですよね……」
帝国の国教は聖女を崇める『ウェルキウス教』である。
しかし、その他の宗教を否定しているわけではない。
辺境の地に住む部族では、独自の教えを信仰していることもある。
だが、『黄金の環』は別だ。
帝国では徹底的に排斥され、信者を名乗るだけで罪に問われる。
「おぞましい教義を掲げて、幼い子供を攫って非道な実験を繰り返している……カルト教団だと聞いています」
「うん……その認識で間違って無いよ」
「……!? 待ってください……教団を裏切るってことは……!?」
襲撃者はシアンに叫んだ。『教団を裏切るつもりか!?』と。
『裏切る』ということは、シアンは教団――『黄金の環』を名乗るカルト教団の一員ということになる。
「……ごめんなさい。ボクは『黄金の環』が送り込んだ暗殺者……ノア様を殺すために近づいたんです」
「……」
シアンの言葉に、ノアは頭が真っ白になった。
ずっと信じていた。
囚われた籠の中で、この人だけは自分に寄り添ってくれる。この人だけは自分の事を思ってくれている。
だけど、勘違いだったらしい。
ノアの瞳から涙がこぼれた。
シアンは零れる涙を苦しそうに見つめていたが、逃げるように目をそらして襲撃者たちへ向き直った。
「どうして、貴方たちがノア様を襲うんですか? 暗殺はボクに任されていたはずです」
「貴様がいつまで経っても聖女を殺さないからだ!!」
「……退いてもらうことはできませんか?」
「無理に決まっているだろう。いくら、貴様が『あの方』の寵愛を受けていても、この状況で勝手を通せるわけが無い!!」
「そう……ですよね――仕方がないです」
「なにを――」
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!?」
風に吹かれた綿毛のように、赤紫の花びらが舞った。
気がついた時には、襲撃者の一人が悲鳴を上げた。ぐにゃりとありえない方向に腕が曲がっている。
激痛に悶える襲撃者の背後には、シアンが居た。
「今の一瞬で……!?」
「ごめんなさい。暴力で押し通すのは好きじゃ無いんですけど……」
「くっ!? 密集!! 固まって防御を固める。奴を近寄らせるな!!」
「遅いですよ?」
花畑に鈍い音が連続した。
気がついた時には、襲撃者たちは倒れていた。その手足はあらぬ方向を向いて居る。
残されたのは一人。ずっと指令を出していた襲撃者だけが残った。
「な、なぜだ……なぜ、ここまで力が違う……我々も貴様も同じはずだろう。教団の実験を生き残った、同じ『選ばれし者』のはずだ……」
シアンも襲撃者たちも境遇は同じだった。
どこかから拾われてきた、あるいは攫われてきた子供たち。
彼らは教団の実験台として利用されたが、死ぬことはなかった生き残り。
その生き残りを、教団では『選ばれし者』として戦士に育てあげていた。
「いいえ、違いますよ」
だが、『選ばれし者』なんて言葉はただの飾りだ。
「教団にとって、ボクたちはゴミの再利用なんです。要らなくなったけど、まだ使えるから利用しているだけ……ボクたちは教団にとって、使い捨ての道具でしかありません」
「――ッ!?」
きっと、襲撃者たちも心の底では気づいていた。
自分たちは教団に利用されているだけだと。
だが、分かっていても何もできないのだ。
教団から逃げ出せば、刺客に追われる。教団が壊滅でもしなければ、自分たちは人並みの幸せを手にすることはできない。
しかし、帝国全土に根を張る組織を、一人の力で壊すことなどできない。
だから、諦めるしかなかった。
『選ばれし者』という虚栄の勲章を掲げて、自分たちを慰めることしかできなかった。
「退いてください。もう無意味です」
「……どうせ、これ以上は戦えない――退くぞ!!」
号令に従い、襲撃者たちは折れた手足を引きずりながらも、素早く逃げて行った。
もう、ノアを襲うことはないだろう。
(ボクも行かないと……)
そしてシアンも、ノアの傍には居られない。
暗殺者だと明かしてしまった。
自分の命を狙っている男が近くに居るのは、ノアも嫌に決まっている。
