第8話 土地神様と出かけよう その一


「あー、腕と首と足が……」


 イザとフキをキリさんに紹介した後、帰宅した僕は唸りながらベッドに倒れ込んだ。


 あの後、帰り道でもイザの顔色があまり良くなかったので、僕が彼女を背負って歩くこととなった。

 サラは家が山を下りてすぐの場所な上、行きで背負ってくれたということで却下。フキは色々アウトな発言した後だったので選択肢にない。

 そういうわけで必然的に僕が背負って歩くはめになったのだが……まさか首を絞められた上で走らされることになろうとは。


 あの女……どうしてくれよう。今度アイツの消しゴムをこっそり新品に取り換えてちょっと使うの躊躇わせてやろうか。


「とにかく疲れた…………うん?」


 ゴロンと寝返りを打ったところで手元のスマホが震えた。

 画面を見てみると新着メッセージの文字が浮かんでいた。

 発信者は……姉貴から!?


 キリさんと初めて会ったあの日の夜、メッセージアプリ……RAINで連絡を入れてからこの日までメッセージが返ってこなかったのもあって驚いてしまった。

 元々連絡不精な人だし、僕のことを嫌って返信しなかったとかそんなことはないと思う。特に機嫌を損ねるようなことはしてないハズだしね。

 ええっと、最後に話した内容はたしか……


 捨てたはずの本を一冊落としていたことについて謝罪したのと、本を拾った人が欲しがっているということを伝えたんだったな。


 うん。機嫌を損ねる要素しかないや。


 いや、姉貴が怒ったりすることなんてほとんどないけど、本の内容がだ。何なら無断で渡してしまっている。普通に考えてショックを受けるだろう。

 待ち望んでいた返信とはいえ、嬉しい半面開くのが怖い。


(………………南無三!)


 意を決してトーク画面を開き、恐る恐る画面を覗く。

 するとそこには……



『返信遅れてごめんよ~(。-人-。) 最近忙しくて!』


『本のことなら気にしないで! 私がから』



 こちらの謝罪文を最後に連絡が途絶えていたから不安だったけど、姉貴のメッセージはいつもと変わらない調子でスタンプや顔文字を交えた返信があった。

 僕の心配は杞憂に終わった。

 安心してホッと一息ついたところで、気になる点が一つ。


 ……謝っておく……ってなんだ?


 気になって質問しようとしたところで、先に向こうからメッセージが連続で飛んできた。



『実はあれ友達に捨てるの頼まれてたやつだったんだよね』


『あの時忙しくてさ 無理言ってごめんでした┌(_ _)┐』


『友達には聞いておくよ また連絡するから楽しみにしといて〜( ‐ω‐)b』



「マジかよ」


 思わず声が出た。

 あの本が姉貴の趣味ではなかったということが分かって安心した……というのもある。

 しかし、それ以上に見ず知らずの姉の友人の秘密を暴いてしまったことへの申し訳なさが半端じゃなかった。

 姉貴からこのことを伝えられたら間接的にとはいえ、いたたまれない気持ちになるだろうな……。


(……いつか菓子折りでも持っていこう……)


 まだ見ぬ姉貴の友達さん、ごめんなさい。

 機会があれば直接謝罪に向かいます。


「セキー、飯できたみたいだぞ……って何してんだオメェ」


 顔も知らない友人さんに合掌していると、僕を呼びに来た祖父が扉を開けるなり困惑していた。

 安心してくれ。邪教崇拝とかじゃないから。




「さーて、見ますかね……っと」


 夕飯も終えて、風呂にも入った。

 普段なら後は寝るだけ……そんな時間だが、明日は休みだ。

 今日は本来帰ってすぐに見る予定だったサブスクの映画を楽しむのだ。

 早速自室のパソコンを起動し、ブラウザを立ち上げる。勿論コーラとポテトチップスも忘れずにテーブルの上に置いた。完璧な配置だ。


(新作を見るのもいいけど旧作からシリーズ通して見るのもアリだな……。あっ、このアニメも入ってたのか! うわ~どれ見ようかな……)


 鼻歌混じりにマウスを転がして悩んでいると、スマホの震える音が聞こえた。

 チラッとロック画面を見ると新着メッセージの通知が表示されている。発信者は……サラか。


(この時間に珍しいな)


 内容は簡素なもので、『お電話どうですか』とだけ書かれている。

 アイツ、喋ると賑やかだけど文章だと敬語だから全然性格が違って見えるんだよな。不思議なものだ。

 すぐさま『いいよ』というスタンプで返信すると、即座に電話がかかってきた。


「もしもし? どうしたのこんな時間に?」

『ヤッホー、セッチャン。今時間ダイジョーブ?』

「だいじょばない。今から映画を見るんだ」

『ダイジョブそだネ』

「話聞いてた?」


 くそっ、なぜどいつもこいつも僕の映画鑑賞を軽んじるんだ。

 ……たしかに面白くないものも多いけどさ。


『落ち着ケツケツ。お時間は取らせませんノデ』

「はいはい……で、何の用?」


 相変わらず喋ると変な言葉遣いになるなぁ。仕方ないことだけど。

 まあこの調子だとどうせ用件も大したことないだろう。今日神社に行った時の感想でも言い合いたいのかもしれない。

 そう予測を立ててコーラを一口含んだところで、



『デートしようゼ! 明日!』



 サラの提案によって盛大に吹き出した。



         ○○〇



 サラの唐突な誘いによって予定が大幅に変わってしまった次の日。

 僕は少し緊張しながら榎園家の方向へ向かっていた。

 時刻は午前9時過ぎ、空は快晴で気温も春の陽気で暑くもなく寒くもない。

 絶好のデート日和である。


「デートねぇ……」


 口に出すと余計緊張してきた。

 いや、だって相手がアレよ? クラスどころか学校でも有名かつ人気者の美少女なんですよ?

