第15話 土地神様のお友達 その二


 ―――キリ、という方をご存知でしょうか?



 目の前の顔面布巻き和風怪人、マトイさんから予想外の名前が飛び出してきたことで僕はどう答えていいのか分からなかった。

 えっと……キリさんって、あのキリさん?

 最近僕らと仲の良い、この土地の神様の。


 い、いや待て。もしかすると同名の別人という可能性もある。確認しておこう。


「えっと……どんな方、なんでしょうか……?」

「全体的に白くて基本的に和服を着てる神様なんですけど……」


 100%あの土地神様だわ。

 白くて和服で神様はもうあのキリさんしかいねえわ。


「えっと――」

「ねえ、ちょっと……」


 キリさんについて話そうとしたところで、イザに腕を引っ張られた。

 隣にはサラとフキも捕まえられている。


「な、何?」

「いや、キリさんのこと馬鹿正直に話さない方が良くない?」

「え、なんで?」

「怪しいでしょうが。見た目もそうだけどなんで神様を知ってんのよ」

「そりゃ知り合いだからじゃねえの?」

「本当に知り合いかどうか分からないでしょ」


 ふむ。イザの指摘ももっともだ。

 実際、マトイさんについて僕たちは何も知らないし、顔すら未だに分からない。

 いや、それどころか肌すらろくに見えていないし人間かどうかすら怪しい。


 だけど、なんというか……


「マトイさんって嘘はついてない気がするんだよなー……」

「アンタは楽観的すぎんのよ……はぁ……」

「ため息を吐くな。幸せが逃げるぞ」

「セッチャンの言うとーりでしテヨ。幸せchargeしないとネ」

「ちなみにどうやってチャージすんの?」

「俺の場合は美女と触れ合えれば幸せに……待てよ? それなら美男子の俺がお前に抱き着けば幸せになるのか?」

「殺すぞクソゴリラ」


 やだ、幸せどころか死と隣り合わせ。


「……そーいえば、キリチャンいないネ?」


 サラの言葉にハッとして辺りを見回す。

 ……そういえばその通りだ。


「確か先に行ったって言ってたよね? サラ、その時何か聞いてる?」

「ンート、なんか前髪トカ気にしてた気はするケド」


 ……なんで前髪?

 サラの家で寝泊まりするようになってからファッションに目覚めでもしたのか?


「あのォ、そろそろ質問に答えて頂いても……?」


 あ、やべ忘れてた。

 えーっと……とりあえずここは……。


「すいません。その方は存じ上げませんねー」

「いやあんだけ話しといて誤魔化すのは無理があるかと」


 普通に聞かれてたわ。

 いやしかし、我々は小声で話していたはず……。

 はっ、この人……!


