第10話 土地神様と出かけよう その三
寄り道しようとするお上りさんな土地神様を制御しつつ、アパレルショップの立ち並ぶ区画にやってきた。
そして僕らはその試着室コーナーで――
「コレとかドーデショーカ!」
「ふむ。その色ならこっちのキャスケットも合いそうですね。……はいキリさん」
「あっ、はい。
…………いやなんでまた私だけ?」
――本日二度目の土地神様ファッションショーを行っていた。
いや違うんですよ。
今朝のように嫌がるキリさんを無理矢理着せ替えてるわけじゃなくてですね。
元々は普通にお互いどれが似合うか、なんて言い合いながら色んなお店に入ってウインドウショッピングを楽しんでいたんですがね?
『こ、これなんてどうかね?』
そう言って持ってきた衣類がなんというか、軒並み……古臭かった。
そりゃあたしかに、現代には所謂レトロファッションというものがあるのも事実だが……彼女の持ってくるものはどれも『今風』のものではなくただひたすら『古臭い』だけ。
ファッションについて詳しいわけではない僕がそう思うくらいなのだから、相当なものだ。
そんな前時代的服飾センスの土地神様を前に、サラがこう提案した。
「最近のCoordinetionってモノを教えてあげよう。手伝えセッチャン!」
というわけでキリさんのファッションセンスを現代式に矯正するため、オシャレ番長ことサラ先生と助手の僕によるコーディネート講座……という名目の着せ替え劇が始まったというわけだが。
「Good! 次コレ着てネ! えっとJacketは……」
「コレとかどう?」
「Oh, イイネ!」
「わ、私の意志は……?」
「「ダサいからダメ」」
「泣いてもいい?」
我々は完全に楽しんでいた。本人の意志そっちのけで。
いやだってどれも似合うし……目の保養という意味でも面白くなってきて仕方がないのだ。
ただ、そんな時間もそろそろひと段落つけないといけない頃合だ。
「そろそろ昼時だしこの辺にしとくか。……しかしどれも似合うなあ」
「どれ買うか迷うネ」
「えっ、買うん!?」
「流石に全部はムリだケドネ。気に入った服、あった?」
「あ、はい。さっき着た赤いジャージが一番動きやすくて良かっ」
「すいません店員さん、今着てるやつタグ外してもらっていいですか? 一式買います」
「私の意見訊いた意味は!?」
申し訳ないですがジャージは論外です土地神様。
それからサラと僕の割り勘で会計を済ませ、恥ずかしがるキリさんを引きずってフードコートに移動してきたのだが……。
「みみ、見られとる……。やっぱり似合ってないんじゃ……」
「そんなコトナイナイ」
「むしろ似合ってるから見られてるというか……」
行き交う人がほぼ全員、チラチラとこちらを見ている。
到着した時もそうだったけど、服を変えてから視線の刺さり方がより顕著になった気がする。
まあ要因としては
……美少女二人に対して見た目が普通の僕が場違いすぎるという理由も考えられるが、そこは僕の精神衛生上考えないこととする。
「とりあえず飯買いに行ってくるから席の確保を頼むわ。キリさん食べられないモノとかあります?」
「ええっと、わ、分からないのでおまかせします」
「セッチャン捕まえればいいノ?」
「
サラが抱き着こうとするのを適当にあしらいつつ、しっしっと手を払って別れた。
