Scene 3:怪我の功名?

 

 そしてそんな中、ひときわ激しく空が光って、空間を斬り裂くような爆音が響いた。


 私はまたしても悲鳴を上げ、今度は無意識のうちに藤代ふじしろくんの背中にしがみついてしまう。


「今のは大きい雷だったなぁ。どこかに落ちたのかも。流山ながれやまさん、本当に大丈夫?」


「うん……。あ、ゴメン。思わずしがみついちゃって」


「気にしないで。俺としては、相手が流山ながれやまさんならいくらでもそうしてくれて良いから」


?」


「えっ? ――あっ!? べ、別に深い意味はないよ! 単に嫌な気はしないって意味だよ!」


「そうなんだ? でもそう言ってくれてありがと」


「う……うん……」


 照れくさそうに返事をする藤代ふじしろくん。その直後、私の額にポツリと冷たい感触が広がったかと思うと、途端にバチバチと音を立てて大粒の雨が降り始める。


 当然、彼もその事態に直面して目を丸くしている。


「ヤバっ! 雨が降ってきた! 流山ながれやまさんっ、どこかへ避難しよう!」


藤代ふじしろくんっ、あそこのお店の軒下のきしたで一時的に雨宿りさせてもらおうよ!」


「あっ、そうしようっ!」


 私たちは道路沿いの前方にある、商店の軒下のきしたを借りることにした。


 すでに営業時間外なのか、それともすでに廃業しているのかは分からないけど、シャッターが閉まっているからお客さんの出入りの邪魔になるということはないはずだ。


 そこへ辿り着くまでに少しは髪や服が濡れちゃったけど、距離が比較的近かったことと急いでそこへ駆けていったこともあって、びしょ濡れになるという最悪の事態だけは避けられた。


 その直後、雨は本格的なザーザー降りとなって、地面に弾かれた水滴が足下を濡らしている。雷も未だに断続的に鳴っている。これだと当面はここから動けそうにない。


 ちなみに私は建物に背を向けて立ち、藤代ふじしろくんは私と向かい合う形で正面にたたずんでいる。


「うわぁ、かなり降ってきちゃったね。参ったなぁ。――あ、すぐにリュックからタオルを出すね。ちょっと待ってて」


「ありがとう、藤代ふじしろくん」


「ごめんね、流山ながれやまさん。狭い所に押し込めるような形になっちゃって。本当は横に並んで立つことが出来ればいいんだけど、そんなにスペースがないから。……ま、俺が外側に立っていれば流山ながれやまさんにとっては雨避けの壁になるから、これはこれでいっか」


「でもそれだと藤代ふじしろくんが濡れちゃうよ?」


「俺は良いの。濡れたとしても大したことはないし、タオルで拭けば問題ないから。そもそも流山ながれやまさん、浴衣ゆかたが濡れて透けたら困るでしょ?」


「あっ……」


 彼に言われて初めて、私はそのことに気が付いた。


 思わず両手で上半身を抱える。もちろん、透けるほど濡れているワケじゃないけど、なんだか本能的にそう体が動いたのだ。


 一方、その仕草を見た藤代ふじしろくんは目を丸くして、慌てて視線をどこかへ逸らす。そして狼狽うろたえつつ、独り言のような声を漏らす。


「知らないヤツに流山ながれやまさんがジロジロ見られるのは俺だって気分が悪いし、風邪をひかせるのはもっと嫌だし」


「……じゃ、もっと私に寄って。それなら少しは濡れずに済むよ」


 私は藤代ふじしろくんの腕を優しく掴み、自分の方へ引き寄せた。


 私の視界には彼の上半身だけが映り、良い匂いが鼻に漂ってくる。また、その時点でようやく私は彼といつになく接近していることを意識する。


 大きく高鳴る私の心臓。耳にはドクンドクンという脈動音が響いている。


 そしてこれだけ雨や雷の音が響いているはずなのに、私の耳には彼の息遣いきづかいもハッキリと聞こえる。いくら接近しているとはいえ密着とまではいかないのだから、普通に考えたらそんなことはあり得ない。


 なのに、これはなぜなのだろう……?


「もっとここの屋根が大きければ良かったのにね。そうすれば私も藤代ふじしろくんも、今より濡れずに済んだのに」


「俺は……今の方が良いなって思うけど……」


「えっ? なんで?」


「っ!? と、とにかくタオルを出すよ! 流山ながれやまさんの分もあるから、濡れたところを拭きなよ!」


「ありがと」


 彼はゴソゴソとリュックの中を探り、程なくタオルをふたつ取り出して、そのひとつを私に貸してくれた。



(つづく……)

 

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