世界はあなたに笑いかけている

月丘翠

なぜ、私はここにいるのか。

海のそばのベンチに小学生と座っている。

波の音以外何も聞こえない。

夕日に反射して海がオレンジ色に輝いている。

「やっぱり、旅をするなら島だよね」

「はぁ、そういうもんなの?」

「なんか陸地とつながってないのがいい」

と独特の感性で話す咲笑(さえ)に適当な相槌を打ちつつ、海をぼんやりと眺めた。

そう、なぜ私がこんな海しかない島に来てしまったのか、それは1週間前に遡る。


セミの鳴き声がうっとうしい。

今年も記録的な猛暑らしいが、毎年そう聞いている気がする。

汗を垂らしながら、少しでも涼しい場所を求めて歩く。

最近はお金もないから、マクドナルドでさえ、気軽に行けない。

とはいえ、家にいるわけにも行かない。

母親から就職しろだの、家事を手伝えだの、色々言われて落ち着かないのだ。

21歳のニートには、どれも正論だからタチが悪い。

やっと見つけたオアシスは公園のベンチだ。

ちょうど目の前の木が影になっている。

ベンチに座ると、ふぅと見上げる。

木の隙間から光がさしてキラキラと眩しい。

目をつぶって、現実から目をそらす。

仕事をしなきゃいけないことも、家にいるなら家事をすべきなのもわかってはいるのだ。

でもなぜか行動に移せない。

自分のなまけものさに自分でも呆れる。

(ん?)

なんとなく人が前に立っている気配がする。

目を開くと、小学生がこちらを見ている。

白い半そでブラウスに、薄い水色のスカートを履いている。ランドセルは、ピンクのくすみカラーだ。

「あの・・・何か用?」

「なんでお昼間にこんなとこにいるの?」

「え?」

何でと聞かれても、家にいたくないから以外答えは思いつかないが、おそらくそんなことを聞きたいわけではないだろう。

「学生なの?」

「いや、違うよ」

「お仕事お休みなの?」

「んーそれも違うかな」

「お仕事してないの?」

「え、あぁまぁそうだね」

「ふーん」そういうと、女の子は隣に座った。

「お父さんが、大人になったら立派な仕事に就くのが幸せだって言ってたよ」

「そういう考えもあるだろうねぇ。でもまぁ人ぞれぞれだから」

「じゃあどういう考えで働かずに公園のベンチに座ってるの?」

まっすぐに小学生がこちらを見ている。

こんなに心えぐられることってなかなかない。

言葉につまっていると、小学生はひょいっとベンチから立ち上がると、

「きっかけなんて待ってても、一生そんな機会こないよ。自分で動かなきゃ変われないよ」

そう言ってすたすたと去っていった。

なんだったんだ・・・

たまたま会った小学生に説教されるなんてびっくりだ。

しかも、正論だから何も言い返せない。

心のダメージは計り知れない。

ため息をついて、空を見上げる。

「自分で動かなきゃ・・・か」


そうはいっても人というのは、簡単に変わることはできない。

今日もまたこのベンチに来てしまった。

公園には小学生が何人かいるが、走り回るのではなく、どうやらゲーム機で遊んでいるらしい。

これだけ小学生がこの時間からいるということは、おそらくもう夏休みに入ったのだろう。

ため息をついて、目をつぶって上を見上げる。

(ここも居場所がなくなるかもな)

明日からまた自分のオアシスを求めて彷徨わなければならない。

またこっちを見ている人の気配がする。

(嫌な予感がするなぁ)

目をあけて正面を見ると、やっぱり昨日の小学生がいる。

「またここにいるんだね」

ドキっとする。さすがに今日は会わないだろうと思っていたのにびっくりだ。

「うん・・こんにちは」

こちらの気まずい様子を気にすることなく、隣に座ってくる。

「お姉さんは、暇なんだよね」

「え?あぁ、まぁそうだね」

「じゃあさ、私と旅にでない?」

「は?」

一瞬思考が停止する。

「私、前から家を出て旅に出たいって思ってたの」

「いや、あなた小学生だよね?」

「小学生が旅に出ちゃいけない理由あるの?」

「小学生だけで旅はダメでしょ」

「だから、大人のお姉さんを誘ってるんじゃない」

「あぁ、そっか」

口ではこの子に勝てる気はしない。

「いやでも、学校もあるだろうし、親御さんも心配するだろうし」

「今は夏休みだし、親の許可は取れると思う」

「いや、でも・・・」

「ねぇ」

真剣な目でこちらを見てくる。

「やらない理由をいくつ探しても、やらずに逃げた事実は変わらない」

「いや、やらずにっていうか」

「変わりたいんでしょ?これ以上のきっかけはないと思うけど」

痛いところを付かれた。

そう、私は変わりたい。

こんなベンチで毎日過ごすのもうんざりだ。

「幸運の女神には前髪しかないんだから」

「・・・女神ってそんな変な髪形なの?」

「・・・お姉さんってバカなの?」

セミの鳴き声だけが響き渡る。

旅に出るにしても小学生を勝手に連れまわしたら犯罪になる。

保護者の許可を得ることが出来たらと誤魔化して、解散した。

それにしても今どきの小学生は恐ろしい。

(旅か・・・確かに悪くないな)


翌日、公園のベンチでうたた寝していると、また人の気配がする。

(きっとそうだろうなぁ、、)

恐る恐る目を開けると、やはり例の小学生が立っている。

いつもと違うのはリュックに手提げと大荷物であることだ。

「約束、守ってね」と紙を差し出してくる。

そこには旅にいくことの保護者の同意書と書かれ、ハンコも押されている。

「・・・まじで?」

「約束したよね?」

「いや・・それはその」

「したよね?」

女の子の強い目に逆らえる気がしない。

「はい・・」

親の同意書を自分で偽装したのではないかと、念のために保護者に電話したが、「よろしく」と保護者に言われてしまった。その上に旅費まで女の子に持たせていると説明があった。

こんな知らない人に娘を預けるなんてどんな親だと思ったが、この子の独特の雰囲気を考えると、親も独特な感性の持ち主なのかもしれない。


こうして、私は咲笑と出会い、旅に出ることになったのだ。

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