ああいうことを気軽にするから勘違いされそうになるんだぞ。キリさんもそうだがサラも自分の容姿を自覚してほしいものだ。
「さて、どれにするかな」
フードコート内を見回して、どんな店があるかチェックする。
好みを知っているサラはともかく、キリさんは現代の食べ物をあまり知らない可能性もある。
フードコートの料理なんて単価としてはたかが知れているけど、せっかくなら食事も楽しんでほしい。できるだけ良さそうなのを選ぼう。
そう考えて目に入った店の看板は……
・安くて美味い牛丼チェーン店の看板。
・少し値段の張りそうな鉄板ステーキの看板。
・どこにでもあるハンバーガーチェーンの看板。
・美味しそうなラーメンの写真が貼られた看板。
・雄々しい
うん。どれも美味しそうで悩ましいな。最後のやつ以外。
なんであんなものが紛れているんだろう。あの店の責任者とショッピングモールの経営者にちょっと問いただしたいレベルだ。
つーか何売ってる店だよアレ。いやフードコートにあるってことは食べ物だろうけどさ。
あまりのインパクトに目を引き付けられるが、食欲を全力で減衰させる看板の店に近寄りたいとは思わない。
そんなわけで他の所に行こうと考えたのだが……
(皆考えることは同じ、か……)
今の時間帯は昼食時、つまりはピーク時間である。
その上今日は日曜日だ。そうなると必然的にフードコートも人が多くなって込んでいる状態なわけで、どこも行列ができている。
しかし、その人込みもなんのその。マッチョの店だけは人が避けていてほとんど並ぶ人はいなかった。
その様子はまさに海を割るモーセの如し。
一周回って神々しさすら感じられる。
しかし、後光すら幻視しそうな状況下ではあっても、受付で立つマッチョな店員はなんだかションボリとしている。
まあそりゃあこんな露骨に避けられてたら辛いよなぁ……。
なんだか可哀そうになってきてマッチョを見つめていると、ふと目が合った。
(……ニコッ)
なんとこの絶望的な状況で、彼は遠目で目が合っただけの僕に笑顔でお辞儀をしたのだ。
さっきまでの不安そうな表情を押し隠すように微笑むその姿はまさにプロと言わざるを得ない、プロのマッチョがそこにはいた。
……彼のそんな姿に心を打たれ、僕の足は自然とその店に向かっていた――。
「まさか炒飯の専門店だったとは……」
三人分の炒飯と水、それからサービスで付けてくれた唐揚げを載せたトレー二つを運びながら、呟いた。
あの店員さん、無口だったけど良い人だったな。
それに結果的に時間をかけずに昼食を確保することができたし、結構安かったのも嬉しい誤算だった。
今度からここに来たらご飯はあそこで頼むことにしようかな。あの看板は変えてほしいけど。
「えーっと、二人は……あっいた」
キョロキョロと辺りを見回していると、特徴的な白い髪が目に入った。
後ろ姿ではあるが、服装もさっき買ったばかりのものだしキリさんで間違いない。が、サラの姿は見えない。どうやら席を外しているようだ。
どこの席を取ったかは聞いていなかったけど、二人の髪色は結構目立つし、こういう時便利だね。
テーブルに向かっていると、なんだか様子がおかしいことに気づいた。
「ねぇねぇお嬢さん、可愛いね」
「この辺の子? 可愛いね。座ってもいい?」
「えっと、あの……」
キリさんが見知らぬ男二人に言い寄られていた。
典型的なナンパである。
……すげぇ。今の時代にこんな古典的なことある?
