第9話 土地神様と出かけよう その二
土地神様ファッションショーから数分後。
サラが服を片付けるために一旦家に帰る、ということだったのでキリさん(現代ファッション着用)を連れて榎園家の前まで戻ってきた。
今はサラが出てくるのを待ちつつ、キリさんと駄弁っているところである。
「そういえばその服、サラのですよね? 前に必要な物買った時に服は買わなかったんですか?」
「い、一応買ったけど……寝間着にしてます、はい」
境内から出てきたことによって何か変化が起きるのかと心配だったけど、現時点で特に変化はない。本
……あ、そうだ。
「実は昨日、姉から連絡がありまして。あの本についてなんですけど、もう少しだけお時間を頂くことになりそうです。お待たせしてすいま」
「何か進展があったんじゃね!? 分かりました待ちます十年でも百年でも!!」
「わあ神様スケール」
食い気味に反応したよこの神様。
あと流石に百年単位は人間なら普通に死にますので神様の物差しで測らないで頂きたい。
……なんか目が煌めいてると少しだけサラに似てるんだよなこの
「――あら? せっちゃん、まだ出発してなかったの?」
雑談している途中で後ろからまたしても聞き慣れた声がした。
振り返るとそこには、ついさっき会って別れたはずのアザミさん(withマウンテンバイク)がいた。
「あれ? アザミさん走ってくるんじゃ……」
「それが水筒を忘れちゃっててねえ。急いで取りに来たのよ。……あら? そちらの子は?」
そう言ってアザミさんがキリさんを見つめた瞬間、彼女は即座に僕の背に隠れた。
両人の反応を見るに初対面のようだ。
アザミさんは神社の管理をしているから会ったことがあるかと思ったんだけど……まあ祀られてる神様そのものと出会う機会なんて普通はない、か。
「えっとこの人は……」
「お名前、教えてくれるかしら?」
「あ、えっと、そのあの……あ、アザミちゃ……じゃなくて、ええと」
好意的な態度のアザミさんに対して、キリさんはやはりというかなんというか……人見知りが発動してしまっている。
小さな声だが名前を呼んでいるところからして、キリさんの方はアザミさんのことを一方的に知っているらしい。境内のどこかでのぞき見でもしていたのだろうか。
精一杯見つからないように身を隠しながら様子を伺っているキリさんの姿を想像していると、こっそりと耳打ちしてきた。
「どど、どうしよう、どうしたらいいかなセキさん……」
「え、普通に自己紹介すればいいんじゃないですか?」
「『貴女が管理してる社の神様、ひいてはここら一帯の土地神様ですよー』なんて普通は信じんって……」
「大丈夫だと思いますけどねぇ……待ってください。僕とサラが普通じゃないと?」
「純然たる事実じゃろ」
馬鹿な。我々は昨今の社会性に応じているだけの模範的一般市民のつもりですよ?
それはともかく、たしかにイザとフキみたいな例もあるし、どうしたものか。
神通力を見せるのが一番手っ取り早くはあるが、昨日の状態を見るにあまり制御が効かないものなわけだし下手なことはできない。
でもあの二人も口頭説明じゃ納得しなかったしなぁ……。
「オマタセー二人とも……ってあっ、オバァチャン」
頭を悩ませていると、待ち人……サラが玄関から出てきた。
さっきまでのラフな格好、文字Tシャツとハーフパンツ……ではなく、オーバーサイズのデニムジャケットや丈のあるスカートなどを着ていて、全体的にゆったりとしたカジュアルファッションに様変わりしている。
やけに時間がかかっていたのは着替えていたからか。
「あらあらサラちゃん。ダメじゃない、お客さんを待たせちゃって」
「オンナノコは時間がかかるんですノヨ、オバァチャン」
「あら、その考え方はダメよサラちゃん。『待ってもらう』のと『待たせる』のじゃ全然違うんだから。一方的に受け止めてもらう姿勢は頂けないわ」
「それもソッカ。ゴメンネ二人とも」
「「あ、いや……」」
ぺこりと頭を下げるサラに対してキリさんと一緒に生返事を一つ。
……アザミさん、なんてイイ女の考え方だ。流石は年の功といったところか。
「アッ、そォだ。オバァチャン、この子がこの前言テタ土地神様だヨ」
「えっ」
熟れた知識に敬意を払いつつ驚いていたのも束の間、サラがシレッとキリさんのことを紹介した。
『そんな普通に言っちゃう?』みたいな神様の視線も気にせず、「キレイな髪だよねー」とか言って撫でている。コイツ怖いもの知らず過ぎない?
