第11話 スカートは防御力が低い

 シアンがレイラに拾われてから数日後、シアンも新しい仕事に慣れ始めていた。

 午後の暖かい昼下がりに、シアンはエリシアと肩を並べて屋敷の廊下を歩く。


「レイラ様から呼ばれたけど、どんな用事なんだろう?」

「私も詳細は聞いてないわ。ただ、集まるよう鬼言われた部屋は、小さめのパーティールームだから、外商でも呼んだのかもしれないわね」

「外商ってなに?」

「侯爵令嬢ともなると、店に買い物に行ったりしないの。むしろ店を呼びつけるのよ」

「み、店を呼びつける……?」


 シアンは知らない概念だ。

 頭の中で『足が生えてトコトコと歩き回る店舗』の姿が浮かぶ。

 そんな訳無いやろ。


「なんかアホな想像してそうだけど……店員に品物を持ってこさせるのよ。超高級版ウー〇ーイーツみたいな物よ」

「ほえー、お金持ちって凄い……」


 そうこう話しているうちに、シアンたちはパーティールームに到着した。

 軽くノックをすると、レイラの声で『入って良いわよ』と聞こえる。

 扉を開けて入ると、部屋の中では服飾店のように服が広げられていた。

 さらに商品を持ってきたであろう店員が、そっと立ち並んでいる。レイラに商品を提案するため待機しているのだろう。


「本当にお店が来てる……」


 シアンが呆然と眺めていると、レイラに腕を掴まれた。


「主役のご登場ね。こっちに来なさい」

「え、なんですか!?」


 レイラに腕を引かれて、シアンは部屋の中央へと連れて行かれる。

 オロオロと混乱しているとレイラは服を掴んでシアンに合わせ始めた。


「思った通り。似合いそうね」

「あの、これは……?」

「今日はシアンの私服を買おうと思ったの。あなた、私服も持ってないでしょう?」


 レイラの言う通りだ。

 現状、シアンが持っている衣服は仕事用のメイド服と、その予備だけだ。

 つまりメイド服が二着だけである。

 他に持っているのは寝間着だけ、私服と呼べるような物は無い。


「確かに持っていませんけど……」

「じゃあ、私が買ってあげるわ。こっちも似合いそうね」


 そう言って、レイラはシアンに服を合わせていく。

 まるで買ってもらった人形を着せ替える女児のようにニコニコとしていた。

 しかし、そうやって合わせていく服は、どれもフリフリとした可愛らしい服ばかりだ。


(女の子だって嘘を吐いてるから女性物なのは仕方がないんだけど……せめてズボンにして欲しい……)


 もはやメイド服には慣れてきたシアン。

 どうせ、顔を合わせるのは屋敷の使用人だけなので、メイド姿を晒すのにも抵抗が無い。

 しかし、街中を出歩く私服となれば話しは別だ。

 フリフリの可愛い服を着て女装している姿を不特定多数に見られるのは精神的にキツイ。


(それだけは嫌だ……どうして、そんな拷問を受けなきゃいけないのさ。なにも悪いことは――そういえば死刑になるようなことしてるんだった……) 


 これが、皇族と婚約済みな侯爵令嬢の裸を見た罰なのだろうか。

 新手の市中引き回しだ。女装引き回しの刑だ。

 このまま刑が執行されればシアンの尊厳が死んでしまう。

 シアンは少しでも罪を軽くして欲しいと、除名を願い出ることにした。


(エリシア、助けて!!)


