〝5年、冬〟
第16話
あれからわたしたちは、ずっとずっと仲良しになりました。
あの秋の日、4人で一緒に恐る恐る学校へ戻ったわたしたち。今が授業中なのか放課後になってしまったのかもわからないまま、とりあえずは外階段を使って隠れながら相談室へと駆け込みました。
悪そうな笑顔で迎えてくれた相談室の先生は、姫花よりかは優しくぎゅっと抱きしめてくれました。
わたしは昔から知っていたけど、やっぱりこの先生は世紀の大嘘つきです。どんな嘘をついたのかはわからなかったけれど、とにかくわたしたちは他の先生にほとんど咎められることがなく、生きて次の日も学校生活を送ることができました。
先生に頼ることがなかったら本当に死んでてもおかしくなかった。それくらいのことを、わたしはしてしまいました。
音楽の先生は、わたしのことを完全に無視するようになりました。これは好都合です。
あの日もわたしが逃げ出した後、まったく何もなかったかのように振る舞っていたそうです。これは夕灯さんから聞きました。
わたしは音楽発表会の本番も例年通り最前列でじっとしていましたが、誰に何を言われることもありませんでした。周りの人はちょっとだけ気まずそうというか、ヒヤヒヤしている感じには見えましたが。
とにかく、もう終わってしまったんです。これから1年間はもうなにもない。もう大丈夫。
それに今は、姫花や夕灯さんや怜歩さんもいる。
「あ、あ、あのね」
夕灯さんのぎこちないけどどこか楽しそうな言葉に、どうしたの? というふうに首をかしげます。
「え、えっとね、そ、そ、……」
続く夕灯さんの話に、安心しきっていたわたしは顔を真っ青にします。そして夕灯さんにめちゃくちゃ心配そうな顔をさせてしまいました。
卒業式で、合唱をする……だと?
そうか、そうだった。児童数の多いうちの小学校では卒業式に全校生徒が出ることなんて不可能なので、児童代表で5年生が出席することになってるのでした。しまった。
来年まではもう何事もないと思っていたのに。完全に忘れてた。
どうやら、みんなよりもひと足先に、夕灯さんへ何の曲をするのかを知らされたみたいでした。そのことをわたしに話したかったようですが、「卒業式の合唱の、」のところでわたしがこんな顔をして遮ってしまいました。申し訳ない。
夕灯さんはわたしが謝ったあとに話してくれました。卒業式で歌うのはどんな曲なのか、それから、その伴奏を音楽の先生直々に任されたこと、どうしてオーディションをしないのかというちょっとした不満。
ゆっくりゆっくりな夕灯さんの話を聞きながら、わたしは嬉しくなります。
少し前までは、必要不可欠な話題以外で彼が口を開くことはほとんどありませんでした。きっと、上手く話せないのを気にしてのことでしょう。
今だって気にしているのかもしれないけれど、こうやって、雑談のような会話をすることも増えてきました。わたしは文字でしか返事ができないのが残念ですが、それでも彼は話しかけてくれます。
声とメモで会話していたら途中で姫花が交ざって、それを見た怜歩さんもやってきて、最近のいつもの4人組が完成しました。
そのあまりの安心感に、合唱の恐怖もすっかり薄れてしまいました。
休み時間にどうでもいいような話をして、笑う。見返りもなくそれをしてくれる相手がいる。
それがどれだけ嬉しくて、安心で、あたたかいことか。『話す』ということに難しさを抱えたわたしや夕灯さんなら、きっと人一倍その思いがわかります。
わたしは、学校がこんなに楽しいだなんて知りませんでした。わたしなんかが楽しめる日が来るとは、思っていませんでした。
姫花のきらきらした瞳の理由がなんとなくわかった気がします。派手な女子たちのグループとも地味なわたしなんかとも対等に仲良しな彼女です。学校では大好きなみんなに会えると思うときっと学校が大好きになる。彼女はずっとそうなのでしょう。
さすがに姫花みたいに大勢と仲良くなるのは難しいわたしだけど、とっても大好きな人がちゃんといるのだから充分です。いえ、身に余るくらいです。
そんな幸せをいただけたのだから、わたしはしっかり守っていかなければいけません。
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