第12話 土地神様と出かけよう その五


「Make upも済んだし準備カンチョー! どんどんイコー!」

「完了ね」



 イザと別れてからというもの、キリさんの化粧も終えて『ここからが本番だ』とテンションの上がったサラにショッピングモールの中を連れ回されることとなった。

 小物、雑貨を見て回ったり、ゲームセンターでUFOキャッチャーやVRゲームを楽しんだり、クレープやソフトクリームを食べてみたり……とにかく遊び倒した。



「疲れた……」

「同じく……」



 その結果、僕とキリさんは体力を消耗してベンチでダウンしていた。

 一方、一番動いていたはずのサラは未だに体力が有り余っているらしく一人で別の店へと突撃していった。どうなってんだ。

 そんなわけでまたしてもキリさんと二人っきりの状態なわけである。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう……。……本当に今更なんじゃけど、お金のこと、本当にいいん?」


 自販機で買ったお茶を渡すと、申し訳なさそうにキリさんが訊ねてきた。

 今日のデート(?)にあたって、キリさんに関わる費用は全て僕とサラが支払っている。

 彼女の性格上、当然ながらかなり気にしているようで会計の際いつも眉根を下げていた。


「来るときも言いましたけど、気にしないでくださいって。土地を護ってくださってるんだし、お礼としては足りないくらいですから」


 一応、今回の支払いについては行きの電車で話を付けている。

 日頃の礼を兼ねて、とか僕らが楽しいから、とか色々言ってなんとか納得させた形ではあったけど。


「ま、護るっていうか見護ってるというか……基本的に見とるだけじゃし……。そんなに神様らしいことはしてないんよ。いつも掃除してくれとるだけでも十分なのにお礼だなんて……」

 

 ただ、やはりというか納得しきったわけではなかったらしく、しょんぼりと項垂れている。

 うーん、土地神様って見護るのが仕事なわけだし、掃除は僕がやりたくてやってるだけだし……ホントに気にしなくてもいいんだけどな。

 ただ、僕やサラが本気でそう思ったところで彼女の方は納得しないだろう。


 何か対案でも出そうか、なんて考えていると




「そ、その! むしろこちらがお礼をする方だと思うけん……わ、私にできることなら、! ので!」




 キリさんからそう提案され、僕は飲んでいたお茶を詰まらせて咳き込んだ。


「だ、大丈夫!?」

「がはっごほっ……すいませんキリさん。そういうことは軽々しく言わない方がいいですよ……げほっ」


 息を整えながらキョトンとした表情の土地神様に注意した。

 神様とはいえ、見た目はほぼ同年代の美少女。

 悪気は無いのだろうが、そんなひとが『なんでもする』とか言ってくると心臓に悪い。


「な、なんで? 言ってもらえれば本当になんでもできるよ?」


 しかし、彼女は自分の発言を改めはせず、真っ直ぐに僕のことを見つめてきた。


 ……な、なんて無垢な瞳だ。穢れの無い綺麗な眼差しをしていらっしゃる。

 ほんの少しでも邪な意味合いに捉えてしまった僕の心が浄化されて塵芥と化してしまいそうだ。


 神通力を使っているわけでもないのに後光が差して見えてきて堪らず顔を手で覆っていると、キリさんは「あ、そっか」と手を叩いた。


「も、もしかして信じとらん? ちゃんとやるよ、私?」

「いやその、信じていないわけじゃないんですけど……」

「ほ、本当よ? それなりにできることは限られるけど色々……。治めている土地の中のことになるけど失くした物を探したり、天気を変えてみたり、少しの間だけちょっと物覚えを良くしたり、人の心を読めるようにだって……」


 すげえ、ていうか怖いな神様。そんなことまでできんの?

 ……ん? 待てよ?


「それならあの本の続きもその力で探せそうなものですけど……?」

「本当に欲しいものは苦労して手に入れて価値があるんよ?」

「やだ、かっこいい……」


 堂々と胸を張って応えた彼女はなんだか急に本物の神様っぽく見えてきた。

 本物の神様だけど。


「あ、いや、冗談ですごめんなさい……。色々できるけど自分自身の欲しい物は見つけれんのよ……」


 ……見直したと思ったら一瞬で元のキリさんに戻った。

 いや分かりづらいですって。土地神様はジョークが苦手なようだ。


「そ、それはともかく、徳を積んだ人の願いなら神の奇跡で叶えられます! 毎週掃除してくれてるセキさんはそれだけ徳を積んどるってことで色々特典付きで!」

「セールストーク?」


 ポイントカードみたいだな。そもそも神の奇跡ってポイント制なの?