 シアンはエリシアに目を向ける。

 エリシアならレイラに意見して、もっと良い感じの服を選んでくれるはずだ。

 しかし、現実は残酷である。


『無理ね。諦めなさい』


 なんて言うように、エリシアは首を振った。

 まぁ、そもそもシアンの言葉不足のせいでこうなっているので、仕方がないのだが。

 それでもシアンは諦めきれずに、うるうるとエリシアを見つめ続ける。


『……ッ!! 分かったわよ!!』


 なんて言ったのかは分からないが、エリシアは諦めたようにため息を吐くと、意を決したようにレイラへと近づいた。


「レイラ様、こちらの服なんかもシアンに似合うのではないでしょうか」


 エリシアが手に取ったのは、寒色系の色を基調としたシャツやジャケットだ。下もパンツスタイルでスカートではない。

 ピシッとしたカッコいい感じの服である。


「そうね……少し、男性的すぎないかしら?」

「いえいえ、最近では女性もこのような服を着ますよ。そうですよね?」


 エリシアは近くに立っていた店員に声をかける。

 店員はニコニコと返事をした。


「はい。以前から女性冒険者の間で人気だったスタイルですね。動きやすさを重視した結果、男性的でスタイリッシュな服に落ち着いたようです。最近では外で働く女性も増えたので、似たようなスタイルを選ぶ方も多いですよ」

「……そう」

「シアン、ちょっと試着してくれる?」

「あ、はい」


 シアンは服を受け取って、簡易的に作られた更衣室に入った。

 特別な服ではないので簡単に着替えることができた。むしろ、メイド服よりもしっくりくる。

 足元がスース―しないズボンって最高だと再認識したシアンだった。


「ど、どうでしょうか……」

「とてもお似合いです」

「お、思った以上に似合ってるわね……やっぱり素材が良い……」


 店員たちやエリシアには好評だった。

 エリシアは顔を赤くしながら、複雑そうにシアンを見つめている。

 店員たちも侯爵令嬢の手前なので冷静を保っているが、どうしても気になるらしくチラチラとシアンを見ていた。 


 そして、レイラは……大きく目を見開いてシアンを見つめていた。

 まるで死人でも見るように呆然としている。


「……」

「あの、レイラ様……?」

「いえ……とても似合ってるわ……」

「……?」


 明らかにレイラの様子がおかしい。

 しかし、エリシアや店員たちはシアンを見ていたため気づいていない。

 シアンは頭にハテナを浮かべながらも、とりあえず私服に集中することにした。


「それじゃあ、これを私服にしても良いでしょうか?」

「一着だと不便だから、もう何着か選んで貰いなさい。エリシア、良いわね?」

「かしこまりました」


 レイラはシアンの服を選ぶのに興味を無くしたのか、少し離れてソファーに座った。

 代わりにエリシアが服を吟味しながらシアンに合わせる。


「ああ、それとアルカディア帝国学園ようの制服も手配しておいて頂戴」


 レイラは座りながら、近くの店員に声をかけた。


「かしこまりました。サイズなどはいかがなさいますか?」

「平民用の制服、着るのは彼女だから採寸をとってあげて」


 そう言って、レイラはシアンに顔を向けた。


「……え、ボクですか?」

「そうよ。あなたには私の従者として学園に通って貰うわ。これも仕事だから、頑張って頂戴」

「えっと……え……?」


 いきなり学校に通うと言われて、シアンは頭が混乱する。

 服を合わせるフリをしながらエリシアが耳元でささやく。


「ちょうどいいわ。ゲームのメイン舞台は学園だから、キミも通った方が都合が良い」


 どうやら、学園に通うことはレイラを助けるためにも都合が良いらしい。

 それは良いのだが、それよりも気になることがある。


「それって、女子生徒として学園に通うってことですか?」

「……? 当たり前でしょう?」

「そ、そうですよね。あ、あははー」


 終わった。

 『私服がスカートは嫌!』とか言ってる場合じゃなかった。

 これから女子の制服を着て学校に通うことになるらしい。

 さらにエリシアが追撃をしてきた。


「ちなみに、学院は十五歳から十八歳までの三年制よ――刑期は三年ね」


 最後の言葉だけは、レイラたちに聞こえないように耳元でささやかれた。

 シアンの尊厳が破壊されることが決まった瞬間だった。

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