第17話 土地神様のお友達 その四


 マトイさんとの話の後、僕らは倉庫の前まで戻ってきた。

 そして現在、目の前の予想外の光景に呆然と立ち尽くしている。


 どんな光景かというとそれは――



「ウオオオ! 大人しく吐くんだキリチャン! ウオオオ!」

「何を吐けばいいのか分からんのんじゃけどうわああ!!」


「がんばれー二人ともー」



 膝を抱えて座るイザを中心に赤毛の女サラ白毛の神様キリさんを追いかけまわしていた。


 ブリッジで高速移動しながら。



「なんでその体勢のままそんな機敏に動けるんよ!?」

「HAHAHAHAHAHA!! Everydayのtrainingを欠かさなければこのクルァイの動きができるモノでございまグワァァァ砂が目と口にッッ!!」

「あ痛たたた小石と砂が」


「なにこれ」


 砂埃を顔面に受けて派手に転げまわる赤毛のバカと、二次被害で頭から砂を被るミニマムおさげを見ながら僕は呟いた。

 うん。ホントに何なのコレ。


「おう、おかえりさん」


 いつの間にか妖怪に進化を遂げた赤毛の友人に困惑していると、少し離れた位置で様子を伺っていたフキが片手を上げた。


「あ、ただいまフキ。……で、何なのこの状況?」

「話すと長くなったり短くなったりするんだがな……」

「簡潔にまとめろ」

「休憩がてら女子三人で恋バナしてたらああなってた」


 なるほど簡潔にまとめられている。

 謎は深まったけど。


「どんな恋バナをしたらサラがスパイダーウォークすることになるんだよ……」

「ああ、あれはなんやかんやで追いかけっこに発展したはいいがサラの足が速くてキリさんがすぐ捕まるからハンデとしてああいう形になっただけだ」

「他にやりようがあっただろ」


 ていうかなんで捕まえたのにやり直してるのあの紅白二人組。


「ん? あの二人はともかく、イザは……」

「最初はアイツもサラと一緒に追いかけてたんだがな。如何せん体力不足で途中バテたから俺が中心点になるように提案したわけだ」

「なるほど。狙いは?」

「そりゃあのちっさいのに一泡吹かせる為に決まってんだろ。計算通り砂を被ってくれたぜフハハハハハ」

「オラァ!」

「ウボァ!」


 フキが悪い笑みを浮かべた途端、その頭は地に伏すことになった。イザに背後から箒で後頭部をぶっ叩かれたのである。

 思わず拍手してしまうほど素晴らしいフルスイング。流石は容赦という熟語が辞書に無い女、井櫻だ。


「ふぅ……悪は滅びた」

「お疲れイザ」

「ああセキ、おかえり。なんの話してたのよ?」

「あー……それを踏まえて皆に話したいことがあるんだけど」

「ふーん? まあ分かったけど……マトイさんは?」


 イザの言葉に振り返ってみると、一緒に帰ってきたはずのマトイさんの姿はなかった。

 フキと話していた時点でやけに静かだとは思ってたけどその時いなくなっていたんだろうか。どこ行ったんだろ?


「……マトイさんならさっき倉庫ん中入ってったぞ」

「うわ復活した」

「チッしぶとい」

「フッ、褒めるな褒めるな」

「「別に褒めてねえ」」


 まあその頑丈さは感心するところではあるけども。

 それであの人はなんで倉庫に……ってそういえばさっき手伝うって話してたんだっけ。


「……って何してんの二人とも」


 マトイさんの行方を探して倉庫の方に目を向けてみると、何故かサラとキリさんが倉庫の入口で並んで正座していた。紅白美女のお雛様とお雛様状態である。


「いやさっきマトイに『危ないから座ってなさい』って怒られて……」

「ハンセーの態度を見せる為にセイザでゴザル」

「態度だけかよ」


 ちなみに二人の足元にはブルーシートが敷かれている。

 またマトイさんの上着が犠牲になってなくてちょっと安心した。


「えーっとマトイさんは……」

「呼びました?」


 正座する紅白を尻目に呟くと、件の人物が倉庫から顔を覗かせた。

 厳密には顔は隠れて見えない人物ではあるが。


「中で何してたんですか?」

「勝手ながら中の掃除を少し。余計でしたか?」

「いえ、むしろ助かります」


 別に僕の許可は取らなくてもいいんだけど……いちいち丁寧な人だなあ。

 ここまでの行動からしてすごくまともな人なのは重々承知しているけど、如何せん見た目の怪しさが勝ってるから頭がおかしくなりそうだ。


「一応確認してもらってもよろしいですか?」

「分かりました」


 促されるままに倉庫内を覗くと、そこには―――



「……なんじゃこりゃ」



 ―――なんということでしょう。

 倉庫内にあった砂や埃は一つとして無くなっており、中に残っていた物は綺麗に全て磨かれているではありませんか。

 さらには壁の汚れや蜘蛛の巣も綺麗に撤去され、カビの臭いのする淀んだ空気もスッキリと澄んだものになっています。

 匠の技によってまるで中身だけリフォームしたかのようにも見える、素敵な空間が形成される倉庫へと様変わり。これは家主(?)の土地神様及び管理をしているアザミさんも満足の出来なのではないでしょうか。


