第8話 氷のお姫様
掃除を終えた後も、シアンたちの仕事は続いた。
途中に朝食を挟みながらも、レイラの身の回りの世話をこなしていった。
そして昼食が待ち遠しくなってきたころ、シアンたちは屋敷の応接室に居た。
「――というわけで、ぜひグレイシア侯爵様から援助を頂きたいのです!」
「……なるほど」
応接室には木製のローテーブルを挟んでソファーが置いてある。
そのソファーの片側にはレイラが座り、その後ろにシアンとエリシアが待機している。
そして反対側のソファーには、四十台ほどの太った男性が座っていた。
その男は、グレイシア侯爵領から少し離れた場所に領地を構えている伯爵らしい。
主に農作物を生産している一般的な領地なのだが、近年に入って収穫量が激減。
そのせいで財政難に陥っているようだ。
「つまり、収穫量の減少を改善するために、農業改革をしたいがお金が無い。そのための費用をグレイシア侯爵家から援助して欲しいのですね?」
「おっしゃる通りです。グレイシア侯爵家の誇る才女であるレイラ様から口添えを頂ければ援助は確実。我が領地が潤った際には、もちろん御礼をいたします」
そう、伯爵は援助の口添えを願うために、レイラに面会を求めてきたのだ。
実際、レイラは両親に変わって政治や社交場に出ることも多いらしい。
こういった嘆願なども、日常業務の一つなようだ。
「事情は理解しました」
「それでは、口添えをしていただけますか!?」
レイラは伯爵の話を聞いて、小さくうなずいた。
そしてにこりと笑って――。
「もちろん、駄目です」
「……なぁ!?」
バッサリと援助を断った。
「な、なぜですか!? 我が領民が苦しんでいるのですぞ!? 侯爵家として少しくらいは――」
「そもそも、あなたの領地が貧しくなっているのは、あなたの責任ですよね?」
レイラの冷たい瞳が伯爵を貫く。
部屋の温度が下がったように錯覚した。
それほどまでに、レイラは冷たい雰囲気をまとって伯爵を睨んでいた。
「ああ、これは自己責任だと見捨てているわけではありませんよ? 純粋に、あなたが原因で領地が衰退していると言いたいのです」
「そ、そんなことは――」
「無いと言えますか? あなたから面談の申し出が来た時点で、すでに話の内容は予想していましたから、あなたがどのように領地を経営していたのかは調べがついていますよ?」
「う、うぐっ……」
「心当たりがありますよね?」
どうやら、伯爵は図星らしい。
キョロキョロと視線をさまよわせながら、押し黙ってしまった。
だが、伯爵が黙ってもレイラの追撃は止まらない。
「あなたは先代から跡を継いだ直後から、度重なる増税を繰り返しました。そのせいで民の生活は圧迫され、農具や家畜にお金が使えなくなった。道具や環境が悪化すれば、当然ながら作る品も粗悪なものとなります。結果としてあなたの領地では収穫量が減っている」
「し、しかし、あの増税は必要なことで……」
「残念ながら、あなたが帝都の夜街で遊び歩いていることは有名すぎる話ですよ。『お貴族様にしても豪勢すぎるほどに散財している』なんて噂ですが?」
夜街はカジノや風俗店などが立ち並ぶ歓楽街だ。
特にメインストリートは高級店で溢れているため、金を使おうと思えば湯水のようにばら撒ける。
「さて、あなたに援助をしたとして、そのお金は何に使われるのでしょうか? 私は農業改革に使われるとは思えないのですが?」
「……」
伯爵の額からダラダラと滝のように汗が流れる。
図星なのだろう。
農業改革の援助金と言って金を受け取って、またその金で遊ぶつもりだったのだ。
「どうやら、お話は終わりのようですね。シアン、お客様にお帰りいただきましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!!」
伯爵は勢いよく立ち上がると、ギョロリと血走った目でレイラを睨んだ。
「少し金を貸してくれれば良いんだ!! 侯爵家ならはした金だろう!?」
「駄目です。グレイシア侯爵家の資産は、民から得た血税。あなたのような愚か者に施すことはありません」
「ッ!? 良いから、金をよこせ!!」
伯爵がレイラに飛び掛かろうと手を伸ばし――ドン!!