キリさんの容姿からして可能性はあると思っていたけど、実際に目の当たりにすると驚きとかそういうの通り越して感動すら覚える光景だ。
少し冷めた視点……というか最早文化遺産を見る気持ちで唖然としていると、戸惑うキリさんに向けてナンパ男二人がさらに言葉を続けた。
「可愛いねぇその服。あと…………可愛いねぇ」
「ああ、可愛いぜぇ……とりあえず可愛い」
「え、あ、ど、どうも……?」
「いやぁ可愛いな。なぁ?」
「ああそうだな。可愛いぜ」
いや語彙力。
可愛い以外の女性の褒め言葉出せるだろ。もう少し頑張れって。
ナンパ男共からは特に脅威は感じないし、なんかちょっと面白いからもう少し静観していたい気持ちもあるけど……キリさんの表情が困惑から怯えを孕んだものになってきた。
そりゃあ人見知りの彼女には怖いだろうな。知らない男共ならなおさらだ。
うん。流石に(主に神通力の暴発的な意味で)心配になってきた。
そろそろ割って入ることにしよう。
「お話中失礼しまーす。キリさんちょっと荷物避けてもらっていいですか?」
「えっ、あっ、おおおかえりなさいセキさん……。どうぞ……」
「はいどーも。……お二人は何か御用ですか?」
とりあえずテーブルにトレーを置き、なるべく丁寧な態度でナンパ男二人と対峙する。
余計なトラブルに見舞われたくないし、周囲の人の目もある。まずは下手に出て様子を見るとしよう。
まあ男を連れていると分かった時点で諦めるだろうし、流石にこんな人混みで諍いを起こすほど馬鹿ではないと思いたい。
そう高を括っていたのだが……
「なんだ、男連れかよ」
「お嬢さん、こんな冴えない男じゃなくて……いや待て、結構良いツラしてるわ」
「背も……俺らより高えな。服……も似合ってる気がすんぞ」
「それに女の子の盾になるのを厭わない男気……」
「……お兄さんこの辺の人? 一緒に飯食わない?」
「なんでだよ」
僕までナンパしてきちゃったよ。どういうメンタルしてんのこの二人。
あと男相手の方が語彙力あるのおかしいだろ。
「せ、セキさんが男性に言い寄られて……。こ、これがあの本の後書きに書かれとった……『生モノ』!!?」
なんかキリさんは目を輝かせてるし。
この状況、アンタがまた神様的謎パワーで引き起こしてるとかじゃないだろうな。
と、とにかくだ。このナンパ男共が面白いのは分かったけど、だからといって一緒に行動したくなるわけではない。
斜め上の形で引き下がられてしまったが、丁重にお断りさせて頂こう。
「えーっと……とりあえず僕もこの人もアンタらと飯食うつもりはないし、正直他を当たってほしいんですけど……」
「へッ、仕方ねえ……お兄さんに断られたなら引き下がるしかねえか」
「邪魔して悪かったなお嬢さん、それにお兄さん」
アンタらには僕がどう見えてるんだ。もう恐怖すら感じてきたよ。
ともかく、彼らは謝罪を最後に人込みの中に歩き出していった。
見た目は絵に描いたようなナンパ男共だったけどあっさり引いてくれて助かったな。トラブルにならなくてよかった……。
安堵の息を漏らしつつ席に座っていると、キリさんが頭を下げてきた。
「あ、あの……た、助けてくれて、ありがとうございました!」
「助けられたか微妙なとこですけど……気にしないでください。でも分かったでしょ? キリさんやっぱ可愛いんですって」
「そそ、それは……どうじゃろ……? 髪の色が珍しくて声掛けただけじゃ……?」
「えぇー……」
やだこの神様頑なに認めない。自己評価低すぎませんこと?
まあここで押し問答をしてもまた会話が進まなくなるだけな気がするし、この話題は一旦置いておこう。
それよりも気になるのはさっきから姿の見えないアイツだ。
「ところでサラはどこ行ったんですか? アイツならあの手の輩は慣れてるはずなんですけど……」
「あ、うん。トイレに行くとのことで。そういえば遅いような……混んどるんかね?」
ふむ? まあなんらかのトラブルがあったとしてもアイツなら一人でなんとかできそうだけど……少し心配だな。
探しに行くか、と一瞬考えたがさっきの今でキリさんを置いていくのは忍びない。
それに既に昼食は取ってあるわけだし……どうするかな。
軽く頭を悩ませていると、後ろから「ただいま〜」とサラの明るい声が聞こえた。
安堵と共に振り返ると――
「おーサラ、おかえ……り……」
「いやートイレがゲキコミでゴザンシタ! ……で、モノハソーダンなんだケド……
コレ、ドコに置こうカナ?」
――やけにデカい狸の置物を抱えたサラが立っていた。
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