第6話 龍災

「ちょっとクラクラする……」


 風呂から上がったシアンは、与えられた自室にやってきた。

 着ていたメイド服はボロボロになっていたため、貰った寝間着に着替えている。

 部屋には派手ではないが高級そうな、しっかりとした作りの家具が並んでいる。

 シアンはふらふらとベッドに引き寄せられると、ぼふりとベッドに倒れ込んだ。


「ふかふかだ……こんなに柔らかいベッド久しぶり……」


 元主人であるウェッジに買われてからは、床で寝るのが当たり前になっていた。

 カーペットの上で寝れれば当たりだったくらいだ。

 ふわふわのベッドはもちろん、しっかりとした寝具で寝るのも久しぶりだった。


「このまま寝れそう……」


 シアンの意識がベッドに吸い込まれていく。

 しかし、完全に落ち切る前に――コンコンコン。

 部屋のドアがノックされた。


「レイラだけれど、入ってもいいかしら?」


 シアンはレイラの声を聞いて、慌ててベッドから立ち上がる。


「はっ!? れ、レイラ様!? ど、どうぞ、入ってください!!」


 シアンが返事をすると、そっとドアが開かれてレイラが入って来る。

 レイラも着替えていたらしく、シンプルな黒い寝間着を着ていた。

 風呂上がりのせいで、しっとりとした髪と少し紅潮した顔に、シアンの胸がドキリと跳ねた。


「ごめんなさい。こんな時間に邪魔をして」

「い、いえいえ、ボクは大丈夫ですから」

「じゃあ、失礼するわ」


 レイラはにこりと微笑むと、シアンのベッドに座った。

 ぽんぽんと隣を叩いて、シアンにも座るようにうながす。


「し、失礼します」

「ふふ、なにをそんなに緊張しているの?」

「あ、あはは……」


 シアンは苦笑いでごまかした。

 同年代の女性とベッドに座るなんて、気まずくて仕方がない。

 しかし、馬鹿正直に答えるわけにもいかない。

 だって、シアンは女性だと思われているのだから。


「えっと、どうしてこんな時間に……?」

「……少し、あなたの顔が見たくなったの」

「え……?」


 どうやら、レイラは本当にシアンの顔を見に来ただけらしい。

 なにかを話すことも無く、ジッとシアンを見つめる。

 ただ見つめらえるのは、とっても気まずい。恥ずかしい。

 シアンは耐え切れずに話題を探した。


「えっと……少しだけ聞いても良いでしょうか?」

「なんでも聞いて良いわよ」

「どうして、ボクを拾ってくれたんですか?」


 シアンは暗殺者だ。

 未遂終わったとはいえ、実際にレイラの暗殺を企ててグレイシア家の屋敷に潜入していた。

 もう少しで、レイラの胸元に刃を突き刺していたかもしれない。

 妹を助けられていたとしても、シアンを拾うことはレイラにとってリスクであるはずだ。


「ボクなんか拾っても、レイラ様の得にはならない気がして……」

「あら、私のことを馬鹿にしているの?」

「い、いえ、そんなつもりは……」


 レイラはムッと口を尖らせたが、シアンが言い訳をするとクスリと笑った。

 そして『冗談よ』と言って微笑む。


「ごめんなさい。ちょっとだけ、意地悪がしたくなって」

「や、止めてくださいよ……」

「私があなたを助けたのは、妹を助けてくれたからよ。侯爵令嬢として恩は返さないと、品格が疑われてしまうわ」


 つまり、ただシアンに恩を返すだけが目的ではなく、貴族としての品格を守るために拾ってくれたのだろう。

 シアンが納得して頷こうとした。


「――なんて言ったら、嘘を吐いたことになるわね」

「……え?」


 レイラは自嘲するように笑うと、どこか遠くを見つめる。

 まるでレイラの中にある、過去を見つめるように。


「本当は、あなたが昔の知り合いに似ていたからよ」

「昔の知り合い、ですか?」

「私の幼馴染で、元婚約者で……初恋の人にね」


 そう答えたレイラは、寂しそうに視線を落とした。

 鈍いシアンでも、その人になにかがあったことが理解できる。


「……彼は小さい男爵家の子息だったわ。最初は、頼りないし、抜けてるし、変な人だったわ。だけど、色々あって大好きになっちゃって……最後には婚約までいったの」

「その方は……」

「……亡くなったわ。彼の領地を龍が襲ったの」


 龍は最も強大な生物と言われるほど強いモンスターだ。

 数年に一度は、村や町が襲われて多くの人命が損なわれる。

 その存在はまさに災害。

 火災、震災と同じように『龍災』という言葉があるほどだ。


「報せを聞いて駆け付けた時には遅かったわ。彼が住んでいた村は焼け野原になっていた。人が住んでいた痕跡も燃やし尽くしされて、灰と瓦礫だけが転がって……」


 龍に襲われた村民たちは、地獄のような苦しみだっただろう。

 肉が焦げる臭い。親を探す悲鳴。ゴウゴウと燃え盛る炎が肌を焼く。

 燃え上がる黒煙は、空を舞う龍を称えるように踊り狂う。


 そんな光景がシアンの脳裏に浮かんだ。まるで、実際にみたことがあるように。


「住民は骨さえも焼き尽くされて灰になっていたわ……彼の遺体を見つけることさえできなかった」


 レイラは顔を上げると、シアンを見つめた。

 シアンの頬に手を添える。

 触れれば消える陽炎を確かめるように、優しい手つきだった。


「……最初にシアンを見た時は、彼が生きていたのかと思ったの。柔らかい顔つきや、少し気弱そうな雰囲気がそっくりだったから。彼が生きていたら、こんな風に成長しているはずだって確信できた。だけど……」


 好きだった人が生きていると希望を持った時には嬉しかっただろう。

 しかし、それが勘違いだったと知った時には、絶望に叩き落とされる。


「ごめんなさい……」

「謝らないで。彼とあなたでは性別も目の色も違うのに、勘違いした私が悪いの」


 レイラは零れるように息を吐いた。

 それは、最後に残っていた希望を捨てたのかもしれない。

 シアンと元婚約者は別人だと諦めたのだろう。 


「それじゃあ、私はそろそろ失礼するわ。おやすみなさい」

「……おやすみなさい」


 レイラはベッドから立ち上がると部屋から出て行った。

 出て行くときに一瞬だけ、レイラの目元に雫が光った気がした。

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