第13話 土地神様と出かけよう その六



 本屋で各々が欲しかったものを買い終え、ショッピングモールから出発。それから電車を乗り継いで地元へと帰ってきた。

 そして今、町が夕景に染まる中で三人仲良く影を伸ばしながら帰路を歩いている。



「エッ、キリチャンってMovie...映画見たコトないノ?」

「あ、はい。キネマの存在は知っとるけどね」

「ンジャ、また今度行ってみよーネ。……セッチャン遅ーい!」

「僕が遅いんじゃなくて世界が早すぎるのさ」



 他愛もない世間話で盛り上がっている二人を見据えて後方からクールに返答した。

 息を吐きながら歩を進めるが、如何せん僕だけ足取りが重い。

 ていうか狸が重い。邪魔すぎる。


「あ、あの……そっちの方、持とうか?」

「いえ、それには及びません……」


 汗をかきながら強がりを……いや、当然の台詞を吐いた。

 既に三人で分担して荷物を持っているとはいえ、その中でも重いものを女性に持たせるのは僕の、男の沽券に関わる。できる限りは持たせて頂こう。


「元々はワタシがHitしたモンだし、ワタシが持つヨ?」

「いやホントに大丈夫。ていうか、なんならお前の荷物を追加で持ってもいいくらいだからな?」

「へ、変に強がらんでもいいんじゃないの……?」


 キリさんったら何を仰るのでしょうね。別に強がってなどいないさ。

 いやたしかに重いけど、僕がサラに言ったのは別に虚勢からじゃない。


「お前、疲れてるだろ」

「……エッ」

「テンション上げすぎたのか知らないけど、足取りがいつもと違うんだよアホ。配分考えて動きなよ」

「……バレてた?」


 サラは隠し事がバレた子どものように「たはは」と軽く笑った。

 丸1年も顔を突き合わせてきた仲だ。気がつくっての。

 

「ぜ、全然気付かんかった……。さ、サラさんは大丈夫なん?」


 ……まあ土地神様は気が付いていらっしゃらなかったみたいだけど。

 神をも騙してしまうとは……流石はサラ、魔性の女である。


「問題ナイナイ! ンモー、バレない自信あったんダケドナー」

「自信を打ち砕いたのは悪かったよ。ほれ荷物貸せ」

「いやセキさんは無理じゃろ。両手どころか前も背中も塞がっとるし」


 キリさんの言う通り、今僕は両手に袋を持っているし、ショルダーバッグを前にかけて背中には狸が鎮座している。

 だが……物を持てないわけじゃない。


「いやいやもっとよく見てください。頭の上がまだあります。さあその袋を僕の頭の上に」

「そっちの袋、私が持つね」

「ウン。アリガトねキリチャン」


 僕の言葉は華麗にスルーされ、紅白二人で解決していた。

 紳士的対応のつもりだったんだけど……何故だ。


 そんなアホなやり取りはともかく、話していて多少は休憩にはなっただろう。

 再度歩き始めて世間話に戻った。


「そーいえば、キリチャンっていつもどうしてんノ?」

「どう……とは?」

「普段どう過ごしてるのか、ってことだと思います」

「ウン。いっつもアソコで一人なんデショ?」


 サラの言う『アソコ』とは例の如くあの神社のことだろう。

 ふむ、普段のキリさんか。たしかに気になるところだ。


「え、えっと……基本的には身体が見えんようにして、町をぼーっと見とることが多いかね? 最近はあの本読み返したりもしとるよ」


 ふむ。身体が見えないようにっていうのは所謂霊体化……みたいな感じかな。いや、神様だし神体化かな?

 この前までこうして見ることも触れることも出来なかったんだし、土地神様という立場からしても概ね予想通りの行動と言える。



「あ、あとあの本を読んでから想像が止まらなくて……町の男の人を見ては悶々としたりとか」



 その行動は予想外だった。

 いや予想したくなかったというか……。

 あとそれは想像ではなく妄想です。僕でやってませんよねソレ。

 僕が訝しい目線を向けると全力で顔を背けられた。


「キリさん」

「……」(ふいっ)

「おい神様」

「…………」(ふいっ)


