第14話 土地神様のお友達 その一




「セッチャン、スゲーのが来てる」




 土曜日の午前9時過ぎ。

 いつものように神社掃除へと向かっていたところ、榎園家の前に立っていたサラにそんなことを言われた。


「……すげーのって? それにキリさんは?」

「キリチャンなら先に行ったヨ。そのアトからスゲーのも行っちゃった」


 だからすげーのって何?

 しかし先に行ってしまったか。どうせなら全員そろってから行きたかったけど……。


「そのすげーのはよく分からないけど、他の二人は来てる?」

「Non. ナカで待っとく?」

「いや、ここでいいや。……あっ、来た来た」



「おはよーっす」

「おはよ……ふぁ……」



 話していると、前方から待ち人……フキとイザがやってきた。


「おはよう二人とも。来てくれてありがとう」

「イザ、眠ソーだネ?」

「起きてる起きてる……ふぁぅ……」

「コイツ、休みの日は昼前まで寝てるからな」


 不摂生だなぁ……。

 先日の運動不足の件といい、イザの健康状態は大丈夫なのだろうか。

 おい待て、僕の背中によじ登るな。そして寝るな。

 仕方がないので手荷物をフキに預けて背負った。この女、道の途中で落としてやろうか。


「ん? キリさんは?」

「なんか先に行ったみたいだよ。キリさんには今日のこと伝えてるんだよね?」

「ウン。RAINが来たとき隣にいたしネ」


 今日はいつもの掃除……とは言っても、特に人手のいる作業をするつもりだ。

 なので学校で二人にも声をかけ、こうしてご足労頂いたという次第である。

 全員集合してから向かうことはサラを通じてキリさんにも伝わっているはずだけど……。


「とにかく行ってみようか。サラの言ってる『すげーの』も気になるし」

「ヨシ! 出発ゥー!」


 元気に前を行くサラを見ながらイザを背負い直して、僕とフキも歩き出した。


「……すげーのって何?」


 僕が訊きたいよ。




         ○○〇




「……んぁ。……えっ、セキ!? なんで!?」

「あ、起きた」


 穏やかな寝息を立てて眠るイザを背負って息を切らしながらも階段を登っていたわけだが、ようやく起きたようだ。

 フキに何度か渡そうかと思ったけど、なんだか起こすのが憚られたのでなんとか気合で歩いた。すごいぞ僕。


「起きたなら歩いてくれ。そろそろ腕が痛い」

「あ、うん。なんかゴメン」

「良い夢見られたかチビッ子」

「うるせえデカッ子。テメェを眠らせてやろうか」

「なんで寝起きでそんなに攻撃的なんだよ……」


 いやむしろ寝起きだからなのか?

 それはともかく、もうすぐ神社に着くんだから少しは落ち着いてほしいものだ。


「俺はお前のためを思ってセキに預けてやったというのに……」

「その件についてはありがとうございました。しかしアタシをチビッ子呼ばわりするのは許さん」

「どういたしましてホビットのお嬢さん痛ぇあああああああ!」

「Oh, Rowling」


 何故かお互いにお礼と罵倒が入り混じった末、フキは膝裏を蹴られて転がり落ちていった。仲が良いのか悪いのかどっちかにしろよ。



 そんなバカげたやり取りの後、鳥居の近くまでやってきたわけだが―――



「―――ア、いた。皆アタマ下げて」



 先頭を歩いていたサラが立ち止まり、突然そんなことを手振りしながら言ってきた。

 とりあえず僕らは指示に従って体勢を低くして、そのまま移動。そして鳥居の横に隠れ、そこから境内を覗き込み――


「なんだ、アレ」


 ―――その光景に、僕らは唖然とした。




 黒い羽織をたなびかせた人が一人、社の前に佇んでいる。




 その人物は社の方を向いており、何かを探している様子で軽く首を動かしていた。

 立っている位置といい、初めて会った日のキリさんと重なる光景だ。

 だが、今はそんな事を思い出す余裕はない。

 その理由はその人の容姿……特にその頭部にあった。



 頭が灰色の布で覆われているのだ。

 完全に、グルグル巻きで。



 顔以外にも長いパンツにブーツ、手袋とほぼ露出が無く、羽織を着ていることもあってこの位置からだと体格もよく分からない。かろうじて見て分かる身体的な特徴は後頭部からはみ出した黒くて長い髪の毛くらいのものだ。