「ああ、貴女がそうだったのねえ。いつもありがとうございます」
「えっ。あ、いや、そんな……えっと、はい。こ、こちらこそ……?」
お孫さんによる割と衝撃的なカミングアウトにも関わらず、アザミさんはいつもと変わらない調子で喋りながらお礼とともに手を合わせて頭を下げた。
「土地神様に会えるなんて長生きするもんですねぇ。あたし、何か失礼なこととかしてないかしら?」
「い、いえ……むしろその、いつも神域を管理してくださって感謝していますというか……」
「あらあら、神様にお礼を言われちゃったわ」
アザミさんの独特な雰囲気に飲まれてか、キリさんも戸惑いながら普通に会話している。
いつも通りの和やかな笑みからは真意は読み取れない……が、孫の与太話を信じていない、という感じでもない。順応性高いなこの婆さん。
「あ、オバァチャン水筒忘れてたヨ。コレ取りに来たんデショ?」
「ああ、ありがとね。それじゃ行ってくるから」
「アザミさん、お気をつけて」
「ありがとねぇ、せっちゃん。皆も気を付けるんだよー」
サラから水筒を受け取ったアザミさんはまたしても爆速で発進。すぐに姿が見えなくなってしまった。やっぱ妖怪だろあの人。
妖怪ターボババアのロケットスタートを見送った後、唖然とする白髪美人に『大丈夫だったでしょ?』と視線を送ると、納得していないような顔をされた。
誠に遺憾である。
「なんかもう、私の常識の方が間違っとる気がしてきた……」
頭を抱えながら呟いた土地神様の言葉は、空しく風に流された。
○○〇
「おぉ……」
榎園家を出発して数分後、駅に到着した。
電車を待っている間、キリさんは落ち着かない様子でキョロキョロと周りを見回している。
「落ち着きませんか?」
「は……うん。
「Wow, どのくらい?」
「ええっと……何十年ぶりかね? 起きたのはここ数年くらいじゃし……」
起きた……?
いやそれよりも……十年単位、だと……?
そういえばキリさんって何歳なんだろう。
女性に年齢を訊くつもりはないけど、気になるところではある。
まあ神様だし何百年とかの歴史があるのかも……。
「キリチャン何歳なノ?」
「ええっと……私は80歳くらい、かね?」
「Oh, Elderly... いや若いのカナ……?」
思ったよりコメントしづらい年齢だった。
もっとこう……ファンタジックに数百歳とかならまだしも、なまじ生きてる人もいる年齢というのが何とも言えない。
いやその歳で見た目が僕らと同世代(しかも美人)な時点で十分ファンタジーなんだけどさ。神様なんだしもっと年上のイメージがあったというか……。
ん? 待てよ……キリさんがその年齢ってことはあの神社もそのくらいってことになるのか。
ということはもしかしてあの神社って結構新しいのか?