 こっち向いてください土地神様。こっち向け。

 目を合わせようとする僕と顔を背けるキリさん。カバディの如き攻防戦を繰り広げていると、




「……ずっとアソコにいるノ? 一人で?」




 サラが呟くようにそう言った。


「え? ま、まあ、お役目じゃしね」

「お役目、ですか」

「うん。災害なんかから住民を護ったりするんが私の……土地神の役目なんよ」

「寂しく、ないノ?」



 あの寂れた神社に一人でいる。

 何年も、何十年も……一人で。

 この土地の神としての役目とはいえ……それは、余りにも―――




「―――慣れとるけんね」




 なんでもないような明るい声。

 逆光でよく見えないけれど、笑顔を浮かべていた。

 だけど何故か、キリさんのそんな姿が酷く痛々しいものに感じられた。




「あら? 三人とも、おかえりなさい」




 キリさんにかける言葉を模索していると、しんみりとした空気を切るように前方からアザミさんの声が聞こえた。

 いつの間にかサラの家の前に到着していたらしい。


「おっと、アザミさん。今朝ぶりで……―――」


 アザミさんへの返事の途中で僕は固まってしまった。

 その理由はただ一つ。

 目の前のサイクリングウェアを着た老婆がびしょ濡れだったからである。


「だ、大丈夫ですか? アザミさん」

「あはは、大丈夫大丈夫」


 ハンドタオルで顔を拭いながら快活に笑う妖怪濡れ女。

 ではなく濡れた老婆……もといアザミさん。

 よく見ると周りに大きな水たまりができている。

 今日は一日快晴だったはずだけど……局所的な雨でも降ったのだろうか。


「アレ? 今日Rainyだタケ?」

「ああいや、これ汗。あらやだ水たまりになってるわぁ」

「エッ、キタナッ」

「サラちゃんったらお父さんに似てきたわねぇ」


 なんだ汗か。……いや全部汗!?

