第18話 土地神様のお友達 その五



「―――ってことで、こちらの本は元々セキさんのお姉さんの友人の物らしいです」



 戻ってきたマトイさんに僕はすぐさま縋りつくようにこの状況に至った経緯を説明した。

 すると、さっき二人きりの時に話した僕の弁明を分かりやすくサラとフキにも解説してくれた。その結果、あっさりと誤解は解けたのだった。


「なんで僕の話は聞かなかったのにマトイさんの話は素直に聞くんだい二人とも」

「ゴメンネセッチャン。鳥を乱しましタワ」

「悪かったな。つーか最初からそう説明しろよ」

「いやお前らが逃げたんだろ。つーかなんで逃げたんだよ」


 仮に僕が同性愛者だったとしても逃げる必要はないだろ。後の関係には響きそうだが。


「さっきのページをよく見てみろ」

「うん?」

「どう思うよ」

「こっちの人、ちょっとフキに似てるね」

「そういうことだ」


 なるほど。それで僕がお前に気があると思ったわけか。

 たしかに日々近い距離間で接している友人の所有物に自分に似た人間が描かれていて、こんな描写の物が露見したら怖いかもしれない。

 だがなフキ、僕を見損なうんじゃないぞ。


「安心しろ。仮に男が好きでもお前だけは無い。確かに顔は良い方だとは思うが僕にも選ぶ権利はある」

「顔がイイのは認めてるんダネ」

「照れるぜ」


 顔を赤らめるな気持ち悪い。


「セッチャンがワタシやイザにしないから信じちゃった」

「常に僕が紳士的なだけだ。見せないようにしてんのよ」

「……Hm. 反応はしてんノネ」


 あ、言わなくていいこと言った気がする。

 くっ、なんて誘導尋問だ。やるようになったじゃないかサラ。


 とりあえず二人には他にも言いたいことは色々あるけど、まあ反省してるみたいだしこれ以上は何も言わないでおこう。

 それよりもイザの方を起こしてやらないと。


「イザー。そろそろ起キテー」


 目を開けたまま転がっているイザの頬をサラがべしべしと叩く。

 どうでもいいけどあの状態で目が乾かないのだろうか。


「……はっ! な、何か悪い夢を見ていた気がする……」


 あ、起きた。

 どうやら本の中身については夢の中の出来事だと思っているらしい。

 これは思わぬ好都合だ。イザには誤解なく説明することができ――


「夢ってのはこれのことか」(ぴらっ)

「……」(バタッ)


 ――ると思ったのにフキが本の中身を起き抜けのイザに見せたことで再度倒れてしまった。


「何してくれてんだバカ」

「俺とサラが勘違いしたんだ。仲間外れは可哀そうだろ?」


 時には放っておいてやるのも仲間だと思うよ僕は。


「Heyイザ。起キテ起キテー」

「はっ! ……夢か」

「ハハハ、良い夢見れたかちっさいの」

「アンタが男好きになる悪夢見た気がする……」

「何ィ!?」


 あ、勘違いの対象がフキにすり替わってる。

 起き抜けに見せたりなんかするから記憶がこんがらがったのだろう。自業自得である。


 バカフキに疑惑が移ったのは置いておいて、イザにも二人やマトイさん同様に説明をした。

 流石に何度も勘違いされるのは怖くて僕自身恐々として喋ったけど、思いの外イザは冷静に聞いてくれて安心した。流石は僕らの常識人枠である。


「と、ともかくそういうことでこの本については僕のではないってことで」

「何度も言わなくても分かってるわよ」

「……そこの二人みたいな反応されたくないからね」

「アタシが寝てる間何があったのよ……」


 イザが振り返ると、フキとサラは同時に明後日の方向へと顔を背けた。こっち向け馬鹿共。


「ところでその本、ちょっと見せてもらっていい?」

「ん? まあいいけど」


 言われるままにイザに手渡すと、数ページほど捲ってはそれぞれのページをじっくりと見つめている。


 ……キリさんと同じパターンじゃないだろうな。


「アタシはそういう趣味じゃないからそこは安心して」


 心を読まれた。鋭い女だ。


「じゃあなんでそんな見てんの?」

「いやなんかこの絵柄見たことがある気がして……どこで見たんだっけ」


 ……なんだって?