シアンは花畑から立ち去ろうと踏み出して――。
「待ってください!!」
ノアに引き留められた。
振り返るとノアは泣いていた。
胸元でギュッと手を結び。ボロボロと瞳から涙を流している。
「シアンは嘘つきです!」
「……うん。ボクは嘘を吐いて近づいて、ノア様を殺そうと――」
「あなたは最初から、私を殺そうとしてなかった」
「……」
ノアはジッとシアンを見つめる。
変わらず涙がこぼれていたが、瞳は宝石のように輝いていた。
「シアンは初めて会った時から、気弱な優しい男の子でした。私を殺そうなんてしてなかった」
「それは、ノア様の勘違いで――」
「勘違いじゃありません。だって、ずっと一緒に居た。ずっとシアンのことを見つめてた! 私はシアンのことなら分かります。あなたは最初から、私を殺すつもりなんて無かった」
「……」
「図星を突かれると、黙ることだって分かってるんですよ?」
「……ノア様には――ノアには敵わないね。たしかに、ボクはノアを殺そうなんて
思ってなかった」
ノアの言う通りだった。
シアンはノアを殺そうなんて思っていなかった。
命令はされたが、なんとかノアを助けられないかと機をうかがっていた。
だが、シアンに殺すつもりが無くても、揺るがない事実もある。
「それじゃあ、変わらず私と一緒に居てくれますね?」
「それは無理だよ……ボクが教団から送られた暗殺者であることは本当だから……もう、ノアと一緒には居られない」
「なにか問題があるなら、私がなんとかします!! 私は聖女なんですから、ちょっとした問題くらいは――」
「聖女でもムリだよ」
今回の襲撃事件は隠せない。
司祭が教団を裏切り、教会の騎士が何人も殺された。
事件を教会が調査すれば、シアンの正体もバレる可能性がある。
そうなれば、シアンをかくまったノアにも責任がおよぶだろう。
「ボクが居なくなるのが、一番良い選択だと思う。そうすれば、ノアに迷惑がかからないから」
「私はシアンのことが好きです!!」
「……え?」
ノアが顔を真っ赤にして叫んでいた。
聞き間違えかと、シアンは耳を疑った。
「ごめん。よく聞こえなかったかも……」
「私は! シアンのことが! 大好きです!!」
今度は、もっと大きな声で帰って来た。
花畑にノアの告白が響いた。クレーターになっているため、なんども反響して耳に響く。
「え? な、なにを言ってるの?」
「私はシアンのことが好きです。恋愛的な意味で……お、男としてシアンのことが好きです」
「えっと……凄く嬉しいけど……今はそういう話をしてるときじゃ」
「そういう話をするときです」
ノアは顔を赤くしながら、ジッとシアンを見つめる。
その瞳は怖がるように震えていたが、とても真っすぐだった。
「私はシアンのことが好きです。ずっと一緒に居てください。これから先の一生を、シアンと一緒に生きていきたいんです――だから……どこにも行かないでください」
最後の言葉はすがるようにかすれていた。
「ボクは……恋愛が分からない。記憶にあるのは、苦しい思い出ばっかりだから……」
シアンには恋愛が分からない。
シアンの人生にには地獄のような実験と、暗殺者としての訓練しか記憶にないからだ。
人に愛された記憶も、愛した記憶も存在しない。
だけど、ノアの真っすぐで熱い思いは嫌と言うほど伝わった。
「……だけど、ノアのことは好きだと思う」
「それじゃあ……」
「だから、ごめんなさい」
「――え?」
ノアに背を向けて走り出した。
シアンは分かっていた。ノアの人生にとって、シアンは足かせになる。
例えば、教会にシアンを秘密にして、バレたら重い罰を受ける。
あるいは、二人で逃げて、教団と教会に追手を放たれる。
他にも選択肢はあるかもしれないが、どんなルートを選んでも、二人を待っているのはバッドエンドだ。
後ろから声が響くが、シアンは振り返らない。振り返ったら立ち止まってしまうから。
血が出るほどに拳を握り絞めて、シアンは走った。
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