その手を伸ばし切るよりも早く。シアンの拳が伯爵のみぞおちにめり込んだ。
「ぐふっ!?」
伯爵は短い悲鳴を上げると、気を失いシアンへと倒れこんだ。
「申し訳ありません。レイラ様に危害が及ぶと思い、攻撃をしてしまいました……」
「構わないわ。ありがとう、シアン。その男はソファーにでも寝かしておきなさい」
シアンが言われた通りに伯爵をソファーに寝かせていると、レイラとエリシアが話し合っていた。
「今の様子からすると、やはり薬物にも手を出していたようね」
「はい。正常な判断が失われていました。薬物に依存した人に多い症状です」
「分かっていたことだけど、彼に正常な領地経営は無理ね。たしか、彼には弟が居たはずよね?」
「はい。現在は帝都で役人をしているようです」
「そう、それは良かった。それじゃあ」
レイラがパンパンと手を鳴らすと、部屋の外から鎧を着た男たちが入って来た。
グレイシア家で雇っている騎士たちだ。
「彼が私に襲い掛かろうとしてきたの。興奮した様子から違法な薬物を使用していた疑いがあるわ。帝都の騎士団に連絡して引き渡して頂戴」
「かしこまりました」
騎士たちは伯爵を抱えると部屋から連れ出して行った。
「それと、シアンとエリシアは休憩してていいわよ」
「「かしこまりました」」
シアンとエリシアは、頭を下げて応接室を後にした。
二人で並んで廊下を歩いていると、エリシアが口を開いた。
「見たでしょ? 淡々としたレイラ様の詰め方」
「うん。結構、迫力があったかも」
「あれが表向きのレイラ様、俗に『氷のお姫様』なんて呼ばれてる人なのよ」
少しだけ、シアンにもその異名が理解できた。
たしかに、伯爵を追い込んでいたレイラは冷徹な雰囲気をまとっていた。
「言っとくけど、あれでも優しい方よ? 税金を横領しようとした役人なんて、本当に死刑の一歩手前まで追い込んだんだから」
「そ、そうなんだ……」
「キミも、レイラ様を裏切るような事をしたら物理的に首を切られるかもしれないから、気を付けなさいよ?」
そう言って、エリシアはいたずらっぽく笑った。
正常な判断が出来る人だったら、ちょっと趣味の悪い冗談として『物理的に首を切られる』と言われたことが分かっただろう。
しかし、今のシアンにとって、エリシアは弱みを握られた恐怖の対象だ。
そのフィルターを通すと、今の冗談も違った意味に聞こえる。
(あわわわわ、エリシアに逆らったら男だってバラされる……死刑にされる……!!)
戦々恐々としているシアンの心中を知ってか知らずか、エリシアは黙り込んだシアンを不思議そうに眺める。
「ねぇ、話聞いてる?」
「は、はい。もちろんです!」
「いや、なんで敬語に戻ってるのよ……」
「あの、エリシア様に失礼かなと思って」
「はぁ?」
エリシアは呆れたように首をかしげる。
彼女からすれば、いきなりビビっているシアンは意味が分からないだろう。
しかし、考えてもらちが明かないと思ったのか『まぁ、良いわ』と呟いた。
「この後は昼休みだから、自由に過ごして良いわよ。調理場に行けば昼ご飯は貰えるから」
「あ、はい」
「ただ、午後の仕事前に用事があるから、屋敷の裏庭に来なさい」
「う、裏庭ですか……?」
エリシアから裏庭への呼び出し。
先ほどの恐怖を引きずっているシアンは、嫌な妄想ばかりが膨らんで行く。
(裏庭……人気のない所でカツアゲでもするつもりなんじゃ……)
カツアゲを想像して恐怖するシアン。
しかし、それとは真逆にエリシアは気まずそうに顔を赤く染めていた。
まるで好きな人を呼び出した学生みたいに。
「と、ともかく、ちゃんと来なさいよね!」
そう叫びながら、エリシアはどこかへと走り去って行った。
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