第11話 土地神様と出かけよう その四
狸の置物。
それは信楽焼と呼ばれる陶器の代名詞のような作品で、全国の飲み屋などの店先に置かれていることが多い縁起物である。
最近では色々な種類が作られており、大きいものから小さいもの、さらには服を着たタイプも存在する。だがやはりもっともポピュラーなのはスタンダードな姿の狸と言える。
そしてそのうちの一つは今、その味のある顔で僕らの食事風景を眺めていた。
「Oh, このチャーハンイケるネ」
「たしかに。やるなあのマッチョの人……」
「マ……Muscle man? ナンデ?」
(ジッ……)
「あの……」
「あそこで買ったんだよ。ほらあの看板の」
「Courageous man だなセッチャン……」
(ジッ…………)
「あ、あのー……」
ん? キリさんが何か言いたそうな目で僕とサラを見ている。
なんだろう……はっ、もしかして……
「炒飯は苦手でしたか!? すいません気が向かず……」
「スキキライはダメだヨーキリチャン」
「いや違うって。炒飯は美味しいんじゃけど……」
(ジッ………………)
炒飯はお気に召してくれたようだ。よかった。
しかし、それなら何なのだろうか。
……もしや、まだ服のことを気にしてる?
それともさっきのような輩が来るのを警戒して――
「この置物ですぅ!? なんでそこまで別のことに目が向くんよ逆に凄いなぁ!?」
うおっ、いきなりツッコまれた。
まるで心を読んだかのような……ってそうか。神通力で読心できるんだったわこの神様。
「店に狸の置物があるなんてよくあることじゃないですか。何を今更……」
「大抵は店の『外』なんじゃけどね? 店内でしかもここまで至近距離なのはそうそうないじゃろ」
「エー、イージャンカワイくてサ」
「かわ……いいかは置いといて、圧が凄いんよ。圧が」
……言われてみればたしかに。
サラの持ってきたこの狸、妙に大きいのもあってか椅子の上に置いているとはいえ座っている僕らの座高と同等かそれ以上の高さを誇っている。
特にテーブルを挟んで対面しているキリさんからするとちょっと存在感が強いかもしれない。
「うーん、じゃあこうしましょうか」
スッ……。(←狸の顔にキリさんの帽子を被せた)
よし、これで狸から立ち上る顔面圧は防げるはずだ。
「こ、これならまぁ……」
「アッ、じゃあ頭がstuf... ムレてたしワタシも」
ファサッ……。(←狸の股間にサラが帽子を被せた)
うむ。これで狸の圧倒的存在感は完璧に打ち消せたと言っていいだろう。
落ち着いて食事ができるというものだ。
「……もう、突っ込まないことにする……」
食事に戻った僕らに対して、なぜかキリさんは頭を抱えていた。なんでだろう。
「あ、あと勝手に心を読むのはやめた方がいいと思いますよ」
「あ、それは大丈夫よ。そこまで濫用はできんけえ」
なるほど。それなら安心だ。
ん? 濫用できないのは分かったけど勝手に読むことについて了承されていないような……。
ちなみに食べながらこの狸の出処について訊いたところ、トイレに行った帰りにくじ引きをしていたらしく、さっき服を買ったレシートで当たった物らしい。
……なんでこんなモノを景品にしてるんだろう……。
「―――よし、行くか。次の目的地は?」
「エット……アッチ!」
昼食後、狸の置物は流石に移動に邪魔だということでロッカーに預けることになった。
ロッカーの戸を閉め、立ち上がったところで僕とキリさんはサラに手を引かれて歩き出した。
促されるまま辿り着いたのは――
「――コスメ?」
化粧品コーナーだった。
といっても、ご婦人方が使っているような高級な物を取り扱っている店ではなく、学生や化粧の初心者が使う商品を取り扱っているようだ。店内の客層は若い人が多い。
「Coordinateに合わせたmake upもダイジだヨネ!」
「えっ……セキさんにお化粧を!?」
「キリさんしかいないでしょ」
僕の化粧とか誰が見たいんだよ。
いやメンズコスメとかあるらしいけど、別に興味無いし……。
「んじゃ、あとよろしくサラ先生」
「マカサレェーた!」
「え、ちょっ待っ……」
サラに引きずられていくキリさんに手を振った。二人とも楽しそうで何よりだ。
流石に化粧については門外漢だし、大人しく待つことにするか。
……って思ったけど――
(……うん。居づらい)
若年層とはいえお客さんに女性の多い中、煌びやかなボトルが立ち並ぶ店頭に僕がいるのはなんというか……場違い感がすごい。
お客さんの中には彼氏と思われる男性を連れた女性もいるみたいだけど……孤立して一人となった僕は別である。
……よし、外の通路で待つことにしよう。
即決で店から脱出しようと方向転換をした瞬間――
「――アレ? セキ、なんでいんの?」
――何故か目の前にいつもつるんでいる低身長女子、井櫻が現れて立ち止まった。
「えっ……イザ? なんでココに……」
「この店、アタシのバイト先よ? ……言ってなかったっけ?」
「初耳だ」
一応バイトをしているとは聞いたことがあったけど、コスメショップで働いていたとは知らなかった。
イザはいつものツインテールとは違って髪を一つに纏めており、ショップの制服に身を包んでいる。なんだか新鮮だな。
「で、なんでいんの? お姉さんのおつかい?」
「いや、サラに連れられてね。今はキリさんのコスメ選びに行ってる」
「え、あの二人もいんの? うわホントにいる。……ていうか土地神様が神社離れて大丈夫なの?」
「僕も訊いたけどなんか大丈夫らしいよ? キリさん自身も特に変化はないし」
「そっか。ならよかったわ」
