第10話 転生と悪役

「あなたが転生者だってことよ」


 推理漫画の探偵みたいに、エリシアはドヤ顔でシアンを指差した。


「……てんせいしゃ?」

「え、嘘でしょ? 違うの?」


 しかし、シアンはなにを言われているのか分からず首をかしげる。

 シアンに浮かぶハテナマークに、エリシアはうろたえた。

 残念ながらカッコいい名探偵は維持することができなかった。


「そもそも、転生者ってなに?」

「えっと、『別の世界から生まれ変わった人』ってことよ」

「それ、どうやったら分かるの?」

「前世の記憶を憶えてるとかよ。よーく思い出してみて。きっと憶えてるはずだから!」

「うーん……?」

「頭を振れば出て来るんじゃない!?」

「うあうあうあう――ゆらさないでー」


 エリシアは自分の推理が外れていると信じたくないようだ。

 よく思い出せと、シアンの肩を掴んでゆさゆさと揺らす。


「うあうあうあ――あっ」

「え、もしかして本当に思い出したの? こんなので?」

「そういえば、夢で『灰色の四角い塔』が立ち並んでる光景とか、知らない景色を見ることは多いかも」

「それ、ビルのことじゃない?」

「わぁ……ビルって言葉もなぜか知ってる……」

「確定よ。やっぱり転生者ね!」


 エリシアは嬉しそうにグッと拳を握った。

 しかし、すぐにジトリと目を曇らせシアンを睨む。


「心配かけさせないでよ。もうちょっとで私が『前世とか言っちゃう痛い子』みたいになったじゃない!」

「……その可能性も否定はできないんじゃない?」

「キミ、人をからかうために、わざと忘れたフリとかしてないでしょうね? 今度はグーで殴るわよ?」


 拳を振り上げるエリシアに、シアンはあわあわと言い訳をする。


「し、してないよ。小さいころのことは思い出せないから、前世のことも忘れてるんだと思う……」

「まったく……」


 なんとか拳骨は回避できたらしい。

 なんとか、エリシアは拳を下ろしてくれた。


「ところで、どうしてボクが転生者だって分かったの?」

「それは、キミがこの世界の異物だからよ」

「……悪口?」

「ち、違うから、露骨に落ち込まないでよ! 私の良い方が悪かったから!」


 しかし、『世界の異物』なんて言われても悪口としか思えない。

 シアンはエリシアの真意が分からずに首をかしげる。


「異物なのは私も同じ。私だって転生者だからね」

「そっか、そうじゃないと前世があることなんて分からないよね」

「そうよ。そして、私は前世で『とあるゲーム』を遊んだことがあるの――この世界の未来を予言してるゲームをね」

「予言……」


 予言とは『未来の物事を当てる』ことだ。

 もちろん、こちらの世界にも予言は存在し、神から言葉を貰った預言者が記した書物だって残っている。

 もっとも、預言書の中身は非公開。

 とある宗教団体が隠し持っているため、中身が当たってるのか外れてるのかは誰にも分からない。

 ともかく、エリシアが前世で遊んだゲームは、その書物と同じように『未来が分かる』ゲームだったらしい。


「どうして、そのゲームが未来を予言してるって分かるの?」

「この世界の人物や出来事と一致しすぎているからよ。ゲームにはヴォルゼオス帝国の貴族たちや、レイラ様も登場していたの」

「レイラ様もゲームに出てたんだ……」

「もちろん、妹であるリーシャ様もゲームに登場していたわ……残念ながら、ゲームが始まる前に死亡していたけどね」

「それって……」


 シアンが思い出すのは、リーシャの誕生日会だ。

 あの日、リーシャは死霊術師が操る怪鳥によって襲われた。

 もしシアンが助けに入らなければ死んでいただろう。

 つまり、エリシアが遊んだゲームでは、リーシャは怪鳥に襲われて誰も助けに入らず――


「キミが想像している通りよ。本来ならリーシャ様は怪鳥に襲われて死んでいた」

「……」


 シアンはリーシャのことを、まだよく知らない。しかし、悪い子ではないように思う。

 そんなリーシャが死んでいた未来があった。

 それを想像すると、心臓を飲み込むようにモヤモヤとした感情が広がった。


「だけど、キミが助けてくれた」


 エリシアがぽんぽんとシアンの頭を撫でる。なんだか、子供を褒める母親のような手つきだった。


「私もリーシャ様を助けようと頑張ってはみたんだけどね。なかなか上手くいかなくて、自分まで死にかけちゃったわ」


 エリシアは自嘲するように苦笑いを浮かべる。

 身近な人が死ぬ未来を知っている。それは大きなストレスだっただろう。