「まさか……めちゃくちゃ耳が良い!?」

「ジンツーリキを疑えヨセッチャン」


 あ、そうか。


「すいませんやり直してもいいですか?」

「どうぞ?」


 マトイさんは快く受け入れてくれた。

 では気を取り直して……。


「まさか……神通力!?」

「いえ、めちゃくちゃ耳が良いだけですね」


 めちゃくちゃ耳が良いだけだったわ。

 わざわざやり直したのが恥ずかしいじゃないか。


「そこのバカは放っといて、アンタはキリさんになんの用なんだ?」


 誰がバカだバカ筆頭。

 しかし僕らへの不当な評価はともかく、フキバカの質問はもっともなものだ。突っ込むのはやめておいてやろう。


「大したことでもないですよ。知り合いの顔を見に来ただけで……」

「ア、もしかしてキリチャンが言ってた見た目がスゲー知り合いってマトチャン?」


 知っているのかサラ。

 まあ一緒に過ごしている時間も多いだろうしどこかで話題に上がったのだろう。

 それにしても見た目がすげーって……。いやその通りだけどさ。


「まァ、オレ……私のことでしょうね。アイツももっと言い方があるでしょうに」

「むしろこれ以上ないと思うわ」

「僕もそう思う。……すいません。知り合いとは知らず誤魔化そうとして」

「ワタシも気が付かなくてゴメンヨー」

「皆さんお気になさらないでください。怪しいのは自覚がありますしね」


 ならその恰好やめた方がいい気がします。

 いや、人には人の事情があるものだ。見た目についてはあまり言及するものじゃないな。

 ……それよりもキリさんについて話そう。


「えっと……たしかに僕らも彼女のことは知ってるんですけど、今どこにいるのか分からなくて……」


「あ、大丈夫です。。……せいっ」


 マトイさんは明るい声で懐から空のペットボトルを取り出すと、何もない場所に向かって勢いよく投擲した。

 突然の行動に「何をしてるんですか」と口出ししようとした瞬間、




「―――あ痛ぁっ!?」




 何もない空中でペットボトルが勝手に弾かれたと思ったら、最近見慣れた白い土地神様が光と共に現れた。


 ……おおよそ神とは思えない声を上げて。



「キリさん!? いつからそこに……」

「おそらくは最初から遠目で見てたんでしょうけど、らの会話が気になって近づいてきたってところでしょう」


 マトイさんは驚く僕に対し、跳ね返ってきたペットボトルを拾いながら冷静に説明した。


 流石は知り合い、行動はお見通しといったところか。

 ていうかキリさんって普段あんな感じで姿消してるんだ……。


「ま、マトイ……」

「やっほゥ、キリ。久しぶり」

「あわわわ……」


 真っ赤な顔で震えるキリさんと明るい声色で彼女に近づこうとする覆面の不審者、もといマトイさん。

 絵面が完全に事案である。


「ひ、ひひ久しぶり――あ待って! ちょっと近づくの待って!」

「ン? まァ待つけど……どのくらい?」

「え? ええっと……十分、いや一時間! い、いや……三日くらい?」

「引き伸ばし過ぎ。十秒」

「せめて分単位欲しいんじゃけど!?」

「……五秒前ェー」

「五分でお願いします! あとあっち向いといて!」

「しゃーないなァ。一分待ってやらァ」


 値切り交渉のような言い合いの末、マトイさんはキリさんに背を向けるとスマホを取り出して時間を測り始めた。


 ……なんだかキリさんと話している時のマトイさんの口調、僕らに対するのと違ってなんか軽いな。それにキリさんの方もあまり遠慮がないみたいだし、ちょっと新鮮な気がする。


「モシカシテ、仲良し?」

「ンー、まァ……仲は悪くないと思ってますよ」

「えっと、キリさんとお知り合いってことは……マトイさんも人間ではなかったり……?」

「いえ、私は見ての通り人間ですが……」

「見ての通りなら僕には布で頭を覆っている謎の妖怪にしか見えないんですけど」

「布で頭を覆っている謎の人間です」


 布で頭を覆っている謎の人間って何?


「てか、キリさんは何してんだアレ?」


 僕が頭を傾げていると、フキがキリさんの方を指さしてそう言った。

 フキに倣って少し離れた場所にいる彼女の方を見ると、なにやら落ち着かない様子で服の埃を掃ったり髪を弄ったりしている。

 ……さっきボトルを当てられた時に砂でも付いたのかな?


(ヴヴッ)


 そうして離れた位置の土地神様を観察していたところでマトイさんの持っているスマホが震えた。


「よし、一分経ったな。行っていい?」

「……………………本日はお越し頂きありがとうございました」(……ダッ)

「どこに行くんだいコラ」


 マトイさんが確認を取った瞬間、脱兎の如く走り出すキリさん。

 それに対し、神の足をも凌ぐ速さでマトイさんが行く先へと回り込んだ。

 ……あの人、僕の隣にいたはずなんだけど。


「俺はあの布巻怪人が人間と思えなくなってきたんだが」

「割と最初から怪しいところだったと思うわよ。見た目の時点で」

「でもマトチャン自身がニンゲンって言ってるし……」

「神様がいるんだからヤバイ人間がいてもおかしくはないよね」

「アンタたちの順応性がもう怖いわ……」


 そんな会話をしている間にも二人の攻防続いており、キリさんが方向転換を繰り返すも、反復横跳びのように高速移動するマトイさんが行く手を阻んでいた。まるで新種の素早い虫のようだ。


「うぎゃああ! マトイ、ちょっと動きが気持ち悪い!!」

「そうさせてんのはアンタでしょォが」


 ……傍から見ている分には愉快だが、常人なら気が狂う光景だろう。絵面は完全に質の悪いホラー映画である。


 それにしても……


「なんであんなに近づかれたくないんだろ?」

「Ah...なんテユーカ……」

「乙女心ってやつよ。多分」


 なるほどな。まったく分からん。

 そんな内情はともかく、キリさんはだんだん余裕がなくなってきたのか、慌てた様子で両手を前に突き出していた。

 そして彼女の身体がぼんやりと白い光に包まれて―――ってまずい!



「ま、まま待ってって言うとるじゃろ―――っ! ……あっ」



 神通力だ!

 フキのような体格のいい男子でも問答無用で触れずに放り投げられる程の強い念動力。しかも行使する本人が制御できないという厄介な代物である。

 発動したキリさんも『しまった』といった顔をしている。


「危な―――」


 ダメだ、声を掛けようにも間に合わない。


 そのままマトイさんはぶっ飛ばされ―――



 ―――なかった。




「―――効くかァ!!!」




 マトイさんがそう叫んで右手を横に払うと、パァンッ! という破裂したような音が鳴った。と、同時にキリさんが身体に纏っていた薄い光も立ち消えた。

 つまり……神の力を弾き飛ばしたのである。


『ええええええええ!!!!!』


 余りにも予想外の光景にマトイさんを除く僕ら全員が叫んだ。

 え、いや……え?

 仮にも神の御業のはずなんだけど……どうやったの今の。


「はい確保っと」

「……はっ!?」


 場が混乱したのも束の間、同様に驚き呆けていたキリさんはあえなく襟首を掴まれたのだった。




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