ええっと、約80年前となると―――
『まもなく列車が到着いたします。お待ちのお客様は――』
色々と思考を巡らせていると、それを遮るように列車の到着アナウンスが流れた。
「セキさん、どうかしたん?」
「……いや、なんでもないです。あとサラ、そっちは逆方面だ」
「Oh, 助かったゼセッチャン」
「出かけるって言い出したのお前なのになんで間違うかな……」
ため息を吐きながら三人で電車に乗り込む。
日曜日ということもあって車内に人は多いが、満員というほどでもない。
そんな電車の中、気になったことが一つあったので訊いてみることにした。
「今更ですけど町から離れて大丈夫なんですかね……?」
「Ah... トチガミサマだしネ」
「うーん……特になんともないし、大丈夫じゃと思うけど……」
「地域外れた瞬間に天変地異起きないかな……」
「危なくなったらキリチャン外に投げよーヨ」
「あっ、その時はセキさんお願いします……」
「怖いもの知らずが過ぎるだろ。キリさんもお願いしないでください」
そんな話をしているうちに電車がトンネルを抜けた。
特に変化は……なさそうだな。
「ダイジョブソだネ」
「そう、じゃね? ……あ、ところでこの小さい画面って何?」
「液晶看板ですか? なんて説明したもんかな……」
「TVみたいなモンでヨ」
「なるほど……テレビみたいなものかぁ」
あ、それで伝わるんだ。まあ80歳だしそりゃそうか。
それからは目的地に着くまで立って揺られながら他愛もない話に花を咲かせることとなった。
そんなこんなで目的地の都心部に着き、休日で人の溢れる大型ショッピングモールにやってきたわけだが……。
「ろ、ロボットが動いとる! 何あれ!?」
「ピッパーくんですね。動くどころか喋りますよアイツ」
「えっ、あ、あの人……案内板を触って動かしとる!」
「Touch screen だネ。キリチャンもやってみる?」
この神様、落ち着きがない。
目を輝かせながら辺りを見回しては、あっちへフラフラ、そっちへフラフラと寄り道している。
まあ神社からほとんと出たことがない彼女は言わば浦島太郎状態なわけだし、見慣れないものが多くて戸惑うのも無理はない。
ただ……想像していたよりもキリさんは近代の知識が多いということに驚いた。
何十年も外に出ていなかったというのだから、見たことの無いものに囲まれて混乱するかと思っていたけど……どちらかというと時代や技術の変化に驚いている感じだ。
実物のロボットに対する反応もそうだし、電車内で液晶画面を見た時もあんな感じだったし……もしかして前に外に出たのって意外と最近だったりするのかな。
「ところでサラ。デートとは言ってたけど、結局今日何すんの?」
おおー、と子どものように息を漏らしながら画面をスライドしている
ここまで来たはいいけど、諸々訊きそびれていたからね。
「ンー、とりあえず街をブラブラカナー。色んなオミセ行って色々見て、色々食べよーゼ」
うむ。実質ノープランでの街ブラである。
まあコイツらしいといえばコイツらしいけど。
「そんなことなら普通に誘ってくれれば良かったのに……」
わざわざデートなんて言い方しなくても良かったと思う。
もしかして海外では単純に一緒に出かける意味合いで使うとか? 知らないけど。
ため息混じりに溢した僕の言葉に対して、サラは変わらず朗らかな笑顔で続けた。
「ホントはセッチャンとワタシのイチネンキネンのデートのつもりだタケド、カミサマと会ったキネンも一緒にやろうカナーってネ」
『それでサ、イチネンキネンてコトで今度――』
……ああ、そうか。
キリさんと出会った日に言いかけてたのは今日のことだったんだな。
純粋な厚意によるものなら責めはしないでおこう。
「そっか。そういうことなら、まあ……」
「それにキリチャン連れてくの面白そうだしネ」
「それはたしかに」
この神様のリアクション面白いしね。
「よ、呼んだ? あっ、お待たせしてすみません……」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ホンジャ、行こっか。まずは服見に行こーゥ!」
『おーっ!』
三人揃って右腕を掲げたところで案内板に沿って移動することにした。
この時、僕たちは気が付いていなかった。
道行く人に紛れた、一つの視線がこちらを見つめていたことに――。
「―――アイツは……。いや、ンなわけないか……」
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