 いくらアザミさんの代謝が良くても水たまりができるレベルって相当だぞ。


「やっぱりこの婆さん妖怪なのでは……?」

「セキさん。本音出とる」


 おっと危ない危ない。

 もう少しで世話になっている人に不敬を働くところだった。


「三人ともお茶でも飲んでくかい? ああでも神様には御神酒とかのがいいのかしら……?」

「そんな気にしな……お気になさらないでください。私は―――」

「イージャン! 寄ってけ寄ってけーィ!」


 そう言って僕とキリさんの腕を掴んだサラに引き摺られるように榎園家へと連れ込まれたのだった。




 と、そんなわけで。

 半ば強制的に榎園家へお邪魔することとなったわけだが―――




 ――数分後。

 僕とサラはリビングでだらけていた。


「あー……腕が痛い……」

「Massageシヨっかー……?」

「うん、頼んだ……いやサラ、こそばゆい。これマッサージじゃないよね」

「Oh...ケッコー筋肉質ゥ……」


「キリさんはともかく、人の家なのにセキさんめちゃくちゃ寛いどるね……」


 二人で床に寝転んでいると座ってお茶を飲んでいるキリさんに呆れられた。

 いや、僕だって普段は人ん家でこんな風に身体を投げ出して寛いだりはしませんよ? 今回は流石に身体がキツかっただけだ。主に狸のせいで。

 ちなみにあの信楽焼は榎園家の玄関で鎮座して頂いている。


「キリチャンも緊張しなくてイーノヨ? 寝ころびたまヘー……」

「い、いや……流石にちょっと……」


 どうやら土地神様はリラックスできていないようだ。さっきからせわしなく視線を動かしている。

 まあいきなり連れてこられて緊張するのは当然だけど、サラの言う通りもう少し肩の力を抜いてほしいものだ。まあ僕ん家じゃないけど。


「……あっ」


 背筋を伸ばして座るキリさんの様子を伺いながらサラの足をマッサージしていると、縦横無尽に動き回っていたキリさんの視線が本棚の方に向けて止まった。


「なんか気になる物でもありました?」

「あ、えっと……」


 本棚を見ると、ファッション誌や文庫本、学術本等が羅列していた。

 その中に数冊、毛色の違う物が置いてある。

 これは……前に僕がサラに貸した漫画か。


「サラ、これもう読んだ?」

「ア、ウン。返すノ忘れてたネ。ゴメンヨセッチャン」

「あー大丈夫大丈夫。……で、キリさん。コレ読みます?」

「え、いいん? あ、ありがとう……!」


 キリさんに渡すと目を輝かせて嬉しそうに読み始めた。

 神様っぽくないというか子供っぽいなこの神様……。


「楽しそうねえ。はい、お茶請けにどうぞ」

「あ、すいません」

「いいのいいの。ゆっくりしていってねぇ」


 そうこうしているうちにアザミさんがお茶菓子……カステラを持ってきてくれた。

 しまった。招かれたとはいえせめてキッチンで手伝うくらいはすべきだったな。申し訳ない……。

 まあ反省はさておき、せっかく出して頂いた品だ。ありがたく頂こう。

 手を合わせてフォークを手にしたところで、


「アッ、オバァチャン待って。ちょっとMONOはSudanなんだケド―――」


 お盆を持って去ろうとするアザミさんを寝転んだままのサラが呼び止めた。

 それから続けて、他愛もない事のように言った。




「キリチャンさ、ウチに住んでもらってもイイカナ?」




「「えっ」」


 予想外の提案に僕とキリさんは同時にサラの方を向いた。

 え、住むの? キリさんがこの家に?


「え、あの……私なんも聞いとらんのんじゃけど」


 うむ。反応からして当の本人も初耳のようだ。

 とても困惑した表情をなさっている。


「アソコに一人でいるよりコッチで寝泊まりノがいいよゼッタイ!」

「あら、神様ったらあの神社で寝泊まりを? ダメよー女の子が一人であんなところに」


 いや管理人さん、あんなところて。

 それに女の子って言っても神様なんですけどねこの人。


「え、いや……お気持ちは嬉しいんじゃけど……ですけど、その……ご迷惑でしょうし」

「いいや全然? むしろ我が家にいて頂けるならそちらの方が安心だし助かるわぁ」

「それに部屋もまだあるしネ」

「え、ええっと……」


 サラとアザミさんに詰められたキリさんが助けを求めるように僕を見つめてきた。

 しかし悲しいかな、僕はどちらかと言えばサラの意見に賛成派だ。


「……僕もいいと思いますけどね? あんな寂れたとこに一人でいるよりも健全じゃないですか」

「せっちゃん今寂れたって言わなかったかい?」


 先にあんなところ扱いしたのアンタだろ管理人さん。

 僕がサラを援護すると、キリさんはさらに悩ましげな顔になった。


「で、でもお役目もあるし……」

「四六時中この家にいろって話じゃないですよ。日中は神社で夜はこの家に泊まったらいいじゃないですか。そもそも今日は丸一日そのお役目を放り出してるわけですし」


 僕の言葉にキリさんは「うっ」と言葉を詰まらせた。

 これは……あと一押しかな?