「……え、マジで?」

「多分だけどね。絵柄に覚えがあるってだけなんだけど」


 これは思わぬ怪我の功名だ。この本の出処が分かるかもしれない。


 実はこの本について自分で調べてみたりもしたのだが、どこの誰が描いたものなのかが分からなかったのだ。

『同人誌』と呼ばれる二次創作の本であることは調べがついているんだけど、表紙や後書きに印字されてあるはずの作者名、ひいてはサークル名すら真っ黒に塗り潰されている。これではどこの誰が描いたのか調べることもできない。


 そういうわけで姉貴からの連絡を待っている状態が続いていたのだが……イザが分かるというのなら話は早い。


「イザ、出来れば詳細を知りたいから思い出してくれると助かるんだけど」

「んー……ゴメン、やっぱ思い出せない。一応写真撮っといて後から調べる感じでもいい? 帰ったらpexevとか見直すから」

「ぺくせ……? まあいいや、それで頼むよ」


 僕はこういった方面に明るくないので色んなアニメや漫画について詳しいイザは頼りになる。……ていうか変に隠さずに最初から相談すればよかったな。




         ○○〇




 イザヘ本について頼んだ後、全員揃って山を下りて榎園家の前までやってきた。掃除が予定よりも早く終わったのでこれから昼食を食べに向かおうと思ったのだが……。


「あ、キリと榎園さん達にお渡しするものがあるので少し待って頂いてもよろしいですか?」


 と、マトイさんに言われた僕らは榎園家にお邪魔して暫し待機となった。

 そして現在、僕とフキは客間でお茶を啜っている。


「落ち着くなぁ」

「だねぇ。……サラ達は何してんだろ?」

「なんだろうなぁ」


 この家に着いてからというものの、女子三人組は僕らを残して二階のサラの部屋へと引っ込んでいった。

 前も同じようなことはあった気がするし、女子同士でしかできない話でもしているのかもしれない。考えるだけ無駄ってものか。


「それよか俺はあのマトイって人の諸々が気になるところだな。何持ってくると思うよ?」

「うーんそうだな……キリさんとサラにって言ってたし、世話になってる菓子折りとか? あ、でもそれだとキリさんにも渡すのはおかしいか。フキはどう考えてる?」

「キリさんの着替え。下着を含む」

「いつもどおりで安心したよ。……いや当たってそうでもあるな」


 発想の元はスケベ心から来るものだろうけど、実際あり得そうなところではある。先日の買い物の時に聞いた話では最初に会った時の着物くらいしか服を持っていなかったそうだし。


「だろ? 当たってたらジュース奢れ」

「え、普通に嫌だけど」

「えー……まあいいか。それとアレだな。さっき境内から出るときあの人、キリさんと一緒になんかしてたよな? アレなんだったんだ?」

「あー、なんかキリさんが小石と葉っぱ握ってから賽銭箱の横に置いてたね。たしかに何だったんだろ」


「アレは祀られているキリの一時的な代替として置いた物ですよ」


「「うおっ!?」」


 二人でマトイさんの謎の行動を思い返していると、僕らの間に当の本人が正座していた。


「いつの間に現れたんだアンタ」

「一体どこから……?」

「普通に玄関からですよ? そこで管理人……アザミさんに会ったのでそのまま通して頂きました」


 なるほど。それでインターホンの音が聞こえなかったのか。

 まあそれはともかく、さっきの話はどういうことだろう。


「えっと、代替というのはどういう……」

「ン? キリから聞いてませんか? 祀られている存在が神社から離れる際は役目を全うできないので、ああして適当な物に力を分けて身代わりとして置いておくんです。自律型のAIみたいなモンですね」

「神様の世界もAI化の波が来てんのか……」

「便利な世の中だね」

「本来は人形なんかいいんですが、急ごしらえということでその辺の石と草で代用しました」


 あ、そこは結構適当でいいんだ。もっと特別な代物なのかと思った。


「以前近くの街中で歩くキリを見かけましたけど、その時セキさんはご一緒でしたよね?」

「えっ……見られてたんですか?」

「まァ偶然でしたけどね。実のところそれもあって今回様子を見に来たというか……。その時に境内から出る時に彼女が何か置いていると思うンですけど」


 この前のデート、見られてたのか。いやデートじゃないけど。顔面布巻人間こんなひとがいたら街中であれ気が付きそうなものだけど、どこにいたんだろう。

 それは置いといて、あの日はたしか……ん?

