〝6年、もう秋はいらない〟

第29話

 小学校で初めてのことです。

 わたしは初めて、こちら側からステージを見ていました。

 6年生のみんなが一生懸命演奏している中、わたしがいるのは他学年の児童の列からも外れた体育館の後ろの端です。今年の音楽発表会は参加しないこと、隣に立っている相談室の先生に提案されて素直に受け入れました。もう、もう楽に流されていたくて。

 何もすることがなくて、去年までの秋の日々を思い返します。

 誰に何をされることもなく空気になった低学年。歌えないのは仕方ないからあなたにできることを考えてと言われた3年生。考えた末、伴奏に挑戦してもだめだめだった4年生。邪魔だと貶され耐えきれずに走って逃げた、それでも友だちが助け戻してくれた5年生。

 そして、ついに頑張ることからも逃げた6年生。

 ああ、今年頑張れば、貫き通せたというのに。

「…………………………」

 いつのまに静かになっているなと思ったら、6年生の賑やかな合奏が終わって合唱に転換している最中でした。練習通りに無駄なく動く群衆の中からひとり、楽譜を携えた伴奏者がそっと抜けてピアノへと歩み寄っていくのが見えます。

 その彼を、もう、友だちと呼ぶことはできないでしょう。あれから一度も話すことなく季節がひとつ過ぎてしまったのですから。

 曲が始まると、わたしはもう無になってしまいます。当然ながら、風なんて吹くわけありません。

 目の前には保護者が観たりビデオを撮ったりするためのスペースが取られていて、プログラムの最後ながらかなり多くの人がじっと合唱に聴き入っていました。高学年の歌は上手だし知り合いもいると思うので、自分の子どもの番が終わっても残って観ている親が多いのでしょう。うちのお母さんはおそらく3年生の妹の出番が終わればさっさと帰っています。音楽にもよその子にもわたしにも、あまり興味がないのです。まあわたしはそもそも出ていないのですけれど。

 もういいの。どうでもいいの。

 ぼーっと眺めていると、輪郭のぼんやりした『祈りの歌』はあっさりと終わってしまいました。



 すっかりぼんやりくすんで淡々としたわたしの世界でも、ピアノだけは変わらず眩しく輝き続けていました。

 最初は伴奏のことしか考えていなかったけれど、伴奏のためだけにある楽器なわけはありません。ピアノはひとりでも充分すぎるほど楽しい。出会ってしまったその楽しさは、苦い思い出で簡単に引き剥がせるものではなかったのです。揺らぐことを知らないピアノの光は、沈黙したわたしの毎日をなんとか回してくれました。

 いつでも明るいものと言えば、姫花の瞳もあります。ある、けれど、それがわたしに向けられることはここ最近はありません。

 廊下や放課後の中庭で見かける、怜歩さんや知らない女子男子の混ざる派手なグループでいつも笑っている姫花。ちょっぴり自分と不釣り合いで恐れ多いような、そんな気がするのは別に今だけに限った話じゃあないです。

 ずっと思っていたけれど、やっと踏ん切りがつきました。

 本人は絶対に否定してくれる。でも、はたから見れば、今の姫花にわたしは邪魔でしかないでしょう。

 あの煌めきの邪魔までしてしまえば、わたしは今度こそ本当に死んでしまいます。だから、わたしは小さい頃よく遊んだ幼なじみくらいになっていかないといけないのです。

 今年の夏休みは、お泊りの許可を母に貰うチャレンジもしませんでした。遊ぶことも一度もなかった。

 でもいいのです。もう、誰の邪魔もしたくない。

 朝の歌の時間で邪魔とまでいかなくても役立たずになりながら、わたしは窓の外を見ていました。小さい秋どころか校庭のイチョウは既にひらひらと黄色の葉を舞わせています。

 中学受験をする一部の子たちが忙しそうにする中、ごく普通に味の薄い日々は過ぎていきます。去年の担任とは比べるのも罪になるほど穏やかで優しく子ども思いの先生と、騒がしい姫花のクラスの対極としていつも扱われるおとなしめなクラスメイトたち。声を出せないわたしも白い目で見られることなくごく自然に受け入れられて、今までにない息のしやすさを感じながら生活しています。

 今隣で真面目に歌っている女の子は、よくグループ分け仲間に入れてくれて、普段は本の話をよくしてくれます。移動中など筆談で返事できないとき、わたしがただにこにこしているだけでも不満そうな顔をしない変わった子です。自分が話せればそれでいいのかもしれませんが、こんなわたしに絡んでくれるのはありがたいのひとことに尽きます。

 そういえば、彼女は先月の席順も、そのまたひとつ前ももうひとつ前も、前後左右や斜めなどいつも近い席でした。わたしはそれを素直に不思議だなあと思う6年生ではありません。考えが及ぶようになって知ってしまいました。今の担任の優しさも、去年の担任の、……。

 5年生のとき、何度席がえをしても夕灯さんと隣同士だった。そのおかげで仲良くなれてわたしは喜んでたけれど、今考えるとあれは、偶然でも奇跡でもなかったようですね。

 忘れよう。忘れよう。頭に乗った枯れ葉を払うように首を振り、考えをどこかに飛ばします。

 もう、何も動かないのがいちばん安全だと知ったのです。これから秋が過ぎて冬になって、クリスマスと同時に来る冬休みを越え、春の兆しを感じるころに卒業する。そうして中学生になって、馬鹿なわたしでもいつかどこかの高校には入って、大学は行ける気がしないけどそこは未来のわたしがどこかしかるべき道を選ぶ。

 今のまま動かず流れればそうやって、至極幸せな人生を送ることができる。声が出ないから、なんて、困ることはあるとしても、傷つくことは大人になるほどきっと減っていきます。それに、今までの傷ついたことや悲しかったこと、声のせいというよりは、わたしが挑戦しなければ済んだ話なのですから。

 さあ、直近で、この小学校生活であと我慢しないといけないのは卒業式だけです。その歌と呼びかけの間だけ心を固くして頑張れば、あとはきっと大丈夫。

 じっとしていれば人も自分も傷つけなくていい。邪魔者は、どう頑張っても邪魔者なんだから。



〝上手な生き方を見つけられたような気がします。……でも、〟

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