 ……いやちょっと待て。

 僕とフキが話していた時間はほんの数分程度だったはずだ。

 あの短時間でここまでやったのこの人?

 え、凄くない?


「……師匠とお呼びしても?」

「申し訳ありませんが弟子は取らない主義でして」


 にべもなく丁重に断られてしまった。

 くっ、掃除の極意を教わろうと思ったのに。


「へー、マトイさん掃除上手なんですね」

「マトイってなんでもできるよねー」

「オレにも苦手なことはあるけどね」


 僕が弟子入り志願を断られていると、後ろからイザとキリさんが様子を見にやってきた。

 いや上手とかいうレベルじゃない気もするけど……まあいいか。


「おい俺らの仕事半分減ったみたいだぞ!」

「Yeahhhh! マトチャンそのまま全部ヤッチャッテー!」


 ……とりあえず外ではしゃいでる馬鹿二人は後でシバいておこう。




         ○○〇




「―――よし、コレで最後だな。フキ、右の棚の三段目に頼む」

「りょうかーい」


 倉庫から物を運び出す時に書いた配置のメモを片手に、フキに最後の指示を出した。

 やっぱり重い物を高い場所に運ぶのにコイツの背丈と筋肉は最適だな。呼んで良かった。


「マトチャンのオケゲで早かったネー」

「アタシらやることほぼなかったしね」

「そうじゃねえ」


 三人娘の言う通り、今回のほとんどの作業はマトイさんの働きによるものが大きかった。

 とてつもない手際の良さ……と同時に単純に動きが早すぎて、掃除を再開してからものの三十分で倉庫内の掃除は終了することになったのである。


 ……ホントは今日の所は全体的に軽く整理と掃除をして、細かい部分は来週する予定だったんだけどね。

 まさか今日だけで、というか一時間もしないうちに想定以上に綺麗になって終わってしまうとは嬉しい誤算だった。


「マトイさん、本当にありがとうございました」

「お役に立てたのなら光栄です」


 恩を着せるでもなくそう言って軽く笑うマトイさん。

 なんかもうこの見た目にも慣れてきたし、ただの良い人にしか見えなくなってきたな。


「いやー出番がほとんどなかったなあ俺達」

「ザンネンですナーHAHAHA」


 ……こちらにサボり魔が二人いたせいで余計にマトイさんがより輝いて見える。

 手伝ってくれた謝礼としてこの後昼食を奢るつもりだったけど、サラとフキには飲み物だけで良い気がしてきた。二人の分マトイさんに奢ろうかな。


「んで? なんかアタシらに話すことがあるとか言ってなかったっけ?」

「あ、そうだった」


 三人にキリさんの本に関する諸々を説明するんだった。

 シームレスに掃除を再開したから忘れてたわ。危ない危ない。


「キリさんが持ってた本についてなんだけど……」

「この本?」

「はい、それです。この本の内容と出処について説明しようかと思っ」

「あっ」


 と、キリさんが例の本を取り出したところで強い風が吹いた。

 その拍子に彼女の手から本が離れ、ゆっくりと落下し―――




 ―――パサリ、と軽やかな音を立てて地面へと着地した。

 …………中身の見えた状態で、僕らの中心の位置に。




 何故か服がはだけている身綺麗な男達。

 ベッドの上で熱く語らい、抱き合い、そして散りばめられた謎の花のトーン。

 そんな見開きページが見せつけるかのように我々の眼前に広がっている。



『………………』



 凝視。

 そして、沈黙。


 数分、いや数秒にも満たない時間だったかもしれない。しかし、まるでしばらく時が止まったかのようにその場にいる全員が言葉を発さずにいる。


 いやはや、なんて悪戯な風だろうか。

 むしろタイミング的には悪質と言えるけど。


 ……どうすんだよこの空気。

 

「わああぁっ、汚れる!」


 いち早く動いたのはキリさんだった。

 この場にいる中で一番この本を大事にしている方だし、当然と言えば当然であろう。


 しかし、問題はここからだ。



(ザッ……)



