第12話 再会

 それからの日々は、あっという間に過ぎて行った。

 そして気がつけば入学式当日。

 コンサートホールのような講堂には生徒たちが集められていた。


「いやー、ようやく終わったなー」

「校長先生の話、長すぎだろ」

「つか、あの背伸びしてる子可愛くない? 声かけてみようぜ」


 ちょうど入学式は終わったところだ。長い行事が終わり開放感に包まれた生徒たちはざわざわと雑談を楽しむ。

 そんな喧騒の中にシアンも居た。グッと背伸びをすると、ぱきりと骨が鳴る。


(さて、早くレイラ様たちに合流しないと……)


 シアンは席を立ちあがると遠くを眺める。

 講堂を見渡すと、ホールは二色の色で分かれていることが分かる。

 赤と緑。

 生徒たちの制服が、赤色と緑色に分かれていた。

 生徒の制服は身分によって分かれており、貴族は赤、平民は緑と決められている。

 シアンはもちろん緑色。周りの生徒たちも緑の制服を着ていた。


(とりあえず、貴族席の方に行ってみようかな)


 シアンは小走りで、生徒たちの間をシュルシュルとすり抜ける。

 その動きにはよどみがない。

 変なところで暗殺者としての能力を発揮していた。


 シアンはあっさりと貴族側の席へと到着すると、レイラたちを探してキョロキョロと見回し――


「きゃ!?」

「あ、ごめんなさい」


 遠くを見ていたら、物陰から飛び出してきた影に当たってしまった。

 ぶつかったのは小柄な女子生徒。金のようにキラキラと光る髪が特徴的だ。

 

「いたたー。ごめんなさーい☆私も走っちゃってー☆」


 語尾が上がった甘ったるい喋り方だ。今にも『てへっ☆』とか言い出しそうである。

 制服からすると貴族なのだろうが、あまり他には居ない雰囲気にシアンは戸惑う。

 戸惑いながらも、とりあえず尻もちをついている女子生徒に手を差し伸べた。


「あ、えっと……大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございま――はぁ……」


 手を握って立ち上がろうとした女性生徒。

 最初はにこにこと微笑んでいたが、シアンを見上げると露骨に不機嫌になった。

 ため息まで吐いているほどだ。


「なんだ。平民の女子かよ……」

「え、え……?」


 あまりにも急な変化にシアンが困惑していると、女子生徒はシアンの手を振り払って立ち上がった。

 さっさと制服のほこりを払うと、シアンを睨みつけた。


「ほら、そこ退いて。私はモブに構ってるほど暇じゃないの」

「あ、ごめんなさい」


 迫力に押されてシアンはサッと避ける。

 女子生徒は小馬鹿にしたように鼻を鳴らして、さっさと走り去ってしまった。


「……なんだったんだろう? あ、それよりもレイラ様たちを探さないと」


 どこか不思議な女子生徒に疑問を感じたが、シアンはすぐにレイラたちを探しに戻った。

 キョロキョロと見回すと、エリシアの姿が見えた。

 ちょうど座席から離れて通路に出てきていたので、すぐに追いつくことができた。


「エリシア、レイラ様は?」

「あら、早いわね。レイラ様なら別件よ」

「別件?」

「高位の貴族が集まるサロン――お茶会に顔を出すことになったの。私たちはお茶会が終わるまで暇になったわ」


 レイラの急用によって、シアンたちは時間が空いてしまった。

 時刻はちょうどお昼時。

 もしかすると、レイラのお茶会は食事もかねているのかもしれない。

 そうなると、待ち時間はそこそこかかるだろう。


「……待ってる間はどうしたら良いのかな」

「どうせお腹が減ったんでしょ? レイラ様から食事してこいって言われてるから大丈夫よ」

「やった」

「キミって犬みたいな性格してるよね。間違っても不審者のお菓子とかに釣られないでよ?」


 残念ながらエリシアの忠告は無意味だった。

 すでに一度、串焼きに釣られて罠にかかっているのだ。


 そんな話をしながら、シアンたちは肩を並べて講堂から出る。

 講堂の外は緑にあふれている中庭のようになっていた。

 すぐ目の前には大きな城が建っている。


「わー、こっちから見るお城も大きいね」

「そうね。流石はかつての王城よね。ゲームのイラストで見たことはあるけど、やっぱり実物は凄いわ……」

 

 シアンたちが通うことになる『アルカディア帝国学園』は、校舎としてかつての王城を使っている。

 そもそも学園が存在している街は、大昔に帝都として利用された古都なのだ。


 シアンたちは、城内のふかふかカーペットを踏みながら抜けて行く。

 城を出ると、古都らしく趣のある石造りの街が広がっていた。

 貴族生徒たちの迎えなのか、カラカラと多くの馬車が走っている。

 シアンたちは並ぶ馬車を横目に街へと繰り出した。


「うわぁー、いろんなお店がある……」

「学園前のメインストリートだから、生徒のおかげで繁盛してるんでしょうねー」

「あ、あそこなんてどうかな?」

「えーっと、炎猪フレイムボアの極厚肉を使ったガッツリ肉丼……キミねぇ、あんなの女子二人で入ったら場違いでしょ? 明らかに腹ペコ男子学生向けじゃないの」


 シアンが指さした店からは、モクモクと煙が伸びている。

 そこからは炭火とタレが焼ける香ばしい匂いが漂って食欲を誘う。

 だが、あきらかに女性向けの店ではない。


「ぼ、ボクは男子……」

「残念ながら、今は女子生徒よ。シアンちゃん」

「うぅ……」

「怪しまれないようにしないと、キミの命が危ないわよ? 学園にはレイラ様の婚約者だって通ってるんだから」

「……はい」


 レイラの婚約者は帝国の皇子様だ。

 そして、シアンが男子であることがバレたら、芋づる式にレイラの裸を見てしまったことも分かるだろう。

 そうなれば、皇子の婚約者を辱めたことで不敬罪が成り立つかもしれない。

 一発アウト死刑である。


「ほら、あそこのオシャレなオープンカフェなんて良いんじゃない?」

「お、お任せします。女子らしさが分からないので……」

「それじゃあ、あそこで決定ね」


 エリシアの決定に従って、シアンたちがカフェに向かおうとした時だった。


「……シアン?」

「え?」


 声をかけられて振り向くと、そこに居たのは赤い制服を着た女子生徒だった。

 春のお日様のように柔らかく輝く亜麻色の髪が、風に吹かれてふわふわと揺れていた。

 その潤んだ瞳からは、今にも涙が溢れそうになっている。


「シアン!!」

「わっ……」


 女子生徒は走り出すと、シアンの胸に飛び込んだ。

 まるで、もう離さないとばかりにギュッとシアンを抱きしめる。


「良かった。幻じゃない本物のシアンだ……生きてて良かった……!!」

「あ、あの心配させてごめんなさい。だけど、ここでは目立つので……」


 涙をこぼす女子生徒に抱きしめられて、シアンは死ぬほど目立っていた。

 周りにはシアンたちと同じように、昼食を食べに来た生徒たちで溢れている。

 そのほとんどが、好機の目でシアンたちを眺め、ひそひそと話している。


「ちょっと?」


 ガッ!

 シアンの肩が強く掴まれた。

 振り向くと、エリシアが鋼のようにカチカチの笑顔を浮かべていた。

 もはや彫像みたいだ。


「なんでキミが聖女様と知り合いなのか、教えて貰えるかな? とんでもなく今後のルートに関わるんだけど?」 

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