 見てくれで言えば謎だらけ……というか亡霊のような風体であり、とにかく見た目の情報量が多い。



「―――ネ? スゴクナイ?」



 どうやらサラが下で言っていた『すげーの』というのはあの人のことらしい。


「いや……すげーっていうかヤバくない?」


 ……目を輝かせているサラがどう思ってるのかはともかく、アレはどこからどう見ても不審者だろう。

 フキとイザも同じ考えに至ったようで僕の言葉に頷いている。


「ど、どうする? 通報?」

「いや待てイザ。少し様子を見よう。事情があって布を巻いているだけかもしれないし」

「ああ。顔に自信が持てなくて隠しているというパターンもあるからな。この俺とは違って」

「ぶん殴って自身の持てない顔にしてやろうか。いや、たしかに怪我とかあるかもしれないけど……明らかに動きとか怪しいでしょ。何かあったら元も子もないし」

「ワタシ、話しかけてこよっか?」

「「「それは絶対やめろ」」」


 四人で監視を続けながら、小声であーだこーだと話し合うが、結論は出ない。

 ……これは一度下山してアザミさんに事情を話した方がいいかもしれないな。


 そんなことを考えた時だった。




「―――あの、こんなトコで何を見てるんですか?」




 僕らの真後ろから、女性とも男性とも取れる声で話しかけられた。


 …………いつの間にか、監視していたはずの不審者が居なくなっている。

 恐る恐る振り返ると―――



「――こんにちは」



 さっきまで境内に居たはずの不審者が、目の前で手をヒラヒラと振っていた。


 僕らの絶叫が晴天の下響き渡った。





「驚かせてしまったようで大変申し訳ありませんでした」


 鳥居をくぐってすぐ横にある神木の前で不審者……いや、布を巻いた人は僕らに頭を下げてきた。


「ああいや、僕らも急に叫んでしまって……」


 丁寧に腰を折る彼、いや彼女? に面食らいつつ、こちらもつられて腰を低くしてしまう。


「オレ……じゃない、私はこのような容姿ですからね。叫んでしまうのも当然です。そちらの女性は転けておられましたが……お怪我はありませんか?」

「は、はい。アタシは特に問題ないです。受け止めてくれてありがとうございました」


 困惑気味のイザがどうにかお礼を言うと、「それなら良かった」と言って立ち上がった。


 ……いや、めちゃくちゃ良い人じゃねえか。


 わざわざ背の低いイザの目線に合わせるために膝をついて話してるし、なんならさっき荷物持ってくれたし……。

 おどろおどろしい見た目に反して紳士的だ。ギャップが凄まじすぎる。

 誰だよ不審者って言ったやつ。僕だわ。


「皆さんは何故此方に?」

「えっと……よくここに掃除に来ていて、コイツらはその付き添いというか……」

「あァ、なるほど。管理人さんが言っていたのは貴方でしたか」


 え?

 アザミさんのこと知ってんの?


「今朝、下で管理人にご挨拶した際に聞かされまして。毎週掃除をしている方がいると。其方の方はお孫さんでしたよね?」


 布の人(便宜上そう呼ばせてもらう)の言葉にサラの方を見ると、顔を背けられた。

 お前知ってやがったな?


