千鶴さんに1枚の紙を渡された。

千鶴さんが中学生だったころに仲良かった男子学生からもらったそうだ。男子学生とは近所で小さい時から仲良くしていたのだが、高度経済成長期をむかえ、男子学生が景気のいい都会に家族で引っ越すことになった。その時に受け取った手紙がこれだ。

「私も親が病弱だったから妹やら弟の世話もあったし、今の今まで忘れてたんだよ。色々片づけをしてたら出てきたんだけど、なんて書いてあるかわからなくてねぇ」

紙には、KIMUHA UTUEHA SUTIと書いてある。

「これさえ解ければ思い残すことなくあの世に行ける」そういって千鶴は少し寂しそうに微笑んだ。

夜、布団の中で眺めてみるが、全く解けない。

「お姉ちゃん、まだ寝ないの?」咲笑は眠そうだ。

「ちょっとこの暗号が気になってさ」

「それなら解けたから大丈夫」

「え!解けたの?」

「うん、明日話すから早く寝て」

「どうやって解くの?」と聞いたが、背を向けられてしまった。

気になってはいるが、寝るしかない。

私は部屋の電気を消した。


翌朝は、早速暗号が解けたという咲笑に連れられて、出かけた。

「どうやって解くの?」と聞いても咲笑は「少し考えたらわかるよ」と言って、教えてくれない。私が頭を悩ましている間に、咲笑は近所の人に話しかけに言っている。

「行くべき場所がわかったよ」

そういって近くのお寺に行くと、境内の中のイチョウの木の前に立った。

イチョウは樹齢何百年であろうというくらい大きく、そしてお寺の中にあるせいか厳かな雰囲気にさせる。

「で、なんでここなの?」と聞くと、その辺から棒を拾ってきて地面に書き始めた。

「まず、このローマ字をひらがなに直すと、きむはうつわえはすちってなるでしょ?これをあいうえお順で一文字後ろにずらすと、かみのいちょうのしたって読める」

地面に書いた文字を見ると、確かに本当にそう読める。

「なんかの小説で出てきたんだよね。もちろん小説はもっと複雑だったけど、子供が考える暗号だからこんなもんよね」

(あんたも子供でしょうが)

そう突っ込みたくなるのを抑えて、イチョウの木の下に目をやる。

「何か埋めたのかな?」

「恐らくそうでしょうね」

「これ、掘ったらまずいよね?」

「知ってる?バレなきゃ犯罪って成立しないんだよ」

そう言って、私が見張っているから地面を掘るように咲笑に言われて、心の中ですいませんと唱えながらイチョウの木の下を掘り始める。

思ったより地面が固く苦労していると、「こらぁぁああ!」と怒鳴り声が響く。

振り返ると鬼の形相をした住職らしき人が立っていた。

咲笑は気づいたらいなくなっていた。


住職に散々叱られた後、なぜイチョウの木を掘っていたのか説明すると、

「待っておれ」と言われてしばらく待っていると、小さな箱を抱えて戻ってきた。

「これがおそらく探していたものじゃろう」

ブリキの箱でところどころ錆びていて、古い物であるのがわかる。

「埋めたところが浅かったせいか、何十年前かの、わしが雨の日に見つけたんだよ。捨てようかとも思ったんじゃが、中をみると手紙がはいっておったから、誰か取りに来るかもしれないと思って、今日まで取っておいたんじゃよ」

ブリキの箱を開けると、手紙とブローチが入っていて、手紙には千鶴へと書いてある。間違いない。

箱を引き取ってお寺を出ると、咲笑が立っている。

「ちょっと、どこ行ってたの?めちゃくちゃ怒られたんだけど」

「だって、怒られたくなかったんだもの」

しれっとそういうと、私からブリキの箱を取って開ける。

「これがおばあちゃんが探してたものだね」

「うん。早く渡してあげよう」

「でも・・・ううん、何でもない」

咲笑がなんとなく言おうとしていることがわかる気がする。

これを受け取ってしまったら、千鶴さんが生きる気力を失ってしまうのではないかと心配しているのだ。

でも、心の残りのあるままというのも到底いいとは言えない。

咲笑に箱を返されて、もう一度中身をみる。

ブローチにはオリーブ色の綺麗な石がついている。

(あ、この石・・!)


「ありがとうねぇ」

千鶴さんは箱を受け取ると大事そうに撫でて、ゆっくりと箱を開いた。

中にある手紙をゆっくりと開いて読み始める。

静かに時計の音だけが響いている。

「隆志さんのこと、色々思い出したよ」

千鶴さんの目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「本当に優しくていい人だった」

そして箱の中にあったブローチを手に取った。

「綺麗なブローチ。こんなおばあさんになっちゃったから似合わないねぇ・・・もっと早く探せばよかった」

「そんなことないよ」

咲笑がブローチを千鶴さんの胸につける。

「すごく似合ってる」

「私もそう思います」

「ありがとう。これで思い残すこともないね」

「あの、千鶴さん、そのブローチについている石って何というか知ってますか?」

「これかい?知らないねぇ」

「この石は、ペリドットっていうんです。こういった石には色々意味があるんですけど、このペリドットには希望ある明るい未来に導くという意味があるんです」

そんな意味があるのね、といって千鶴さんは愛おしそうにブローチを撫でる。

「千鶴さんが言っていた通り、人間って若くても年とってても、明日何があるかわからないって思うんです。もちろん、悪いこともあるかもしれません。でも明日は今日よりもっと楽しいかもしれない。そういう気持ちが込められてる気がするっていうか・・・なんというか・・・」

最後の最後で何を言いたいのかまとまらない。

上手く言えない私を察してか、千鶴さんはにこっと笑って、「ありがとう」と言った。

「そうね、まだまだこれから何があるかわからないね。だって、また隆志さんに手紙の中でだけど会えるとも思わなかったし、あなた達みたいな素敵な子たちに出会えるなんて思ってなかったもの。・・・こんな年寄りでも明日楽しいことがあるかもしれないって期待して生きたっていいのかもしれないね」

窓から差し込んだ光がブローチにあたって優しく輝いた。

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