 仲が良いとはいえ、そんな子にデートと誘われてみなさい。

 緊張どころの騒ぎじゃございませんでしてよ?


 ……いかんいかん。緊張のせいかキャラがブレてきている気がする。一旦冷静になろう。

 普段からボディタッチも多く、勘違いさせそうな行動が目立つ彼女のことだ。単純に友達と遊ぶつもりで誘ったと考えるのが自然だろう。

 そう考えると肩の力も抜けてきて、冷静になってきた。あとは自然と吊り上がりそうになるニヤケ面をどうにかするだけだ。


「あらせっちゃん、おはよう。顔のマッサージかしら?」


 僕が自分の顔をこねていると、いつの間にかサラの家の前に着いていたらしい。聞き慣れた妙齢の女性の声がした。

 僕がよくお世話になっているサラの祖母、アザミさん(サイクリングスタイル)である。


「おはようございますアザミさん。まあそんなところですかね。あ、サラと約束してるんですけど……」

「ああ、サラちゃんならさっき神社の方へ行ってたよぉ」

「分かりました。ありがとうございます。……アザミさんもおでかけですか?」

「ああ、私の愛車がアスファルトを切りつけたがっていてねぇ……それじゃ」


 そう言ってアザミさんはペダルを踏みしめると、爆速でロケットスタートを決めて一瞬のうちに姿が見えなくなった。

 妖怪ターボババアって実はあの人なんじゃないか?


 アザミさん妖怪説はさておき、サラの元に行かないと。

 すっかり慣れた足取りで神社へ続く山道を歩く。


 いやぁそれにしてもさっきは危なかった。気づかれるのがあと少し早かったら浮かれた気色の悪い面構えを見られるところだったな。

 それにしてもサラ、なんで神社の方に行ってるんだろう?

 たしかに昨日は『迎えに来て!』とか言うものだから待ち合わせ場所なんかは決めていなかったけど……。


「……! …………って!」


「――ッ! ……テバ! ゼッタイ!」


 疑問に思いながら階段を登っていると、何やら神社の方が騒がしい。

 サラとキリさんの声だ。


「ていうか、こんな立派なのは……そのぉ……」

「エー……似合ってるノニー……。じゃ次はコレだネ!」

「だから私には似合わんって〜!」


(何やってんだアイツ……)


 またサラが変なことしてるんじゃないだろうな。

 階段を登りきり、鳥居をくぐって辺りを見回す。が、声はせども姿が見えない。恐らく社裏の倉庫の方にいるのだろう。


「おはようございまーす。そっち行ってもいいですかー?」


 何をしてるかは知らないが、女性二人の空間だ。いきなり現れるのはご法度だろう……ということで一応声をかけた。

「いいよ〜」というサラの気の抜ける返事があったので社の陰から顔を出した。

 するとそこには、ラフで動きやすそうな格好の見慣れた赤毛の女サラと、そして――



 ―――現代の衣服を身に纏った白髪の美少女がいらっしゃった。



 我が町の土地神様のそんな姿を見て固まっていると、二人が同時にこちらへ顔を向けて勢いよく口を開いた。


「どうカナ、セッチャン!」

「そ、その、セキさん!」



「―――似合ってるよネ!?」

「―――似合わんよね!?」



 ……あまりの勢いに一歩後退ってしまった。

 困惑しながら視界を泳がせると、ベンチの上に何着かの女性服が綺麗に畳まれていた。

 なるほど。さっきの言い合いはコレのせいか。

 ……なんで神様を着せ替え人形にしてんのこの子?


「ダーカーラァ、スッゴクカワイイのにナァンデ分かんないカナー……。Mirrorは見たコトございますノ!?」

「い、いやいや! こここんなな物、分不相応っていうか……サラさんみたいな子の方がよう似合うって!」


「「ねえセキさん(セッチャン)!!」」


 ねえと言われましても。


 咳払いを一つして、あらためてキリさんの格好を見てみる。

 茶色のカーディガンに白い服、そしてチェック柄のゆったりとしたスカート。足元はブーツを履いている。

 全体的にサイズとしては少し大きめで合ってはいない……が、上手くオーバーサイズファッションとしてハマっている。元はサラの私物なのだろうか。


 頭から足まで見つめていると、キリさんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 その仕草が余計に可愛らしさを助長させている。


 ふむ。この状況、僕が言うべきことは一つだ。



「―――無難ッ!!」

「素直に似合ってるって言えヨ」



 腕で丸を作りながら褒めるとサラに突っ込まれた。何故だ。

 一方でキリさんは「ぶ、無難。無難かぁ……」と言ってちょっと嬉しそうに笑っていた。喜んで頂けて何よりです。


「で? なんでこんなことをしてるのかねキミは」

「今日キリチャンが着ていく服、どれがいいかナーって思テ」


 ほう、今日着ていく服か。


「キリさん、今日どこか行くんですか? ていうか神社から離れられるんです?」

「えっと、多分大丈夫じゃと思う……。あと出かけるって初耳なんじゃけど」


 ……なるほどなるほど。

 キリさんは何も知らず、サラは物知り顔でドヤ顔をしている。

 話の全容が見えてきたな。


「…………えーっとつまり、デートというのは」



「ウン、今日はこの三人でデートでしテヨ!」



 僕の素朴な質問は、とても快活な笑顔で返された。


 ………………うん、OKOK。

 概ね予想通りの回答だ。

 僕の心は冷静。とてもCOOLな気持ちだ。

 だが一つ、月並みではあるが言いたいことがある。


 一呼吸置いてから、上を向いた。




(僕の純情を返して―――!)




 青空が滲んで見えたのは、きっと気のせいじゃない。





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