第4話 反逆

 シアンの主人。

 つまり、首輪を操作してシアンを操れる唯一の人物。

 主人が一声上げるだけで、首輪が魔法を発動してシアンを苦しめることも、殺すこともできる。


「いやぁ、流石は旦那だ。旦那が動いたら、すぐに捕まえられましたよ!」


 主人の隣では、スーツの男が手もみをしながら媚びていた。

 その姿には見覚えがある。レイラの暗殺命令を伝えてきた男だ。


「どう、して……」

「どうして、私がお前を見つけられたのか知りたいのか? 簡単な話だよ。お前は始めから私の手のひらで踊っていたにすぎない」

「旦那のご提案でな。お前は首輪を外すために動くと読んで、街のごろつきどもに噂をバラまいておいたのさ。『スラムには奴隷の首輪を外せる奴が居る』ってな」


 つまり、シアンがスラムを訪れたのは主人の思惑通りだったらしい。

 まともに追いかけてもシアンは捕まえられないと読んで、策を用意していた。

 その策にまんまとハマってしまったのだ。


「へへ、それじゃあ俺は失礼しますよ」


 シアンをここまで連れて来た串焼き売りの男は、へらへらと笑いながら去って行った。

 どうやら、彼はスラムに入って来たシアンを捕まえるための罠だったようだ。

 

「ふん……さて、愚かな奴隷の処遇を決めるとするか」


 主人は居なくなった串焼き売りに目を向けることも無かった。

 ただ鼻で笑った後に、コツコツと革靴を鳴らしてシアンへと近づく。


「なにか申し開きはあるか?」

「……」

「あの性悪女を殺し損ねたことの、言い訳はあるかと聞いているんだ!!」


 ガン!!

 主人は持っていた杖を振り上げると、八つ当たりでもするようにシアンを殴りつけた。


「あの女を殺し損ね! 妹の殺害まで邪魔をしおって!! この、役立たずのゴミクズが!!」


 ガン! ガン! ガン!

 何度も。何度も。何度も。主人は杖を振り下ろす。

 家に出た害虫を叩き潰すように、念入りに、憎悪を込めて、シアンを殴りつける。


「この奴隷風情が、己の愚かさに後悔しろ!!」

「こ……か……せん」

「あぁ!?」

「後悔は、していません」

「……は?」


 主人はぽかんと口を開けた。

 ガンガンと殴られたシアンは、体中に青あざができていた。

 それでも、主人を睨みつけるように見上げる。


「ボクはレイラさんを殺したくなかった。その妹さんにも死んでほしくありませんでした。なにも悔いることはありません」


 主人はピクピクと目元を震わせる。

 怒りがマグマのように湧いてきたのか、顔を真っ赤に染めて血管を浮き出した。


「顔だけは良いから殺すのは惜しいと思っていたんだが……よほど死にたいようだな」


 主人はスーツの胸元に手を入れると、金色に輝く拳銃を取り出した。

 普段のシアンであれば拳銃程度は脅威にならない。

 魔法によって弾丸を撃ちだす銃は、誰でも扱いやすい武器だが威力に限りがある。

 弾丸を『避ける』『耐える』『切る』程度は、そこそこの武人なら簡単にできる芸当だ。


「う、ぐぅ……」


 しかし、今のシアンは首輪によって、激痛とともに行動を制限する魔法をかけられている。

 つまり、銃に対処することができない。

 主人は銃口をシアンに向けると、ゆっくりと引き金に指をかけた。


「死ね。愚民」

「あら、自己紹介?」

「なっ!?」


 冷ややかな声が響くと共に――ズドン!!

 小屋の壁に穴が開く。飛び込んできたのは腕ほどの氷柱だ。

 氷柱は真っすぐ主人へと飛ぶと、その脇腹を貫いた。


「ぐオォォォッッ!?」


 飛び散る鮮血。主人は脇腹を抑えて座り込んだ。


「愚民はあなたの方でしょう? 帝国議会下院議員。『ウェッジ・ウェリントン』さん?」


 ガチャリと小屋の扉が開かれる。

 入って来たのは銀髪の美少女――レイラだった。


「き、貴様ァ!! 私は帝国議会の議員だぞ!? こんな事をしてただで済むと――」

「平民ごときがさえずるな」

「ッ!?」


 ガン!!

 主人の――ウェッジの頬に赤い線が走った。

 ウェッジのすぐ後ろでは、氷の刃が床に突き刺さっていた。


「私が何も知らないとでも? あなたが雇った死霊術師、あっさり捕まってあなたの事も喋ってくれたわ。私の妹を殺すように命令されたってね」

「そ、それは……」

「下院の平民議員でも帝国の法律ご存知でしょう? 貴族に危害を加えようとする行動は『国家反逆罪』に該当するの。なぜなら、皇帝が認めた貴族を害する行為は、帝国への反逆なのだから」