「話してるナイヨーは知らなかったノデ……」

「少なくともこの人が来客ってのは知ってたんじゃないの」

「ソレはモウ、バッチリガッツリキッチリカッチリと」


 通りでお前だけ余裕があると思ったよ。

 よく考えたら第一発見者はコイツだったし、当然と言えば当然か。


「罰としてお前、今日の昼飯は茹でブロッコリーの山葵わさび添えな」

「そ、そんなセッショーな!!」


 そんなやり取りをしていると、神木に背を預けて座ったままのフキが挙手した。


「はい質問! アンタ男? 女?」

「性別より先に訊くべきところがある気がするんだけど」


 いやたしかにこの人、近くで見ると細身だし声も中性的で分からないから気になるけどさ。


「馬鹿言え大事なことだぞ。女性かどうかで俺の態度は変わるからな」

「最低だなテメー」

「うるせえチビ助。俺はそういう紳士だ」


 カスみたいな紳士だなオイ。


「ちなみにどう変わンノ?」

「呼び方とか変わるかもな。女性なら名前で呼ぶし男ならあだ名とか呼び捨てで」

「あだ名って……例えば?」

「ロール●ンナ、もしくは不審者」


 直球すぎる。

 たしかに見たまんまだけどそれを本人目の前にしてよく言えたなオイ。


「私としては不審者でも構いませんが……」

「いやそこは構ってください」


 少しは怒ってもいいんですよ? もはや菩薩の域だよこの人。

 むしろ天然な気がするけど、とりあえず優しい人というのはよく分かった。


「性別とかあだ名は置いといて、名前はなんて言うんです?」

「あァ、えーっと……」


 布の人は顎に手を当てて少し考えるような素振りをした。そして、



「私の事は……そうですね。『マトイ』とでもお呼びください。よろしくお願いします」



 そう言って胸に手を当ててお辞儀した。

 丁寧なその所作はまるで物語に出てくる執事のようだ。

 ……まあ頭のせいで完全にホラー系だけど。


「相引です。よろしくお願いします、マトイさん」

「榎園サラデス! こっちはフキで、こっちがイザ! ヨロシク!」

「いやアダ名で紹介してどうすんだよ。俺が柊崎でそっちの小さいのが井櫻っす」

「……よろしくお願いします」


 皆で軽く自己紹介をする中、イザだけはサラの後ろに隠れて様子を伺っている。まだそこまで心を許していないようだ。

 まあ良い人と分かったとはいえ見た目は怪しいままだしね。警戒心の強いコイツなら仕方ない。


「マトチャンはなんでそんなカッコしてンノ? 趣味?」

「あァ、この羽織ですか? 昔友人に貰った物でして……」


 一方でサラは相変わらず距離の縮め方が凄まじく、既にあだ名で呼んでしまっている。流石はコミュ力の塊、恐れ知らずの申し子である。


「マトイさん、多分突っ込まれてるのは服装そっちじゃなくて頭の方です。それから一つ訊きたいんですけど……」


 まあその奇抜なファッションについて訊きたいのはやまやまだが……それよりも訊いておきたいことがある。


「はい、なんでしょう。あ、マトちゃんでもいいですよ?」

「それはちょっと……。えっと、どうしてこの神社に? さっきは何か探してるみたいでしたけど」


 鳥居に隠れて見ていた時、マトイさんは辺りを見回していた。

 参拝中に何か落とし物でもしたのかもしれない。

 そう、この神社で落とし物……を…………。




(脳裏に浮かぶ例の本 ~笑顔の土地神様を添えて~)




「グゥッッ!!!!!」


 僕は胸を押さえて膝から崩れ落ちた。


「ドーシタセッチャン! 敵襲か!?」

「い、いや大丈夫。ちょっと自分のやらかしを思い出しただけ……」


 つい先日、自分が土地神様の性癖を歪めてしまったことを思い出してしまった。

 ま、まああれはキリさんと出会う切っ掛けになって良かったと考えよう。そうしよう。


「一体何やったんですか相引さん」

「ま、マトイさんも変な物落とさない方がいいですよ……こうなりますから」

「呪物でも落としたんですか?」


 ある意味合ってるかもしれない。


「マジで何落としたんだよお前」

「Ah...アノ本だよネ? アレ結局何なノ?」

「え、何? 何の話?」


 やめろ、お前らまで追及してくるな。


「とりあえずそれは置いときましょうか。私がここに来た理由、でしたっけ」


 三人に詰め寄られて困っていると、マトイさんが察してくれたのかフォローするように話題を元に戻してくれた。

 やっぱ良い人だよこの人……。


「まァ、ある意味では探し物で間違いはないんですけど―――」


 マトイさんは一瞬だけの方を向いた後、振り返って続けた。





「―――あるひとを探していまして。キリ、という方をご存じでしょうか?」





 ―――……えっ?




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