 あれ?


「あの時のキリさん、そんなことをしていた素振りが無かったような……?」

「……マジで?」

「あ、はい。マジで」

「アイツ……まァいいか。特に何も起きてないし」

「えっ」


 マトイさんは溜息を吐きつつ頭の後ろをかくような素振りをした。

 なんだかすごく不安になる物言いだな。怖いんですけど。


「……ちなみに何が起きるんですか?」

「基本的にあまり大したことはないですね。例えるなら仕事の書類を一旦置いた状態になるわけですから、後で忙しくなってただろうなーってくらいです」

「ああ……」


 それならまあ……。

 いや、キリさん的にはよくないかもしれないけど、そんなに大した問題ではなさそうだ。少し安心し―――


「まァ仮に地震とか災害が起きてたらヤバかったかもしれませんね。土地を護る存在がいなくなってるわけですし」


 問題しかなかったよ。むしろ大問題だ。

 僕らのせいで大惨事になるところだった。次からは行動を取る前にキリさんへの確認を取ることにしよう。絶対に。


「……つか、なんでアンタそんなに詳しいんだ? 人間なんだよな?」


 僕が気を引き締めているとフキが訝し気な目線をマトイさんに向けていた。

 そういえば……確かにフキの言う通りだ。キリさんの関係者というのと見た目で感覚が麻痺しつつあるけど、マトイさんは自身を人間だと言っていた。なのにどうしてここまで詳しいのだろう。


「あァそれは―――」


「オマタセでしたワネ、オフタガタ……ってアレ? マトチャンだ!」


 と、ここでマトイさんの言葉を遮るようにサラが登場した。後ろにはイザとキリさんもいる。


 三人娘も加わってこれで客間には六人。全員がテーブルを囲って座ると割と壮観である。元々広い部屋だから気にならないけど、いつもお邪魔している時は少人数だから少し手狭に感じるな。