「……」

「ちなみに、国家反逆罪の量刑は良くて終身刑。ほとんどの場合は死刑になるわ」


 死刑と言われたウェッジは、真っ赤だった顔を真っ青に変えていた。

 寒さに震えるように、ぶるぶるとアゴのぜい肉を揺らしている。


「だ、だが証拠は無いはずだ!! その死霊術師が勝手に言っているだけだろう!? 誰かが私をはめたんだ!!」

「ええ、確固たる証拠は無かったわ」

「それなら――」

「この瞬間まではね」

「……は?」


 レイラはシアンに近づくと、そっと寄り添うように体を起こした。


「もう少しだけ我慢してね」


 そう言って、シアンに付けられた首輪を触る。

 ウェッジが混乱しているせいか、すでに激痛は収まっていた。


「この首輪、使用者の魔力を登録することで特定の人物の操作のみを受け付けるようになっているの。つまり調べれば、あなたと彼女の繋がりが明確になるのよ」

「だ、だから何だ!? たしかに、その首輪は法で禁じられているが、国家反逆罪との関係は無いだろう!!」

「首輪じゃないわ。問題は彼女よ」

「……ッ!?」


 レイラはシアンの頬に手を添えると、優しく撫でた。

 そしてジッと目を見つめる。ひんやりとした青い瞳が、月のようにシアンを照らした。


「正直に教えて欲しいの。あなたは、どうしてグレイシア家の屋敷に居たの?」

「それは……」

「なにも答えるんじゃ――むぐぐ!?」

「だ、旦那ぁ!?」


 シアンを止めようとしたウェッジの口が氷で固められる。

 そんなウェッジには目もくれずに、レイラはシアンを見つめ続けた。


「お願い。正直に教えて」

「……レイラさんを殺すように。命令されていました」

「ありがとう」


 レイラはシアンの頭を撫でると、くるりと向き直った。

 先ほどまでの優しい目はどこへ消えたのか、氷柱のように目を細めウェッジを睨んだ。


「まだ言い逃れがあるかしら? ああ、口の氷は溶かしてあげるわ」

「ぶは!? ……もう言い逃れはない」


 ウェッジはだらだらと血を流す脇腹を抑えながら、ゆらりと立ち上がった。

 額には脂汗が浮かんでいるが、その目は何かを覚悟したようにギラついていた。


「だが、貴様にはここで死んでもらう。おい、この女を殺せ!!」

「了解です。お前ら、客人をもてなせ!!」


 ウェッジとスーツの男が叫んだ。

 ――しかし、なにも起こらなかった!


「……な、なんで誰も来ない」

「えっと……おい、お前ら!!」

 

 ウェッジたちは動揺を隠せない。

 どうやら、仲間を呼んでいるのに誰も来ないようだ。

 おろおろと外に向かって叫ぶが、誰も入ってこない。

 しかし、何度が叫んでいるとようやく扉が開いた。


「おい、遅い……え?」


 しかし、扉から入って来たのは真っ白なサーコート姿の老人だった。

 とてもウェッジたちの仲間には見えない。


「失礼。ウェリントン議員の関係者と思われる者たちは全て捕縛いたしました。部下たちが順次護送しております」

「ほ、捕縛……?」


 ウェッジがぽかんと口を開いた。


「……まさか私が一人で来たとでも思っていたの? あなたの悪事は宮廷に報告済み。こちらは今回の捕縛作戦に協力いただいた第三宮廷騎士団の団長よ。ご協力ありがとう」

「いえいえ、うら若きお嬢さんのお助けになれて光栄です。さて、ウェリントン議員には私と一緒に来ていただきましょうか」

「ま、まて、待ってくれ!! 違うんだ!!」


 騎士の老人がウェッジを捕まえると、ウェッジは逃げようと喚きだす。

 しかし、ご老体でも流石は騎士。ウェッジが少し暴れてもビクともしない。


「あぁ、少し待って」

「あぁ、レイラ様、お願いします。違うんです!」

「別にあなたのためじゃないわ。彼女の首輪を外してから牢屋に入りなさい」

「……!?」


 レイラはそう言って、シアンを支えて立ち上がらせる。

 さっさと首輪を外せと、ウェッジを睨んでいた。

 一方でウェッジはシアンを睨んでいた。まぁ、捕まる決定的な証拠になったので恨みもするのかもしれない。

 とんだ逆恨みだが。


「お、お願いします」


 ウェッジに睨まれたシアンは、気まずいながらも首輪が見えるように顔を上げる。

 爆発しそうなほどに目を血走らせながら、ウェッジは首輪へと手を伸ばした。


 しかし、シアンはふと気づく。

 首輪を操作するためには、別に言葉を口に出さなくても触るだけで良かったはずだ。

 もしかして、このまま首輪で殺される可能性もあるのでは?


「言っておくけれど……首輪が彼女を殺すよりも早く、あなたを殺すことができる。別に、あなたを殺して首輪を外しても良いのよ?」

「……そんなことは考えていない」


 ウェッジは悔しそうに顔を歪ませながら、乱暴に首輪を取り外す。

 久しぶりに解放された首元は、不思議なほどに爽快感があった。


「はい。もう連れて行って良いわ」

「……クソ!!」


 ウェッジとスーツの男は、騎士の老人に連れられて行った。

 二人同時に引きずるように連れて行ったのだから、パワフルなご老人である。


 残されたのはシアンとレイラ。

 シアンはスッキリした首元を触りながらも、少し気まずさを感じていた。

 暗殺を企んでいたと知られた相手と、どんな顔をして話せばいいのか分からない。


「あの……すいませんでした」

「あら、どうして謝るの? あなたはグレイシア家で雇ったの。家人を守ることは貴族として当然の勤めよ」


 レイラはにこりと儚く笑うと、ぽんぽんとシアンの頭を撫でた。


「……ありがとうございました」

「こちらこそ、妹たちを守ってくれてありがとう。さぁ、帰りましょうか」

「えっと……」

「あなたも付いて来てくれるかしら?」


 レイラがシアンに手を伸ばす。

 その手を、シアンは握り返した。

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