イザも僕と同じように心配したらしい。僕が答えると安堵したように笑った。
「で、うちの店に来たってことはやっぱ目的はアレ?」
「アレって?」
「え、違うの? てっきりコラボしてるから来たモンだと……」
そう言ってイザが指を差した先には大きめのブラックボードが立てられていた。
そこには『ファッションブランド、
GREEN Rootsっていうとたしか……
「サラのお母さんの会社のやつだっけ」
「そうそう。てっきりコレ目当てかと思ったんだけど」
サラの母親は海外でファッションデザイナー事務所を立ち上げている、有名な実業家だ。
そしてGREEN Rootsは彼女の立ち上げた事業であり、多くの年齢層から支持を得ている世界的に有名な人気ブランドでもある。
今更になって考えてみると、サラがキリさんの服装に口出ししていたのも母親の影響を大きく受けているところがあるのかもしれない。
「まあ連れてきたのは
「それもそっか。……ってか何? キリさんに化粧すんの? え、やっば超見たい……」
「行ってくりゃいいじゃん。店員さんなんだし」
あの白髪美人が化粧っていうのは当然気になるよね。
ただ、コイツの性格上、普通に突撃していくものだと思っていたんだけどな。特にサラには今更遠慮する間柄でもないだろうし。
「……それはそうだけど。アンタ一人だし……」
……ああ、僕が寂しくないようにってことか。
良い奴だな、ホント。友人に恵まれてて嬉しいよ。
「……僕のことなら気にしなくていいって。ありがとう」
「……そういうわけじゃないんだけどさ。アンタは行かないの?」
「女所帯に男一人はちょっと……」
「くふっ、それもそうね。じゃあね」
軽く笑った後、彼女は小走りでサラ達の元へ去っていった。
これで僕はまた一人になったわけだ。
……飲み物でも買いに行くか。
10分後、自販機の前でベンチに座って缶ジュースを飲んでいるとスマホにメッセージが届いた。サラからのもので、内容はシンプルに『できました。来てください』とだけ。
それに従ってコスメショップに戻ろうとしたところで、ある店が目に留まった。
「あれは――」
「お、来た来た」
「遅いゾーセッチャン」
連絡から少し遅れて戻ってくると、三人娘がコスメショップの近くで待機していた。
キリさんは……イザとサラの後ろに隠れている。
「ゴメンゴメン。飲み物の消費に手間取ってさ」
「フーン? まぁイーヤ。それより見ヨ、セッチャン」
「ど、どうかね……?」
サラが横に避けると、キリさんが恥ずかしそうにこちらを見上げていた。
赤く染まったその顔にはうっすらとだが化粧が施してあるのが分かる。
「イザが全部やってくれたノヨ」
「つってもナチュラルメイクで特別何かしたわけじゃないけどね。ほら、この神様元の素材がいいからあんまり手が付けられないし」
イザの言う通りキリさんは元々の素材が良い。
なのでさっきと少しだけ違う……という程度は分かるのだが、正直なところあまり大きな変化は感じられなかった。そもそも化粧にあまり詳しくない僕が分かるのはせいぜいファンデーションとチークくらいのものだ。
ただ、そんなことを馬鹿正直に言うわけにはいかない。なぜなら、
「……け、化粧落としをくださいイザクラさん……! やっぱり私には……」
僕が何も言わずにいたせいか、目の前の神様はどんどん自信を失ってしまっている。
……なんでここまで自己評価が低いのだろうか。
当然ながら別に嫌味で言ってる感じでもないし、本人は至って本気で自信なさげである。いい加減理由が気になってきたぞ。
それについてはまた別のタイミングで訊くとして、そんな神様に対して今何を言うべきかというのは僕でも分かる。
「大丈夫です、似合ってますよ。……化粧とかよく分からないけど」
「あ、ありがとうございます……へへ……」
キリさんは僕の言葉で気分を良くしたのか、にへっとだらしない笑顔を見せた。
うむ。単純なのは心配だが、人間笑顔が一番だよね。人間じゃないけど。
「後半の言葉が余計」
「セッチャンらしくてイイと思うケドネ」
一方で若干1名には僕の誉め言葉はなかなか不評だった。
仕方ないだろ、誤魔化すのは苦手なんだから。
「ま、いいわ……三人ともアリガト。楽しかったわ。アタシはそろそろ店戻んなきゃ」
と、僕が反論を口にする前にイザが踵を返した。
「エー、一緒に行こーヨ」
「バイト中だって言ったでしょ。シフト的にはそろそろ終わりだけどさ」
「え、それならなおさら一緒に行こうよ。二人ともいいでしょ?」
「わ、私はいい……よ?」
「アタシがダメなの。デートなんでしょ? 邪魔はしないっての」
いや、三人の時点でデートとは違うような気がするけど……。
まあイザがこう言ってるわけだし、無理強いはすまい。
コイツなりの気遣いを無下にはできないからね。
「……ぁ、……も……」
ん? イザのヤツ、今なんか言ったような……。
僕には聞こえなかったけど、隣にいた二人には聞こえたようだ。
なにやら赤い顔で「おぉ……」とか呟いたと思ったら二人でイザに耳打ちをしたり、軽く小突かれたりと楽しそうに盛り上がっていた。僕そっちのけで。
……え、何? ちょっと気になるじゃん。
女子だけで盛り上がってないで男子も混ぜなさいよ。
疎外感からそんな視線を送っていると、
「……セキには教えないから」
と、イザに睨まれ、怯んだ隙に彼女はショップの中へと引っ込んでいった。
……男女間の壁とはこういう物か。
肩を落としたところで、紅白二人に慰められながらコスメショップを後にした。
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