Scene 4:意外な展開

 

 ――タオルを顔に当てると、藤代ふじしろくんの匂いがする。


 それを使って私は髪や浴衣ゆかたを軽く拭いていく。これだけ水滴を払い落とせたのなら、湿度が高いといっても気温は高いわけだし、しばらくしたら乾くことだろう。


「それにしても、すごい雨の音だね。でもおかげで雷の音が相対的に緩和して聞こえるかな? 私、ビビリだけど急に大きな音がしなければそこまで驚かないと思うし」


「そうなんだ? 俺はやっぱり雷の轟音ごうおんはどうしたって驚くよ」


藤代ふじしろくんも意外にビビリ?」


「どうかな……。自分ではあまりよく分からない」


 苦笑する彼に対して、私がクスクスと笑った直後のことだった。


 まるで世界に終焉しゅうえんをもたらすような、今までで最大音量の轟音ごうおんと稲光が周囲を包み込んだ。不意をかれた私は悲鳴を上げ、目の前にある彼の胸板を強く抱き締める。


 熱い体温やタオルと同じ匂いが広がり、さらに耳元には最高潮に達しているような心臓の激しい鼓動が響いている。




 ……あれ?


 私もドキドキしているけど、耳に伝わってくるその音は自分のものとは違う。つまりこれは藤代ふじしろくんの心音。それだけ密着しているということ。


 それを認識した瞬間、我に返った私は慌てて彼から離れる。


「ご、ごめん! 私っ、つい……」


「う……うん……」


 お互いになんだか気まずい。それっきり私たちは黙り込んでしまった。


 周囲には相変わらず雨や雷の音が鳴り続けている。そこに混じって、たまに目の前を通る自動車のエンジン音や水たまりを弾く音も聞こえてくる。そんな『騒がしい沈黙』が私たちの間に流れる。


 ただ、それからしばらくして私と藤代ふじしろくんのスマホが、ほぼ同時に振動と着信音を上げた。


 すかさず私は持っていた巾着袋からスマホを取り出して画面を見てみると、誰かが私にメッセージを送ってきたというのが判明する。


 早速、アプリを開いて確認すると、それは花火大会に誘った幹事的な役割の土支田どしだ麻弥まやから送られてきたものだった。そしてその内容を把握すると、私は小さくため息をつく。


麻弥まやからのメッセージが来た。花火大会、中止が決定したみたい」


「うん、俺にも土支田どしださんから連絡が来たのを確認したよ。一緒に行く予定だった全員に同じメッセージを送ったんだね、きっと」


「待ち合わせもなしで、このまま解散って話みたい。それと今、駅前は帰宅の人たちが殺到して大混雑だって。麻弥まや自身も駅の中に入るのに苦労してるらしいよ」


「だからこそ、待ち合わせをせずに解散ってことにしたんだろうね。その状況だと集まるのは難しいし、集まったところで帰るだけだから。土支田どしださんってこういう時の判断が的確で速いよね」


「でも花火大会が中止になっちゃって、ちょっと残念だね」


「うん……。この天候じゃ、やむを得ないけど。主催者側としても、強行して何か大きな事故が起きたらマズイだろうからね」


 その後、私たちはそれぞれ麻弥まやに事態を了承した旨を伝えるメッセージを送った。


 そういえば、私と藤代ふじしろくんが一緒にいることを書かなかったけど、彼女はどう認識しているんだろう? まぁ、私たちが一緒に駅前へ行くことは知っているはずだから、現在の時刻を考えればそういう状況だって分かってるか……。


藤代ふじしろくん、これからどうしよっか? もうしばらくここで雨宿りしてみる? さっきよりは雨が弱まってきたけど……」


「ただ、まだこの感じだと走って帰ったとしても確実に濡れちゃうだろうね」


「だよねぇ……。困ったなぁ……」


 雨の降り続く空を見上げ、重苦しい声を漏らす私。


 するとなぜか藤代ふじしろくんはフフフと小さく薄笑いを浮かべる。


「まぁ、流山ながれやまさんがどうしても早く帰りたいって言うなら傘を貸すよ。俺はもうしばらくここで待ってみる。それでも止まなかったら、濡れるの覚悟で帰ればいいし」


「えっ? 傘があるのっ!?」


「うん、折りたたみの傘を持ってきてる。リュックの中に一本だけ入ってる。流山ながれやまさんはそれを使っていいよ」


「わ、私だけが使うわけにはいかないよ! それなら途中まで一緒に帰ろうよ! それで私は途中のコンビニで傘を買うよ!」


「それだとおカネがもったいないじゃん。……あ、そうだ! だったら近くの喫茶店に寄り道してもいい? 伯父おじさん夫妻が経営している店なんだ。今日は花火大会の日だから、深夜まで開いてるはず。そこで傘を借りれば解決だし、ついでに一緒に夕食もタダでゴチになっちゃおう。ただ、サンドイッチとかカレーとか、軽食しか置いてないのは許してね」


「い、いいアイデアだと思うけど、食事までご馳走になるのはちょっと……」


「遠慮しないでいいって。身内びいきをするわけじゃないけど、味は保証するよ。それに美味そうに食べてたら、伯父おじさんたちも喜ぶだろうし。ねっ?」


「じゃ……じゃ、ありがたくご馳走になろうかな……」


「よしっ、決まり! 早速、店に電話をしてみる」


「あ、私も自宅に連絡をしておくね。友達と食事をしてから帰るって」


 花火大会が中止になったのにこのまま遅くなると家族が心配するので、私はスマホで家族に連絡を入れることにした。そして外食することと帰宅が遅くなることを伝え、その同意を無事に得る。


 彼も伯父おじさんたちに電話で事情を話し、諸々の許可をもらったみたいだ。


 こうして私たちは藤代ふじしろくんの伯父おじさん夫妻が経営しているという喫茶店へ行くことになったのだった。


 雨粒の音楽を奏でる小さな折りたたみ傘。さっきの軒下のきしたにいた時と同じように、彼は私がなるべく濡れないようにその手に持つ傘を寄せてくれている。


 私は心なしか彼に体を寄せ、お互いに少しでも濡れないように配慮する。



(つづく……)

 

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