 まさかこんな形で徳を積んだのが活きてくるとは。僕自身そんなつもりは全く無かったけど……。


「と、とりあえず何か言ってみて? できそうなことならやってみせるけん」

「んー……そうだなぁ……」


 息巻くキリさんを前に、腕を組んで考えてみる。



 ……正直、困った。



 いや、魅力的な話ではあるし、それなりに僕にも望みはある。しかし、あまり欲をかいたお願い事をするのも違う気がする。


 考えているうちに自然と彼女の首より下へ視線が動いてしまう。


 ……健全な男子高校生として方面の望みぼんのうが脳内に―――



「オラァッ!!」

(ゴキィッッ!!!)


「!?」



 両手を使って自身の首を勢いよく捩じることで脳内イメージを物理的に振り落とした。

 なんか首からすげえ音した気がするけど大丈夫だろう。


「え、ちょ、くく首、大丈夫なん!?」

「すこぶる健康体です」

「いや首が戻ってないんよ。せめてこっち向いて言ってくれん?」


 危ない危ない。神通力で心を読まれたらとんでもないことになるところだった。

 そもそもそんなことは流石に神に向かって願うもんじゃない。

 かといって他に考えついてるわけでもないけど。

 ……とにかく、それらしい望みはすぐに思い浮かばないな。


「とりあえずお願いについては保留でいいですか? 特に今のところ思い浮かばないんで……」

「まず首を戻すのが浮かぶと思うんじゃけど」


 ハッハッハ、何をおっしゃいますやら。

 首以外は特に問題は無いからほぼ健康といって過言ではないはずですよ?


「過言だって……。と、とりあえず治すけんジッとしといて――」



「タダイマー!」



 心を読んだキリさんが僕に手をかざそうとしたところでサラが帰ってきた。

 顔を合わせていなくても分かる騒がしさである。


「おー、おかえり」

「あ、おかえりなさいサラさん。今セキさんの」

「セッチャン、挨拶は目を合わせるんダゼ? えい」


(ゴキャッ)


 キリさんが説明する間もなく、よそを向いていた僕の首は逆方向に曲げられ痛ぇ!! 

 ……あ、でも元に戻った。


「おう悪かったな。ありがとうサラ」

「ドイタシマシテ~」


 試しに首を回してみると、問題なく動くし痛みもない。

 コイツ、整体の才能もあるんじゃないか?


「……セキさんってほんまに人間なん?」


 そんな僕らのやり取りを見ていたキリさんがボソッと呟いた。

 失礼な。僕ほど平均的な人間はそうそういませんよ?




 サラが合流したことで僕の願いについて有耶無耶になったところで、僕らは本日最後の目的地へと移動を開始した。

 そして辿り着いたのは……書店であった。


「最後に立ち寄る場所としては地味じゃない?」

「参考書が欲しくてサ。日本語もマダマダ勉強中だしネ」


 ずんずんと先に進みながら至極単純に理由を述べてくれた。

 既にサラは日本語がそれなりに達者だが、今も努力を怠っていないことは知っている。

 コイツの考えとしては今日やりたいことや楽しいことは最初にやっておいて、個人的な所用を最後に持ってきた、といったところだろう。

 飄々とした性格の割に真面目なヤツだし、そういうことなら得心がいく。


「ンジャ、行ってきマース」


 サラはそう言って漫画コーナーに踏み出していった。

 何を参考の書物にしとんだお前は。


「今の本屋さんってこんなんなんじゃねえ。昔とはまたちごうとる……」


 本棚の向こう側に行ってしまった赤毛に呆れていると、隣の白毛は感心したように息を吐いていた。


「本屋には来たことが?」

「いや、私は来たことがないんじゃけど……人伝ひとづて聞きしたというか」


 あれ、そうなの?

 その割にはだった気がするけど……まあいいや。


「なんか気になる本でもあります? 一冊くらいなら買いますよ」

「え、いや、これ以上は悪いって」

「さっきの言葉を返す形になりますけど、それこそ今更ってやつです。気になるなら『この人間また徳積んでるわ』くらいに考えときゃいいんですよ」

「……なんかわたしへの対応が雑になってきとるね」


 いい加減慣れてきましたからね。

 良くも悪くも神様らしくないということもあるが、キリさん自身それっぽく扱われるのは好みではないみたいだし、多少扱いを雑にしたところで問題はないだろう。

 機嫌を損ねて神通力が飛んできた時は……まあその時だ。僕の土下座が火を噴くだろう。


「それはともかく、色々見てみません? ちょうど僕も欲しい本がありますし」

「……まあ、御厚意を無下にするのもよくない、よね。うん、ちょっと回ってみて――」


 話しながらキリさんが振り向いたところで、動きを止めた。

 その視線の先には―――




「あ……あれはッッ!!!」




 ―――『ボーイズラブ』という表記の棚が、そこにはあった。




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