 ……あ、そうだ。


「じゃあさっき言ってた願い事、ここで使います。榎園家で世話になってください」

「でぇっ!? それはひ、卑怯……ていうかそんなこと願うもんじゃないって!」


 ハッ、卑怯なものか。

 僕が何をどう願おうが僕の勝手である。


「どうせ願い事も考えつきませんでしたしね。大事に取っておいて使いどころを見失うくらいならここでお願いしますよ」

「セッチャン、●okémonのマスターボール結局使わないでclearするもんネ」

「ああ、それどころか元気の塊も使ったことがないな」

「その例えは全然分からんけど……」


 おっと、いかんいかん。

 話を元に戻そう。


「まあとにかく、キリさん的にも別に悪い話じゃないと思うんですよ」

「You泊まっちゃいなヨ!」

「ややこしくなるから黙ってなさい」


 提案者サラの頭を鷲掴みして発言を止める。

 あまりコイツに喋らせると話の方向性がズレそうだし。僕も悪ノリしてるけど。


「い、今のお願いは聞かなかったことにするとして……うーん……」


 そう言ってキリさんは腕を組んで唸り始めた。

 どうやら今の願いはノーカウントらしい。

 慈悲深い神様である。


 ともかく、結局は彼女の返答次第だ。

 キリさんが本気で嫌がったなら流石にサラも従うだろうし、僕としても別に無理強いしてまでこの家に居着いてほしいわけじゃない。

 ……まあ部外者の僕が意見してるのがそもそもとしておかしいんだけど。


 僕とサラは無言で土地神様をジッと見つめ、言葉を待った。




「………………ふう、分かった。……お世話になっていいんよね?」




 悩ましげな顔つきでしばらく沈黙してから、栓を抜いたように息を吐いたキリさんはお手上げと言わんばかりに笑みを浮かべて了承してくれた。



「モチモチロンロン! 歓迎するよカミサマ!」



 サラの花が咲いたような笑顔にキリさんは苦笑して「よろしくお願いします」と頭を下げた。



 こうして僕の休日を潰したお出かけの結果として榎園家に一人、いや一神の居候が住まうこととなったのだった。




         ○○〇




「セッチャン、アリガトネ」


 帰り際、玄関でサラに呼び止められたと思ったら急に礼を言われた。


「ん、何が?」

「今日一日のコト、それにさっきのキリチャンのコトとか、イロイロ」


 なんだ、そんなことか。



「気にしなくていいよ。、キリさんも楽しめただろうしね」


 カラッと笑いながら、あえて含みを持たせた言い方で答えた。


「Ah...バレてた?」

「そりゃもうバッチリと」


 コイツが僕を今日呼んだ理由はなんとなく察しがついていた。

 キリさんという出会って間もない間柄の人間、いや神様を誘ってのお出かけ。純粋に楽しんで欲しかったのは事実だと思う。

 だが、明るい表情の裏で色々考え込むコイツのことだ。

 急拵えで出かける予定を作ったはいいけれど、結局自分一人だと楽しんで貰えるか不安で僕を呼んだってところだろう。

 終始テンションが高かったのもそんな不安を隠すためだったのかもしれない。


「ゴメンネ、利用したみたいで」

「気にしなくていいって。今日はホントに楽しかったしね。デートって言って騙したのはちょっとショックだったけど……こちらこそ誘ってくれてありがとう」


 実際、今日は楽しかったということに偽りは無い。

 たしかに疲れはしたし、変なこともあった気がする。

 だけどキリさんのことを知れたのも、ひたすら遊んだのも……本当に面白かった。



「……ソッカ。なら、誘って良かった」



 サラは安心したように笑みを浮かべ、僕も釣られて少し笑った。


 それからあらためて玄関の扉に手を掛けたところで、あることを思い出した。


「……そうだ。これ」


 ショルダーバッグから包みを二つ取り出して、サラの手に載せた。

 急に渡されたサラはキョトンとしている。


「コレは?」

「今日は楽しかったから、そのお礼だと思って貰っといて。あ、そっちの青い方がキリさんの分ね」


 この包みは二人がコスメショップにいた時、偶然目に入った雑貨屋で買った物だ。

 中身は大したものでもないけど、まあ軽い思い出の品程度に思って頂きたい。


「まあ気に入らなかったら捨てて貰ってもいいんだけど……ってサラ? 無反応が一番怖いんだけど」

「…………ァ、エト、嬉しくて。アリガト」


 サラにしては反応が薄いな。

 ……あ、そうか。流石に疲れてるよな。

 あまり付き合わせても申し訳ないし、さっさと退散することにしよう。


「疲れてるとこごめんな? それじゃ帰るね。キリさんに次の土曜も行くって伝えといて」

「言わなくてもいい気がするケド……ワカッタ。……ジャァ、ワタシからも一つだけ」


 そう言ってサラは距離を詰めてくると、僕の耳元で小さく囁くように言った。





「……今度またデートしようネ。次は二人で」





 まさに息のかかる距離でそう言われた僕はなんとか「……おう」とだけ返事をして退出した。


 ……日が落ちて冷えてきた外の気温に反して、顔がやけに熱い。


 流石は魔性の女、榎園サラ。勘違いしそうになるぜ。

 いやまあ、アイツのことだし実際はそういうノリってだけだろう。そうに違いない。


 そう断定して榎園家の敷地から出ようとしたところで、もう一つ思い出した。

 それは今朝、この場所でキリさんに訊こうとして訊けなかったことである。




『――セッチャンにはナイショだケド!』




 ―――結局、あの日キリさんとサラが何を話したのか訊きそびれたな。

 まあ本人が内緒って言ってるんだし、それを暴くのも野暮ってものか。


 潔く忘れることにして、僕は火照った顔を冷ましながら帰るのだった。




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