旅に出ることは決まったものの、私自身の準備が出来ていないため、その日は我が家に咲笑に泊まってもらい、翌日出発となった。

「ご飯、すごくおいしいです。どうやって作ったんですか?」

咲笑は私に接する態度とは違い、うちの両親には礼儀正しく、愛想もいい。ニートの娘にうんざりしていた両親は咲笑にメロメロだ。

「あんたも咲笑ちゃんくらい愛嬌がありゃね」とまで言われた。

本当に今どきの小学生は恐ろしい。

翌日準備を整えると、すぐ家を出た。咲笑とこれ以上比較されたらたまらない。

「で、どこに行くの?」と聞くと、咲笑はスマホを取り出して何やら検索している。

「ここ」

“星鳴島(ほしなりじま)。人口600人の小さな島。冬に見える星空が綺麗と今話題になっている”

「今夏だけどいいの?」

「私たちは観光にいくわけじゃないし、距離的にもちょうどいいでしょ?遠すぎるとお金が足りなくなるもの」

「よく考えてらっしゃる」

「お姉さんよりはね」

(くぅ)

悔しいが、小学生相手に悔しい顔もしたくないので、涼し気な顔で駅に向かった。

そこから、約3時間で港につき、フェリーに乗り込む。

こじんまりとした船で、横に大きく“らんらんフェリー”と書かれている。

ニートになってからここまで遠出したことないので、かなり疲れたが、船に乗り込んで動き始めるとなんだかんだでわくわくしてくる。

「お姉さんはさ、どうして大学行かなかったの?今時は大学へ行く人がほとんどなんでしょ?」

ぼーっと海を見ていたからふいに聞かれて、焦る。

「うーん、そうだねぇ。大学行っても良かったんだけど、集団生活が苦手なんだよね。向いてないっていうか」

昔のことを思い出すと、胸が苦しくなる。

あの時教室でみた風景が蘇る。

(忘れたいのに忘れられない)

「・・・ごめんなさい」

「え?どうして?」

「無神経に質問してしまったから・・・」

咲笑がうつむいている。

「可愛いところもあるんだね」

私がクスクス笑うと、口をとがらせて「私は全部可愛いけど」と初めて子供らしい表情を見せた。

船を降りると、まずは宿探しだ。

最近、冬に観光客がくるようになっていくつか宿ができたらしい。

とはいえ、ホテルなどではなく、民宿だ。

とりあえずフェリー乗り場にある観光案内に載っている宿をあたることにした。

「すいません、オフシーズンはやってなくて」

全ての宿でこのセリフを言われるとは思わなかった。

自分の家を観光シーズンのみ宿として人を泊めているだけで、オフシーズンはどこもやってない。

「これこそ旅の醍醐味」となぜか咲笑は1人でうなづいている。

(旅なんて初めてだろうに)

とりあえず、荷物を置いて考えるために、海のそばのベンチに座る。

「野宿ってわけにもいかないし、フェリーももうないしどうしようか?」

波の音以外何も聞こえない。

夕日に反射して海がオレンジ色に輝いている。

「やっぱり、旅をするなら島だよね」

「はぁ、そういうもんなの?」

「なんか陸地とつながってないのがいい」

と独特の感性で話す咲笑に適当な相槌を打ちつつ、海をぼんやりと眺めた。

「あんた達、宿がなくて困ってるんじゃないかね?」

後ろから話しかけられて振り返ると、少し腰の曲がったおばあさんが立っている。

「ここはこの時期には宿がないからねぇ。前も同じように困っていた人がいたよ」

同じように困っていた人がいたらしい。

「どこか泊まるところはないでしょうか?」

私がそう言うと、おばあさんは「じゃあ行こうかね」と言ってゆっくり歩き出す。

私たちがベンチに座ったままでいると、「うちに泊めたげるからおいで」と手招きしてくれた。都会なら絶対断るシチュエーションだが、この島の穏やかな雰囲気で大丈夫な気がしてしまう。

それに知らない場所で野宿するよりは安全だろう。

私と咲笑はおばあさんの家に行くことした。


おばあさんは、角野千鶴さんという。

千鶴さんは一人暮らしで、旦那さんは病気で3年前に 亡くなり、子供達は島を出て結婚して幸せにしているらしい。

「1人の方が気楽でいいさ」と言って千鶴さんは笑っていた。

色々話しているうちに、千鶴の家に着いた。

千鶴さんの家は、平屋の小さな一戸建てだ。

垣根にはピンクの花が咲いている。玄関周りにもいくつか花が植えられていて、彩り鮮やかに咲いている。

玄関をガラガラと開けると、千鶴さんに「あがりなされ」と促されて、お家に入る。

家の中は純和風という感じだ。

居間に案内される。部屋の中にはあまり物がない。

机にTVとタンスが1つ置かれているだけだ。

「お茶でも出すから座っときなされ」そう言って千鶴さんは奥に消えた。

「なんかおばあちゃんの家って感じ」

「私のおばあちゃんの家は洋風だからわかんないけど、まぁでも懐かしい感じはする」

「なんか咲笑ってたまに年寄りみたいな話し方するね」

「うるさい」

咲笑と言い合っていると、千鶴さんが戻ってきた。

「仲がいい姉妹だねぇ」

「いや、私達姉妹じゃないです」

ここまでの経緯を千鶴さんに説明すると、千鶴さんは驚きながらも笑ってくれた。

「咲笑ちゃんは、面白いこと考えるね」

「非常識とか言わないんですね」

「当たり前じゃない。こんな面白いこと考えて実行している人を非難したりしないよ」

「そうですか?」

「人間、明日は何があるかわからない。一度きりの人生やりたいことやるのか1番だからねぇ」

「そうですよね」

咲笑は認められて嬉しそうだ。

千鶴さんは「本当に人生は最後までわからないね」と言ってお茶をすすった。

「実は私の人生は残りわずかでね。次の桜を見れるかどうかもわからないらしい。島を出れば色々治療してもう少し長くは生きれるかもしれないらしいんだけど、無理して生きる気もなくてね」

千鶴さんは少し寂しげに笑って、窓の外を見た。

「この島が好きだから最期はこの島で迎えるつもりさね」

静かになった私達をみて「こんな話をして申し訳ないね」と言った。

なんと声をかけていいかわからない。

咲笑も同じらしく、お茶に視線を落としている。

「それで、こんな出会ったばかりのあなた達に頼むのは悪いんだけど、泊めてあげた代わりにおばあのお願いを聞いてくれんかね?」

「お願い?」

「あぁ。たった一つの願いだ」

強い風が吹いたのか、窓が揺れてカタカタと鳴った。


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