「おォっと、お邪魔してます。……なんかキリ、近くない?」

「気にせんで。ちょっとした確認じゃけえ」

「まあ、色々ありまして。ちょっとだけ付き合ってあげてください」

「……上でなんかあったの?」

「オンナノコのヒミツってヤツだワヨ」


 なるほど。それなら何も聞くまい。

 マトイさんも同様に思ったようで、「なら仕方ないですねー」と言いながらキリさんの頭を軽く撫でている。

 あ、キリさん耳赤くなってる。可愛い。


 そんな様子を見て、サラがマトイさんをジッと見つめ始めた。


「どうかしましたか?」

「それ、それダワ。マトチャン」

「どれでしょう?」

「キリチャンとattitude... 態度が違いすぎる! カシコマリなくてもいいからワタシ達ともキリチャンみたく話してヨ」


 サラはマトイさんに詰め寄りつつそう提案し、僕らの方に顔を向けて「ネ?」と同意を求めてきた。


「まあ……それもそうだね。良いと思う」

「なんか俺らだけ距離感じて気持ち悪いしな。イザはどうよ?」

「アタシはどっちでもいいけど」


 キリさんを除く三人それぞれで口々に肯定する。イザについては微妙なところだが、彼女も嫌がってはいないように感じるし、肯定と受け取ってもいいだろう。


「マジで? ンじゃ遠慮なく。敬語って疲れるんだよねェアッハッハ」


 僕らの反応が悪くないのを見て、マトイさんは即座に口調を崩して笑いながら胡坐をかいた。

 順応性が早い。なんか僕の周りってこんな人ばっかりな気がする。


「ところでマトイさん。二人に渡すものというのは? 見たところ手ぶらみたいですけど……」

「ン? あァ、アレね。さっきアザミさんいたから渡しといた。ていうかオレに対してもタメ口でいいよ。あと呼び捨てでも大丈夫だけど?」

「呼び捨てはちょっと待ってほしい……かな?」

「オッケー。好きに呼んでね」


 うわ、人に言われるとやりづらいな。

 僕に同じような事を言われたキリさんの気持ちが少し分かった気がする。すいませんでした。


 ……てか思ったよりノリが軽いなこの人。

 表情が見えないのも理由だろうけど、喋り方だけでこんなに印象変わるのか。別にそれが悪いわけじゃないけど、なんかこう……さっきまでの紳士像が崩れていく。

 イザとフキも同じように感じたのか、少し驚いた表情で固まっている。


「……喋り方、戻した方がいい?」


 そんな僕らを見てマトイさんも察しがついたのか、ちょっと申し訳なさそうな声色になった。


「あ、いや。すいませんちょっと驚いただけで……そのままで大丈夫で、大丈夫。うん」

「そう? なら良かった」

「まあ提案は俺らだしな。んでマトイ、アンタが持ってきたものってなんだったんだ?」

「キリの身分証とか諸々。ここで過ごすんなら必要でしょ?」


 あ、そうか。神様とはいえ今は榎園家でお世話になっている身だ。人間社会に身を置く上では必要なものだしね。

 フキが横で「外したか……」とか言ってるけど、まあお前の予想もいい線いってたと思うよ。邪念抜きで考えれば。

 そんな風に僕が呆れた目でフキを見ていると、イザが控えめに挙手をした。


「そもそも身分証があるの? 神様だよねこの方?」

「そりゃ勿論偽ぞ……色々手続き踏んだのよ。これでもオレは顔が利くからねェ」

「顔見えてませんけどね?」


 あと今偽造って言いかけませんでしたこの怪人?

 い、いやきっと気のせいだろう。多分神通力みたいな僕らの知らない不思議パワーでどうにかしたのだと思おう。そういうことにしておく。


「キリ、一応書類上でのお前は16歳ってことにしてるから。相応の行動を心掛けるように……聞いてる?」

「えっあ、うん。わ、分かった」

「酒も飲んだらダメだぞ」

「えッッ!!!!????」


 マトイさんの言葉に、キリさんは驚愕の声を上げた。

 聞いたこともない声量が発せられ、僕らは揃って身体をビクつかせた。


 ……キリさん?


「キリチャン、オサケ好きナノ?」

「お役目の中で見つけた唯一の楽しみよ」

「お、オウ」


 なんてハキハキとした物言いだ。あのサラでさえちょっと引いている。

 ていうか唯一の楽しみがアルコールて。仕事疲れの社会人を見ているようでちょっと辛いんですけど……。


「……まァ、周りに迷惑かけないで飲む分にはいいか」

「ま、マトイ……」

「小言はあんまり言いたくないからね。あ、でもちゃんと隠れて飲めよ?」

「う、うん!」

「もし酔ったりして問題になりそうなら……そうだな。神通力でもなんでも使ってその場の人間の記憶をキチンと消すように」

「分かった!」


 だいぶ力業の解決法だけどいいのかそれで。

 ホントにできそう、というかできるんだろうから余計に質が悪いよ。


 この二人、もしかすると僕らが思っている以上に真面目ではないというか……人間的かもしれない。いや、キリさんには元々そんな感じだったけど、マトイさんとセットになると余計にそう感じられる。

 ……とりあえず、今のやり取りも踏まえた素の姿を見られたことで余計に親近感が湧いてきた。


 なんだかこれから仲良くなっていけそうな気がしてきたな。




 などと、二人の様子を見て考えていると、イザが「そういえば」と話を切り出してきた。


「結局お昼はどこに食べに行くのよ?」

「あー、決めてなかったね。どこ行く?」

「セキの奢りで焼肉」

「エッ、BBQ!?」

「無理に決まってんだろ。割り勘ファミレス」


「あ? ンじゃオレが全員奢るよ。皆で焼肉行こうぜ。キリもそれでいい?」

「あ、うん」


『マジで!!!???』


 な、なんてことを提案するんだこの人! 神様か何かか?


 いやぁ、本当に仲良くなれそうだなぁ!!



「…………神様、私なんじゃけどね?」



◆◆◆◆


旧プロットはここまでです。

続きは本編の二幕の途中からとなりますので、よろしければそちらもご覧ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

土地神様は薔薇が好き。(旧プロット版) WA龍海(ワダツミ) @WAda2mi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