 きっとエリシアは、怪鳥に襲われる直前まで手を尽くしたのだ。

 それでも無理だったから、リーシャを助けようと自分の命をかけて助け出そうとしたのだろう。


「まぁ、そのおかげでキミを見つけられたから、悪い事ばかりじゃないわね」

「そのおかげで?」

「だって、本来ならばリーシャは怪鳥に襲われて死んでいた。その未来を変えられるのは別の世界から来た異物じゃない?」


 エリシアの言うように、本来の運命をゲームが予言していたならばリーシャは死んでいたはずだ。

 しかし、結果としてはシアンの介入によってリーシャは助かった。

 ならば、シアンはゲームが予言した運命には存在しなかったのだろう。


「あ、だからボクが転生者だって思ったんだ……」

「分かって貰えたわね。ゲームの運命を変える可能性があるのは、本来の運命にはいなかった『世界の異物』である転生者の可能性が高い。だから、シアンが転生者だって予想したのよ」

「なるほどー」


 シアンはうんうんと頷く。一連の話に大きな違和感はない。

  実際にシアンが転生者っぽいことも言い当てているのだから、エリシアが遊んだゲームが未来を予言している話も信頼できる。


「それじゃあ、この後はどうなるの? ゲームって言ってたし、なにか事件が起きるの?」

「事件も起こるんだけど……そもそも私が遊んだゲームは『乙女ゲーム』なのよ」

「なにそれ?」

「……ざっくり言えば、『主人公の女の子を操作して、イケメンと恋愛するゲーム』って感じね」

「へー、エリシアさんはそう言うゲームが好きだったの?」

「なに、悪い? 私だって人並みにイケメンは好きなの。ちょっと影がある感じで可愛い系の子が好きなの。悪い?」

「な、なにも悪くないよ。ちょっと聞いただけで……」


 エリシアが顔を赤くして噛みついて来た。

 もっとも、エリシアの気持ちも分からなくも無いだろう。

 なんとなく、恋愛シミュレーション系のゲームって、公に大好きですとは言い辛い時もある。

 同性のオタク友だちとかならともかく、異性には語りにくいものだ。


「ともかく、私が遊んだのは乙女ゲームだから、私が知ってる情報も『一人の女の子の恋愛模様』に関する物がほとんどなの」

「もしかして、レイラ様が主人公なの? リーシャ様が危ないって知ってたし」

「……残念ながら逆よ。レイラ様は『悪役令嬢』なの」

「悪役令嬢……?」


 またしても聞きなれない単語に、シアンは首をかしげる。

 少なくとも、悪役と言う字面から良い意味ではなさそうだが……。


「簡単に言えば、主人公をいじめて恋の邪魔をする悪者ね。大抵の場合、ストーリーの途中で破滅することになるわ」

「え!? じゃあ、レイラ様も!?」

「そうね。ゲームでは王子との婚約は破棄され、主人公をいじめていたことが暴露されるわ。その結果、レイラ様の信用は地に落ちて自暴自棄に、最後には色々とやらかして死刑になるの」

「れ、レイラ様が死刑……」


 レイラはシアンを助けてくれた恩人だ。

 その恩人が死刑になると言われても、シアンには納得できない。

 そもそも、普段のレイラは冷たいらしいが、それでもいじめをするような人には見えない。


「ほ、本当にレイラ様がいじめなんてするの?」

「……ゲームのストーリーでは、リーシャ様を殺されたことによる恨みもあっていじめをしていたの。リーシャ様に暗殺者を差し向けたのが下院議員で、主人公は下院よりの身分だから」

「じゃあ、リーシャ様は助かったんだからいじめも起こらない?」

「その可能性が高いはずよ。ゲームよりもレイラ様の性格が柔らかい気がするし」

「良かった……」


 レイラのいじめが原因で破滅をするならば、いじめが起こらなければ破滅もしない。

 なんとか、悪役令嬢として破滅する可能性は減ったのだろう。


「ただ、この後のストーリーがどうなるかは分からない。場合によっては、中途半端にストーリーをなぞって、レイラ様が危険な状況になるかもしれないわ」

「ど、どうにかならないのかな。レイラ様が破滅するなんて嫌だよ」

「私だって見捨てるつもりは無いわ。キミも協力してくれるわね?」

「うん。頑張るよ」

「よし、『転生者同盟』結成ね」


 エリシアが差し出してきた手を、シアンは握り返す。

 ここに悪役令嬢を救うための『転生者同盟』が結成された。


「……ところで、恥ずかしいからキミから上がってくれる」

「あ、はい」


 そして、異性で風呂に入っていたことを思い出し、顔を赤くしながらそそくさと離れた。

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