 キリさんに続いて現実に戻ってきたらしいサラとフキが物凄い勢いで僕から離れていったのである。

 目視で一気に3メートルは突き放されたな。


 …………いやあ、何故でしょうねえ。


 いやしかし、あの二人に比べて全く動じていないイザは流石だな。表情一つ変えずにその場に留まってくれている。

 先に事情を話してあのサボり組に説明して貰うことにしよう。


「あのさ、イザ。説明させて欲しいんだけど……」

「……」

「イザ?」

「…………」


 ……返事がない。

 どうしたことかと肩を揺らしてみると、ミニマムおさげ女は直立不動の体勢のままコテンと転がってしまった。


 め、目を開けたまま気絶してる……。


 なるほど、動じてないんじゃなくて激物を目の当たりにしたショックで動けなくなっていたのか。


 ……どうしようコレ。

 とりあえずさっき紅白二人組が正座してたブルーシートの上に転がしとくか。


「……さて、二人とも」


 イザのことは後にするとして、とりあえず今はサラとフキに恐る恐る近づきながら声を掛けてみることにした。

 すると、


(ズザザッ……)


 さらに後退りされた。

 ………………いやあ、何故でしょうねえ!


「……セッチャン」

「なんだいサラ」


 重苦しく口を開いた友人に僕は変わらない調子で訊き返した。


 何をそんなに話辛そうな面をしてるんでしょうね。

 どんな理由があるのか皆目見当がつかないなあ!!


「せせ、セッチャンがhomosexualのヒトでもわ、わわわワタシはお、オーエンするから……」

「待ってサラ。せめて目を合わせて話してくれ」


 ていうかなんでちょっと泣きそうな顔してんのこの子。泣きたいのはこっちなんですよ榎園さん。


「セキ、安心しろ。俺は分かっているさ」

「フキ……」


 流石はフキ。普段の変態的思考回路はともかく、頭の回る聡明な男だ。

 親友であるお前なら分かってくれると信じていたよ。


 ……距離が遠いままなのは気になるけどな!


「実は俺は女の子が好きなんだ」

「うん知ってる」

「だから……お前の気持ちには応えられねえ。すまん!」

「何気色悪い勘違いキメてくれてんだテメェ!」


 何僕が振られたみたいな感じにしてんだコラ。反吐が出るわ。


 まさか本一冊でここまで友情が揺らぐことがあるとは思わなかった。

 いや勘違いされるという点では懸念していた通りではあるんだけど……想定以上の惨事が過ぎる。


 こうなったら我らが土地神様にご助力願うしかない。

 そう考えて振り返ると、


「え!? せ、セキさんとフキザキさんってそういう!!??」

「これ以上場を乱さないでください土地神様」


 助力どころか燃料を追加するな。

 二人(特にフキ)との距離が物理的にも精神的にもさらに離れたじゃないか。


 ……ダメだ、収拾がつかない!

 こうなったら一番冷静そうなマトイさんに助けを……ってアレ?


「マトイさんは何処に?」

「さっき『疲れただろうから皆の飲み物買ってくる』って降りて行きよったよ」


 流石マトイさん。なんて気遣いができる人だろうか。

 でももう少しだけこの場に留まってくれてると嬉しかったです。


「大丈夫だセキ! 唐突すぎてまだ飲み込めてないだけで俺たちはお前の味方だからな!」

「ウン! ワタシもできるだけpositiveに……あやっぱムリかも涙出てキタ」

「……」(←微動だにしないイザ)


「優しい言葉をありがとう馬鹿共。いいからこっちに来て僕の話を聞け」


 なんて優しい奴らだろうか。反応に困るから誤解を解かせろ。


「あ、あの!」


 付かず離れずの距離感を保ったままどうするか考えていると、キリさんが手を挙げた。

 もしや誤解を解いてくれるのか、土地神様!


「あ、えっと……この本は元々セキさんのお姉さんのなんよね? じゃけんセキさんの物ではないというか……」

「あ、すいません実は姉の物では無いというか無かったというか」

「やっぱお前のなんじゃねえか!!」

「しまった折角のフォローを台無しに!」

「セキさんもしかして割と阿呆なのでは?」


 くっ、誤解が深まってしまった。なんという会話のトラップ。

 僕は姉の名誉を守りたかっただけだというのに……これが叙述トリックってやつか。いやなんか違う気がする。

 と、とにかくこの本が僕の物ではない事を説明しなければ。しかし掃除の疲れと焦りで上手く事が運ばない。


 僕の力では解決できないというのか。くそ、一体どうすれば――




「ただいま戻りましたよォーっと……なんですかこの状況?」




 ――と、頭を抱えたところでビニール袋を携えたマトイさんが帰ってきた。


 ……困惑した声のミイラ紳士が、後光の指す救世主に見えた。

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